神学大全I (中公クラシックス W 75)

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121601483

感想・レビュー・書評

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  • ごついのに手を出してしまったが註が親切で意外と読めた。とくに各命題の目論見が説明されるのがありがたい(神の善と被造物の善の関係性を絶つことなく、かつ汎神論的帰結に落ちいることなく解釈すること、とか)。
    有名なトマスの『神学大全』だが日本語訳が完了したのは、つい最近の2012年だという。本書はもちろん部分的な抄訳。

    トマスが論理的にじわじわ詰めてくるのは逃げ場がなくて恐ろしい。しかもうっかり論破されれば最悪火焙りである。池上彰の比ではない。現在の人じゃなくて良かった。

    論文などの文章を章、節、項のように階層的に分割し、それぞれの階層レベルでは同じような論理的レベルで記述する、という文章構成は、西欧においてこのスコラ学によって始まったという話が学生の頃に読んだパノフスキーの『ゴシック建築とスコラ学』にあったが、まさにそのとおりの構成で感動した(盛期ゴシック建築の廊の分割や扉口の表現にみられる漸進的分割原理も、これと同じ全体化と明瞭化の精神にもとづいていると言う話)。

    人は言葉で考えるのだから、文章構成の違いは思考・認識方法の違いに他ならない。
    井筒俊彦は、中学時代に英文法を学んだときに、日本語の意味空間の不決定性を初めて意識したという。ロシア語では更にこみいっていて、生物か無生物か、二から四までと五以上はまた別、男性名詞か女性名詞か、などなど。とにかく、こんな言葉を喋っている人の言語意識(ひいては、ものの見方)が日本人と同じではない、と考えるとそら恐ろしい、とまで書いている(『読むと書く』「単数・複数意識」)。

    井筒は日本語の不決定性に詩的感性の世界を感じ取っているが、渡辺京二の『黒船前夜』に明治以前の日本人の思考形式が分かる記述がある。幕末にロシアからやってきて日本で幽囚となったゴローヴニンの取調べの一幕である。
    「但馬守の質問はゴローヴニンのいうように「まったく関連のない無秩序」なものだった。王宮には窓がいくつあるか、汝の給料はいくらか、ペテルブルグではどんな鳥を飼っているのか等々際限がない。だが彼は低脳なのではなかった。これは江戸人特有の尻とり的連歌的思考なのである。世界を論理的に系統立てて把握しようとするのではなく、パノラマのように広がる世界に、連想作用によって自在にはいりこもうとする独自のアプローチなのだった。」

    江戸時代までの教養人はこうした連歌的な連想ゲーム的な世界認識、思考方法を持っていたようだが、明治になって、トマスらによって確立された全体を明瞭に系統立てて把握する西洋世界の世界観が移入されてくるのである。漱石や鴎外ら過渡期の人たちはどんなに混乱しただろうか。

    柄谷行人の『漱石論集成』によると、漱石が初期作品を書き始めた頃には、小説でも詩でもない「文」というジャンルがあり、坪内逍遥や二葉亭四迷、鴎外らによって近代小説・文学理論が研究されるようになった後でも、漱石は「文」という、言葉に固執するその意識で作品を書き続けたという。
    言文一致は結局は語尾の問題に帰着し、語尾が「だ」「です」になることで文章が中性化される。これまでの日本語の文章は、人称が明記されなくても、語尾が関係を示していたので主語が誰であるか把握することができた。だが、言文一致によって語尾が中性化されることにより、主語の明示が不可欠になる。
    不決定性から明瞭化への移行である。

    坪内や鴎外らのように積極的に近代文芸理論を受容した立場もあるが、漱石のように日本的な不決定性の中にとどまることを志向した立場もあったのである。

    夜に書いているので、なんだか分からなくなってきたが、要するに、今、日常的にITシステムの設計書とか書いてる書き方すらトマスの影響下にあるのかという驚きと、好みとしては日本古来の不決定性による詩的感性の世界の方が好みだなあ、という二点である。

  • 神学大全は全体が三部構成になっており、本書はその第一部、しかもそのごくわずかな抄訳であるが、神の存在論証やトマスの存在論を中心に最も重要なテーマを扱っている。特筆すべきは厳密な原典読解による訳文もさることながら詳細を極める訳注である。これは一般読者にとって有難いことこの上ない。しかもそれがトマス研究の第一人者である山田晶氏によるものとあれば、おそらく専門家にとっても無視し得ない重要文献と言えるだろう。長らく古書市場で入手困難であったのもうなづける。二分冊で少々値ははるが再刊を喜びたい。

