雪の階(下) (中公文庫 お 64-3)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (425ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122070004

作品紹介・あらすじ

昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。

感想・レビュー・書評

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  • 私には難しい漢字の数々に右往左往しつつ、ページをめくる手を止められず、え、え、え、っと作中の情報になんとかついていきながら読了。
    政治情勢、国際関係が絡む、いくら聡明とはいえ、とてもじゃないけど華族の娘惟佐子と、かつての「おあいてさん」である千代子の手に負える事件ではないのではないか?とはじめは思わせつつ、主人公だと思って信頼していた惟佐子が妙に勘がよく、徐々に異様というか幻想的でとらえどころのない人物になり、作品全体にオカルトめいた雰囲気が漂うようになるが…
    千代子と蔵原のかけあいは、暗い雰囲気の作中で数少ない癒し。唯一の友だった寿子を失った惟佐子を、結果的に俗世に引き留めることになったのが千代子の存在になったことが嬉しかった。

  • 単行本の分厚さと素敵な装丁から既に漂う、物語の重厚感に惹かれ手に取ったものの、予想を遥かに上回るその多層性と荘厳さに面食らったのが第一印象。なにより一文が長いこと長いこと。直前までアガサ・クリスティーを読んでいたので慣れるまでちょっと時間がかかったけど、慣れてしまえばリズム感も良く噛みごたえ抜群な文体。古めかしい言い回しは時代を意識してなのか、作家さんの特徴なのかは分からないけど(まあ多分時代設定の一環)、物語の重厚感と登場人物たちの立体感を表現するのに抜群な効果。寿子の情死事件、政治家の小賢しい謀計、それにのせられる若き陸軍士官たちに愚かな民衆、日本をうっすらと覆う太平洋戦争直前の狂おしいほどの不穏な熱気と、その膜に気付かず粛々と生きる人々との対比、あらゆる層が折り重なって、ミステリーでありながら全く骨太な歴史小説でもある、その存在感たるや。

    徹底した客観描写が印象的。語り手の冷徹な視線は、読みながら歴史の勉強をしているような錯覚さえ起こさせるが、だからこそ稀に表れる心理描写が重く痛切で、否応なく物語に巻き込まれる(久慈中尉と黒河の感情は特に痛かった、、、)。加えて、絶妙な塩梅で事実にフィクションを交える手腕は見事。笹宮伯爵なんて、彼の矮小さ人間らしさも踏まえて存在しなかったのが不思議なくらいの立体感。

    そしてなによりヒロインが魅力的。重ねて強調される容姿の美しさはさることながら、物語の終盤、なにより残酷な復讐をこの女なら平気な顔でやり遂げるであろうと思わせる人物像を、徹底して創り上げる緻密さと、それほどの悪女であるのに嫌悪感を抱かせない、寧ろ女性でありながらこの時代によくぞこれほどのマイペースを貫けるなと感心させる、その厚顔さが頼もしい。始終シリアスで重々しいのに、惟佐子が食い散らかした男どもがそうとは知らずに一堂に会する場面は本当にめっちゃ面白かった。だからこそ、もう一人のヒロインと言って差し支えないであろう千代子の平凡な愛くるしさと、可愛らしい恋愛模様に癒される。このダブルヒロインのコンビがはちゃめちゃ良かった。千代子がいなかったら惟佐子はただ美しいだけのロボットみたいに冷たい女だもんな。

    物語の核でもある、二・二六事件の動機は正直荒唐無稽すぎてどうかなと思ったけど、皇室に対する認識が当時も一枚岩ではなかったのだろうと考えさせられる種にはなった。思えば当たり前だけど、天皇=神であるという狂信的な日本人ばかりではなかったのに、どうしてああいう歴史を辿ってしまったのか、今が平和な時代だと思っている私たちこそ熟慮しなければならない。飛び交う言葉が如何に力を持っていようとも、それが真実とは限らないのだということを、いつでも考え続けなければならないと思う。

    「一君万民の理想はおのずと実現する。我々はおのずとなることのために死ななければならない。」という久慈中尉の言葉には芯からの日本人を感じたし、父親そっくりの卑小さに無分別を備えた惟浩の、四面四角で狂信的な士官候補への変貌、教育によるたった半年での人格矯正には恐怖を覚えた。千代子の結婚話で物語は結びを迎えるけれど、その後の日本の歴史を知る身としてはなんとも不穏な雰囲気を拭いきれない。作家の手のひらの上で踊ってる感がすごい。

