現代演劇のフィールドワーク: 芸術生産の文化社会学

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  • 東京大学出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (483ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784130501439

作品紹介・あらすじ

芸術はビジネスになりうるか?パトロン付きの芸術家に真に自由な表現は可能か?演劇がつくられるさまざまな「現場」での徹底した取材を通して、近代芸術成立以来の難問に挑む。斬新な視点と手法で現代社会におけるフィールドワークの可能性を示し、文化社会学の新境地を切り開く野心作。

感想・レビュー・書評

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  • 演劇論ではなく、演劇集団の収益の詳細、演劇教育組織、演劇の劇場の配置など、批評ではない、面白い内容である。最初の説明で、社会学の専門用語を使わずに説明する、と書いてある通り、わかりやすい。

  • ・このディレンマ(芸術の表現上の自由と経済的自立が両立しがたいこと)を解消する方策は、大きく分けて二つある。一つは、何らかの形で芸術活動あるいはその一部分を広範な市民層に支持され経済的に自立する「ビジネス」として成立させようとする方向である。もう一つの途は、不足しがちな経済資源の一部ないしその大部分に対する支援を特定のパトロンや国家にあおごうとするものである。前者の方向をビジネス化とよぶとするならば、後者を被助成化とよぶことができる。
    いずれの方策をとる場合にせよ、芸術表現上の自律性の確保と活動自体の継続・発展にとって必要な経済的基盤の確立という二つの目標を追求しようとする戦略には、「自立と依存のパラドックス」とでもよぶことが出来る一つのパラドックスが必然的に含まれることになる。というのも、一方では理念としては何物にも束縛されない自由な表現活動としての芸術の自律性が強調されるのに対して、他方では実質的な経済的基礎という点では、それとは裏腹に、市民の購買動向(ビジネス化)や外部の支援者(被助成化)に依存せざるを得ず、それらの以降に左右されることが少なくないからである。

    ・実現可能性を度外視して言うならば、「物語の続き」には、さまざまなストーリーが考えられるはずであった。たとえば個々の劇団のレベルでいえば、継続して海外公演を実施し日本国内だけでなく世界的な評価を獲得するという物語がありうるだろうし、国内で欧米流の無期限ロングランを成功させ、まさにビジネスとしての現代演劇を成立させるというパターンもありうる。あるいはまた、演劇シーンのレベルでいえば、遊眠社や第三舞台以外にも数万人規模の観客動員をなしうる劇団や集団が首都圏以外に全国にあいついで登場してシーン全体を活性化させ、その表現水準が全体として上昇していくという展開も考えられたはずである。

    ・本質的に労働集約的な性格をもつ実演芸術の収益性が一般に非常に低いことは比較的よく知られた事実であるが、以上のような演劇公演の収益性の低さの背景にも、複製のきかない芸術ジャンルとしての性格がある。
    …ほとんどの入場料収入は支出の二割から時には五割近くを占める劇場費や五割から八割前後となる舞台費にあてられ、そこからさらに出演料を捻出するのは至難のわざである。

    ・ダイアナ・クレーンの図式においては、文化生産における生産者、仲介者、消費者(ないし享受者)の関係構造が焦点になっている。特に、この三者のうちの誰が生産されたものの質や価値について判断する際の基準を設定しかつ実際の評価をおこない、また、誰がその評価にもとづいて報酬を分配する評価の主体ないし「ゲイとキーパー」としての権限を持っているのか、という問題がポイントになる。
    この類型論図式の適用範囲は芸術という文化ジャンルに限定されるものではない。むしろクレーンは、以下で解説する四つのタイプの報酬システムは芸術、科学(学術研究)、宗教という三つの文化生産ジャンルに共通に見出されるものであると主張しており、また、報酬システムの類型論は三つのジャンルにおける文化生産や革新的な文化創造のあり方について統一的に分析する上で有効な図式だとしている。

    ①独立型報酬システム
    生産者である芸術家、学者、宗教家たち自身が作品や研究論文などの質や価値を判定する上での評価基準をみずから設定。特に基礎科学分野などの大学研究機関、ソビエトの芸術界やフランスのロイヤル・アカデミーなど。