    「神においては存在と本質は同一である」というのがトマス哲学の根本命題であるが、これについての山田氏の注釈が明晰である。「本質(エッセンティア)」とは「存在者」が「何であるか」を規定するものであり、「存在(エッセ)」とは、それによって「存在者」が現実的に「存在する」ものである。ここでアリストテレスの可能態と現実態の区別を想起してもよいだろう。 「本質(エッセンティア)」はそれ自体としては未だ「あらず」、「ある」ことの可能性を示す静的な概念である。「存在(エッセ)」とはこの可能性を現実的に「ある」ものとする動的な概念である。「神においては存在と本質が同一である」とは、神は「存在」そのものであり、これを限定するいかなる有限なる「本質」もなく、したがって、神の「本質」は無限であり、無限なる「本質」が神の「存在」に他ならない。山田氏はある著書『 トマス・アクィナスのキリスト論 (長崎純心レクチャーズ) 』でこのトマスの「存在(エッセ)」は「いのち」と置き換えることができると述べている。全ての被造物は存在と本質の複合であるが、被造物に「存在(エッセ)」即ち「いのち」を吹きこむことで存在者たらしめるのが、無限なる「いのち」そのものである神なのだ。

    全訳は創文社から出ているが、1960年に刊行が開始され全36巻が完結したのは2012年であり、何と半世紀以上に及ぶ壮大な訳業である。その間バトンは高田三郎氏から山田晶氏、さらに稲垣良典氏へと渡されたが、いずれも我が国の中世哲学界の権威である。当然ながらこの全訳はよほどのトマスマニアでない限り、素人が容易に手を出せる代物ではない。本書の初版は1970年で第一部(1〜8巻)の訳業がほぼ完成した段階のものである。続編として第二部、第三部の抄訳が出ることを期待するばかりである。

  • とても興味深いし、「中世の覚醒」を読んだあとで、あそこに書かれていた理性と信仰との調和をトマスがいかに求めたか、アリストテレス的なものとキリスト教がいかに出会ったか、の実証と詳細としてとても面白いのだけども、しばらく読めば、その方法論は見えてくる。注も良いので、もっと読めばもっと楽しいのだろうけども、今、これを最後まで(中公クラシックスの量でも)読みきる時間よりも、別のものを読むのに時間を使いたくなったので中断。プラトン・プロティノス 的なアウグスティヌス と、アリストテレス的なトマス。とても面白いのだけども、次へ行こう。

  • トマス・アクィナス(山田晶訳)『神学大全Ⅰ』中公クラッシクス、2014年

    『神学大全』は、トマス・アクィナス(1224/25-1274)が1265年ごろローマで書き始め、1272年頃、パリで第三部を着手するが、未完におわった著作だそうだ。第一部「神」は119問、第二部「人間の神への運動」は189問、第三部は「神に向かうための道なるキリスト」で90問、弟子の補遺が99問つけられている。
     本書は、序言から第11問までを訳したもの。第一は「聖なる教について」、第二問が神の存在証明、以下、神の単純性、完全性、善一般、神の善性、無限性、内在、不変性、永遠、一性を証明したものである。各問は数項目に分かれている(例えば第一問は十項からなる)。各項は、問い・異論・反対異論・主文・異論答という形で、項目そのものはそれほど長くはない。しかし、専門用語が多く、言っていることの神経が細かいので、読むのがしんどいのは確かである。たとえば、神の存在証明では、アンセルムスの証明を不十分として、トマスは始動因・作出因など五つの方法で論証し、二つの異論に答えている。
     基本的には「哲学者」(アリストテレスのこと)にもとづいて、神の創造の部分で自らの思索を展開しているところがトマスの立場なのだろうと思う。
     永遠(初めも終わりもない、神の時間)と永劫(創造されたが終わりがない、天使と天体の時間)とか、善の種類だとか、質料にある無限と、形相にある無限のちがいなど、神経の細かい話はたくさんある。。
     概念を細分化して議論を精密にしていく手法が、よくあるが、ラテン語など、どんな言語にもあいまいさはつきまとうものだなと思う。

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