    というか神人の血筋云々は妄念だとして、「アインシュタインは敵に回すべきじゃない」とか、折々垣間見る焼けた大地の幻影とか、明らかに未来予知的な能力を惟佐子は持ってるけど、これは惟佐子のミステリアス設定のためだけの要素だったんだろうか。分からない。レビュー読み漁ろ。この人の現代小説も読みたいな。

  • 読みながら感じたり、、読後ネットで調べて知ったりした、参照すべき過去作品は、
    武田泰淳の「貴族の階段」、松本清張の時刻表ミステリ「点と線」と「神々の乱心」、まあ夏目漱石「こころ」。
    野間宏「暗い絵」、谷崎潤一郎「細雪」、三島由紀夫「春の雪」と「奔馬」。
    ヴァージニア・ウルフの「三人称複合多元視点文体」。
    単純に2・26事件ということでは、宮部みゆき「蒲生邸事件」、恩田陸「ねじの回転」。あとは北村薫に「鵞と之」という作品があるらしい。
    「意図的な梯子はずし」という点で、ウンベルト・エーコ「フーコーの振り子」。
    北一輝。大江健三郎。
    個人的にはちょうど私的押井守映画祭をしているので、「機動警察パトレイバー2theMovie」も。

    何よりもまず文体の芸。これぞ奥泉。
    一文の中で、誰がどうしたと見た誰がどう思うだろうと誰は感じたが誰はこうだった、と極端な場合は助詞ごとに視点がころころ入れ替わる。
    奥泉だからこそそれを格調高さと感じさせるのが可能なのであって、素人がやると悪文甚だしい。
    作者は任意に各個人の視点に憑依し、と思いきや別の人物に移り変わる。
    この移り気や飄々ぶり、今までは奥泉的人物(アイロニカルでユーモラス)描写だったが、それが文体にまで及ぶとは。
    また場面設定としても、夜の落ち着いた部屋で、昼のあの出来事を思い出す、とか、数日前にあの人に話した内容を、そのとき目の前にいた人に話したことを、いまになって思い出している、とかいう、とにかく迂遠。
    それが華族の生活様式を描写するためのものなのか、華族らしい落ち着きぶりを浮き立たせるのか、安楽椅子探偵ってそんなものなのか、まあ独特。
    事件! 突入! 闘い! はここにはない、思い出すとか、思い出しつつ語るとか、聞きながら想像するとか、核心に迫ったり離れたり、そりゃ上下巻になるわ。
    さらにいえばちょくちょく惟佐子の幻視が差し挟まれる。
    これこそが奥泉流ファンタジー(「鳥類学者のファンタジア」とか)に行くんだろうと思いきや、……。
    そこもまた迂遠さ、文体の工夫、長さ、それ自体が批評性を持っているということなんだろう。
    やっぱり凄い。

  • くぅ〜
    面白くて、つい一気読みしちゃう
    大部な長編にもかかわらず、最初から最後まで同じ濃度で散りばめられた超絶技巧の数々、なんだろうけど、味わう間もなくどうしても次の展開が気になって、先へ先へと進んでしまう。
    後でもう一度、とは思うのだけど、読み終わった今となっては充実感でいっぱいなので、戻るのは今度にしておきます、という気分。
    最初、惟佐子に感情移入しながら読んでいたのだけど、途中から惟佐子こえーよ、てなり、でも最後にはやっぱり好き、てなりました。あ、でもどうだろう。好きはちょっと違うかな。こわいことはこわいので、お近づきにはなりたくないかも。
    たまたまこの前にダロウェイ夫人読んでたのだけと、多分意識的に取り入れたウルフ的語りに、偶然とはいえ、我ながら良い流れで読んだなあと思った次第です。

  • 上巻に引き続いて、一気読み。
    体に障るというのに…。

    千代子と蔵原による調査は進展する。
    寿子のはがきに押されていた消印は仙台、けれど死体が見つかったのは青木ヶ原。
    時刻表と路線をめぐるミステリーの様相を帯びる。
    『点と線』かいな。

