脳外科医マーシュの告白

  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140817032

作品紹介・あらすじ

イギリスを代表する脳神経外科医が、想像を絶する過酷な日常と生死をめぐる思索を綴ったノンフィクション。英国で10万部突破、世界18か国で話題のベストセラー

感想・レビュー・書評

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  • イギリスの高名な脳外科医、ヘンリー・マーシュのエッセイ。最近診察した症例から医学を志す前の話まで、心の内を赤裸々に語っている。

    あらゆる臓器の中でも脳は、人間の人間らしさそのものと言ってよいほどの機能を持つ。その非常にセンシティブな臓器に対して直に手を加えるのが脳外科医の仕事だ。当然ながら、手術をすることで患者さんが負わなくてはならないリスクはある。けれど、リスクを承知で手術をすることで得られるベネフィットの方が、ただそのまま何もしないよりも大きいから、今日もどこかで脳外科医は手術をするわけだ。
    本作は、「告白」という表題にもある通り、百戦錬磨の外科医が仕事の最中に抱えていた葛藤や思いの丈をありのままに綴ったもの。
    病だけでなく様々な人生を抱えた患者さんに、病気の現在の状態や治療方針、これからどうなっていくのかを説明するとき、医者は何を思っているのか。手術中や手術の後に患者さんが目覚めるに覚える緊張感やプレッシャーは、果たしていかほどなのか。などを、むしろこちらが怖くなるほど、忖度なく素直に記している。

  • イギリスの脳外科医の日常が記された、物語のような手記。
    脳外科医は生死に向き合う機会がいかに多いことか。
    本書を読んでいると、カラッとスッキリした感じは全くしないが、常にどんよりしたロンドンの気候のような感じがぴったりだ。

  • 同業者といえるマーシュ医師、冷静だが冷徹でなく湿っぽくないがドライでもない珠玉の26編。
    その気になればいくらでも劇的に描けるはずの脳外科医の日常を落ち着いた、しかしユーモアも忘れない筆致で進む。
    1日1章、ベッドタイムの楽しみがついに終わる。

  • 正確には「脳神経外科」医。25章にわたって、日常の仕事ぶりや 患者との交流、そして厳しい状況や苦渋の決断などが優しい語り口で綴られる。
    職業に貴賎はないが、一瞬の判断ミスが人の生死に関わる仕事のストレスの大きさを思うと頭が下がります。今日も真面目に働こう。

  • 医学的事実は同じでも、医者の伝え方によって、患者の判断は延命かそうでないか全く違うものになりうる

  • 引退を間近に控えたイギリスのベテラン脳神経外科医が、これまでの医師としての経験を振り返ったもの。主に失敗、ときとして患者に大きな深い傷や死までも負わせることになった失敗、を中心に語られている。著者は「わたしの最悪のあやまちのすべて」と銘打った講義を医師向けにおこなっている。外科医たちは通常、ミスを隠したがるとともに認めたがることもしない。また、その失敗を互いに非難しあうことのない文化であるともいう。そういった中でミスを包み隠さずに伝えることで後進に同じ轍を踏んでほしくないという思いを著者は持っているという。本書はその延長線上にあるとも言えるだろう。

    この本によれば、著者はかなり腕の立つ外科医であり、多くの命を助けてきたが、それでも多くの失敗を冒している。少し意外なのは(当然かもしれないが)、外科医の技量によって手術の成功率が大きく違うようであることだ。当然、技術習得のために技術的に未熟な若手医師も多くの手術をこなす必要がある。「脳神経外科医の世界には、経験を積みたいのであればむずかしい手術をたくさんこなすしかないという過酷な現実がある。それはとりもなおさず、初めのうちは多くのミスを犯し、傷を負った患者さんの長い列をつくることを意味する」という。著者も、そこに大きなジレンマを抱えている。医師というものは自ら執刀したがり、そして著者は自分が執刀した方がおそらくは成功率が高いことを知っているのだ。著者は、そのために患者は自分が受けることになる手術を執刀したことは何回くらいあるのか聞くべきだというが、そんなことを訊く患者さんはめったにいないとのこと。自分の手術のリスクはその内容や病状にだけに依存し、どの医師でも同じだと暗黙的に考えているということだが、実際にはそうではないのだ。

