- Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121101273
作品紹介・あらすじ
誰もが知る「聯合艦隊」初の通史。
東郷平八郎や山本五十六ら聯合艦隊司令長官は、ともすると海軍大臣よりも一般に名の通った存在である。
では、聯合艦隊とはどのような「組織」で、どのような役割を果たしていたのか。
本書は、本来、戦時や演習時に必要に応じて編成される臨時の組織に過ぎなかった聯合艦隊が平時に常設されるようになり、海軍の象徴として政治的にも大きな存在となりながら、次第に戦争の現場に合致しない組織となっていく過程を、鍵となる司令長官の事例を軸に説き起こす。
感想・レビュー・書評
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聯合艦隊の通史だが、特に太平洋戦争前の山本五十六長官時代以降が読み応えがある。
日露戦争時の東郷平八郎が陣頭指揮したのに、山本五十六が真珠湾でも後方にいたのは何故かと思っていたが、各方面での指揮をとる為の山本五十六の改革によるものとは知らなかった。
この段階で聯合艦隊の存在意義は失くなったのだろうが、それまで海軍の軍威発揚で聯合艦隊を持ち上げていた為廃止もできず、ズルズルと存在し、無用有害になったということか。
戦争半ばからの聯合艦隊司令部は、視野狭窄で艦隊決戦しか関心がなく、離島に要請した陸軍を放置していたというのは酷すぎる。
関東軍と同レベルとされ、関東軍の教訓から太平洋戦争では陸軍は部隊統制ができたのに、海軍は軍令も行き届かない状態だったとまで言われるとは。
太平洋戦争の日本の敗因は政治レベルで国政が統一できてなかった(とりわけ陸軍と海軍)とは言われるが、軍内の中央と地方現場での意見対立もひどいもの。
結局戦前の国家体制は、あれだけ戦争に備えると言いながら、戦争という大仕事ができるようなものではなかったということ。
この本は辛辣にアメリカに善戦したのは陸軍であり、海軍は最後は役に立たなかったと言わんばかりの言い方だが、最近の他の本も同様の傾向なので、それが真実なのだろう。
(旧海軍軍人は戦後80年もよく騙し続けていたものと感心する)
この本も然りだが、最近の若い学者の研究成果は太平洋戦争の通説を覆し、納得のいくものが多い。
よく戦争の記憶を忘れるなと言われるが、記憶のない方が冷静でいい仕事をしていると思う。
いわゆる司馬史観(戦前の悪はすべて陸軍、海軍は頑張った)というのは完全に崩壊している。すくなくとも戦前について、司馬遼太郎が良識あることを言っていると思言う人は旧態依然と思うべき。(以前の自分への自戒も込めて)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本海海戦や真珠湾攻撃など、栄光の連合艦隊という印象を抱きがちだが、日清・日露戦争における過去の栄光や伝統に縛られ、新兵器の発達や戦術の変化に対応できず、太平洋戦争後期では連戦連敗となる様相や原因が詳述されている。特に印象的だったのは、陸軍を島嶼部に進出させては補給や共同作戦に後ろ向きで、ひたすら自己の都合により艦隊決戦を優先する連合艦隊の姿だった。これまで、陸軍の暴走とか、無茶な作戦・戦争指導が敗戦の原因と思われがちだったが、軍令部が陸軍との連携を意識しているのに対し、連合艦隊は自らに都合のよいように陸軍部隊を引っ張りまわしたという指摘には驚かされた。たしかに、本書を読むと、そういう見方が浮かび上がってくる。著者は、連合艦隊は関東軍と同じようなものだと言っている。
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斜め読みなので評価せず。
連合艦隊が、海軍の関東軍とは、すごい視点。
内容がマニアックすぎて、もう少し、素人でもわかる書き方だったら
じっくり読んだのに、
途中で、これはムリと興味のある部分だけ、斜め読みになってしまった。 -
戦史よりも政治や外交、社会との関わりに注目して描くという本。しかし戦時の記述はある程度作戦中心にならざるを得ず、また組織としての聯合艦隊か司令長官の人物像や言動か、とやや中途半端な印象だった。自分に予備知識が不十分なのが大きいが。
非常時に設立される臨時組織という曖昧な位置づけから、ワシントン軍縮条約を機に、精兵主義、効率化のため活用され始める。そして、規模拡大に伴い、昭和16年に聯合艦隊司令長官は第一艦隊司令長官を兼ねず、また聯合艦隊司令部も独立して置かれた。
これにより、中央にある軍令部との関係の調整が必要になる。アッツ島守備隊や「絶対国防圏」構想、特に戦時後半の昭和19年の一連の作戦指導で軍令部と聯合艦隊司令部は対立。
この対立、加えて「権威と伝統」や末次司令長官時の政治活動を合わせ、著者は聯合艦隊と関東軍を同一視しているぐらいだ。更には、陸軍は日中戦争開戦以降は参謀本部の指揮統制権を確立したのに反し、海軍は敗戦まで聯合艦隊の暴走を許した、としている。 -
連合艦隊=海軍というイメージがあるが、もともと艦隊決戦を企図した海軍の一編成部隊。ではあるものの、日本海そして真珠湾の戦捷で確立された絶対的な権威は、艦隊司令部と軍令部との間に齟齬を生じ、ひいては海軍と陸軍、はては軍と政府にまで波及した。帝国海軍の象徴が、国家総力戦の中リーダー不在の国情にあって、軍の統一指揮や国の指導が滞る一因とさえなったのは皮肉。また一時期高い戦闘力を誇ったものの、広大な太平洋で強大な米国と対峙する(局地戦が連続する形態となる)段において、急速に時代の遺物と化した。組織が慣行や自己の利益に縛られ、本分を蔑ろにする罠は、今日あらゆる場面で普遍的に起こっている事象。関東軍の暴走は悪例としてよく語られるが、海軍または日本の栄光を担った連合艦隊の「失敗」もまた、今後たとえ易い教訓に加えられるのかもしれない。
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さながら「海の関東軍」。東郷平八郎から山本五十六へ至る過程で生じた大きな変化は、戦争全体に多大な影響を及ぼした。初の通史。