    寿子の死に関わりそうな人物が鹿沼の紅玉院の庵主を信奉するという接点も浮かび上がる。
    惟佐子は巻き込まれながらも、わずかなところで彼らの企図を妨害する。
    そして、二・二六事件が起こり、その人物は志を遂げることなく滅ぶことになるのだが…。

    「日本人は自ら滅びたがっている」という「彼ら」の主張は、しかしその後の歴史を考える上で、なんとも苦い味わいをもってよみがえってくる。
    どう考えてもおかしい選択を、歴史上私たちはこれまでにもしてきてしまっているわけなので。

  • 自分は政治知識、日本史知識がなさすぎると反省。これを機に二二六事件を調べてみた。三島由紀夫の「憂国」は読んでいたものの、「雪の階」を読んでいる間は結びつけて思い浮かべることができず、読了後の解説をみて、そうかと思った。
    上巻を読む間は、親友の死とドイツ人ピアニストの死、その周辺の死、心霊音楽教会と、いさこの時々落ち入る夢想状態の意味にもっと焦点があたるのかと思っていたら、後半は政治の話がスピードを上げてきたのが意外だった。
    そのほか。中身の抜け落ちてしまった弟がどうなったのかなあということと、たったひとりだった友人の恋路を打ち明けられていなかったのだなということ、おあいてさんはほんとうの友人ではないというけど千代子はしっかりと友人ではないかと思うこと、菊枝のありがたさ、くだらん男のたくさんと、戦後に華族が解体された後、この人たちがどう生きたのか知りたいと思ったこと。 

  • 上巻に引き続き、漢字の多さと面白い事を堅苦しく言う表現は面白いと思う。
    謎の所が解明されていくので惹き付けられるが、何となく読むペースが上がらなかった。
    根幹の部分が少し飛躍し過ぎていると思う。

  • 1930年代、軍部が不穏な方向へと傾斜していった頃、それでもまだ日常は平穏で、昭和初期の優美で華やかな風俗の中、男女の心中事件から物語は展開していく。

    女学生の惟佐子は、友人が心中などするはずがないと、真相を探っていく。
    当の惟佐子は器量も良く、囲碁や数学を物するいわゆる天才で、ただ最初は少し変わった清廉な才女との印象だったが、物語が進行していくにつれ、妖艶で、謎多く、簡単には理解できない様相を帯びていく。
    それと共に、物語の進行には、惟佐子の幼時の「お相手さん」であった千代子と、蔵原が据えられていく。

    とにかく着物や風景の描写など、当時の言葉、単語が選ばれ、これ以上ないほどに精緻に結ばれている感じが秀逸で、類例のない読書体験だった。

    特に惟佐子は魅力的で、その人物像の変化、紅茶に「融解度限界まで」の砂糖を所望する印象的な描かれ方から、次第に物語の周縁に置かれ、その謎と魅力に引き込まれるように展開していった末、最終的には登場すらしなくなる様は、もっと惟佐子の描写を読みたい気持ちを希求され、惹き込まれていったように思う。

    普通のミステリーものとは違い、真相解明もわかりやすいものではなく、雪の階での惟佐子の目撃と気付きによってすべてが一気に判明してしまう点は特徴的だったが、その後の惟佐子がどのように生きて行くのか、千代子と蔵原の結婚生活がどうなって行くのか、続編が是非読みたいと思いました。

  • 2022.07.14.読了

    好き好きだとは思いますが、全く面白くなかったです。
    どこがミステリーなのか?全く分からない。
    2.26事件についてもなんだこんなものか。。。という程度の扱いだし、ドイツやソ連のスパイについてもおさわり程度。結局この作者は何を伝えたかったのかよくわかりません。

    とにかく1センテンスにこめる情報量が多く、かえって何も頭に入ってこない。主語さえ見失ってしまうありさま。読み始めに感じた読み辛さは最後まで引きずりました。

    この作家はわたしにはあわない。

  • 毎日出版文化賞受賞(2018年/第72回)
    柴田錬三郎賞受賞(2018年/第31回)

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著者プロフィール

作家、近畿大学教授

「2011年 『私と世界、世界の私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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