    ②半独立型報酬システム
    質や称号などの象徴的報酬については生産者たち自身が評価と分配の両面において権限を持っているが、物質的報酬については消費者の意向や仲介者である経営者や官僚などの意向に左右されることが大きい。現代美術、オペラハウスやアメリカの地域劇場など。

    ③サブカルチャー型報酬システム
    生産者と消費者と仲介者がともに特定のサブカルチャーに属しており、三者のあいだに明確な区別が存在しない。象徴的報酬と物質的報酬を提供するのは一種の身内ないし同志である消費者であるが、象徴的報酬の方が物質的報酬よりはるかに重要であり、生産者が物質的報酬をほとんど得ていないことも多い。特定地域における民族・民衆芸能のパフォーマンスや世代限定型のサブカルチャーなど。

    ④異種文化混合型報酬システム
    最終的に作品や製品を購入するのは雑多なタイプのサブカルチャーに属する人々からなる「大衆(マス)」的な消費者であるが、消費者たちから集めた物質的な資源を生産者たちに出演料や給料の形で報酬として分配する上で決定権をもつのは経営者や官僚であり、消費者は人気投票などにより象徴的報酬を与えるに過ぎない。
    産業界や政府機関が大きな権限を持つ技術工学や応用化学、エンタテインメント産業など。

    ・国家は芸術が提供する何らかの代償として芸術活動を保護し、その条件を満たす限りにおいて芸術家たちに対してある程度の独立性と自治権を認めるという形での、芸術と国家との間に一種の交換関係ないし契約関係が存在しているからこそ、独立型報酬システムが成立していることの方がむしろ多いのである。そして、芸術が提供する価値の中には、たとえば「文化国家」や「文化都市」としての威信やいわゆる「文化資本」などがある。

    ・日本の劇団の不幸の一つは、「そもそも、劇団とはこのようなものだ」という明確なイメージを構成員に対してもあるいは外部に対しても呈示できるような一つの制度/組織として社会の中に確固とした位置を占めることが出来なかった点にある。

    ・啓蒙思想家として知られるフランスの哲学者ヴォルテールがかつて「もし神が存在していないとしたならば、それを発明しなければならないだろう」といったように、たとえ実際には厳密な意味での演劇のスタンダードを確立することが不可能であったとしても、それに準ずるもの、あるいはそれらしく見えるものをつくり出す必要があるのかも知れない。
    …音楽の場合にクラシック音楽を中心とする西欧音楽が一応のスタンダードを形成し公教育の中に組み込まれてきたことは、単に音楽家のあいだの円滑な共同作業を可能にしてきただけでなく、芸術家や芸術団体と徴収とのあいだに共通言語を成立させて音楽の需要を形成する上で有効であり、さらにはまた膨大な数にのぼるアマチュア音楽家や「習い事」の裾野を形成して音楽業界を支えてきたのである。

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著者プロフィール

同志社大学商学部教授,一橋大学名誉教授
東京大学文学部卒業,東北大学大学院文学研究科博士後期課程中退,米国シカゴ大学
Ph. D.(社会学).
専攻は組織社会学,社会調査方法論.
東北大学助手(文学部),茨城大学助教授(人文学部),一橋大学助教授・同教授(商学部)
(2000–01 年プリンストン大学客員研究員,2013年オックスフォード大学ニッサン現代日本
研究所客員研究員)2016年4月より現職.
主な著書にKamikaze Biker(University of Chicago Press, 1991),『現代演劇のフィールド
ワーク』(東京大学出版会,1999 日経・経済図書文化賞受賞,AICT 演劇評論賞),『本を
生み出す力』(共著,新曜社,2011),『組織エスノグラフィー』(共著,有斐閣,2011 経
営行動科学学会優秀研究賞),『社会調査の考え方[上][下]』(東京大学出版会,2015)など.

「2018年 『50年目の「大学解体」 20年後の大学再生』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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