    さらに、実は苦悩するのは手術の失敗だけではないという。「医師が拷問を受けたような責め苦を味わうのは、不確実性に直面したときなのだ」
    医師は当然にして神様ではない。自分が行う判断や手術によって、患者の寿命が長くなるかはわからない。確実にどちらかを言える場合は楽だが、そうではない場合も多い。患者の運命が運不運に任せられるときもある。
    「治療をしない選択をするのは、むずかしいものだ。だがね、わかるだろう、死はかならずしも悪い結果とは限らない。緩慢な死よりも、早い死のほうがいいこともあるんだよ」と著者は自分よりも若手の医師に語りかける。それは、「手術ってのものは、そうむずかしくないんだよ。わたしぐらいの年齢になればきみにもわかるだろうが、決断をくだす際に生じる問題が、なによりむずかしいのだ」と昔著者が年輩の医師から語りかけられたのと同じかもしれない。

    将来はAIロボットが手術を担当することになるかもしれない。その能力が人間よりも相当に優秀になると、外科医に求められる素養も変わってくるということも起きうるのだろう。実際にこれまでも、医療器具の発展によって外科手術の術式は大きく変わり、これまでの技術ではなく新しい道具を医師はうまく使うことが必要になり、外科医も変わってきたのだ。しかし、手術ロボットが当たり前になった世界において、手術の失敗が悔恨されるようなことはあるのだろうか。AIが医師の代わりに手術をする/しないを判断する世界で、医師はどのように責任を感じることになるだろうか。それが、患者と医師との間の何かしらの関係性に影響を与えることはあるだろうか。マーシュ医師の失敗の悔恨の告白、さらにはその記憶が忘却への後ろめたさの告白は、ある意味ではすでに過去の話となるのかもしれない。過去の失敗について回想するベテラン医師の言葉を読みながら、そんなことを考えていた。

    本書のエピソードの多くは自分の経験した手術や治療(自分や家族の病気のことも少々)についての語りが占めるが、医師ならではの生命に対する感覚についても少し触れられていて、それがまた興味深い。たとえば人の意識問題については、「臨床脳神経外科医であるわたしにとって、いわゆる「心脳問題」なる哲学はつねにわけのわからないものであり、時間の無駄に感じられる」という。多くの手術の結果として不幸にして意識障害を起こしてきた医師として、脳という器官と意識のつながりには何の問題もない。また、死後の世界があるという信仰を持っていないと言って、「ぽっくり逝くことができないのであれば、わたしに望めるせめてもの慰めは、自分の人生を振り返ったときに、いい人生だったと言えるようになることだ」と言うのも医師らしい諦念でもある。「人間とは、どうしても命にしがみつこうとするものなのか。それさえしなければ、苦悩はだいぶ軽減されるだろうに。希望をもたずに生きていくのはとてつもなく困難なことだ。しかし、うっかり希望にすがろうものなら、最後に、希望はいとも簡単にわれわれをあざ笑う」という著者が将来希望にすがらないと言えるかどうかはわからないが。

    原題は”Do No Harm: Stories of Life, Death and Brain Surgery”。ギリシアの医師ヒポクラテスが残した格言とされる「知りながら害をなすな」。医師の倫理として知られ、ドラッカーがマネージャーに絶対的に必要な真摯さを表すものとして選んだ言葉だ。ヒポクラテスの誓いとしては、”I will prescribe regimens for the good of my patients according to my ability and my judgment and never do harm to anyone.”ー こちらの方が正確だと思う。著者が込めた想いが伝わるような気がする。

    脳神経外科医が書く本だが、難解なところはほとんどなく、われわれがいずれ直面しないといけないかもしれない事態について、医師の立場から率直に語られた素敵な本。『死すべき定め』と合わせて読まれたい。

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    『死すべき定め』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4622079828

  • 現代の医療を知るには必読の一冊。

  • 英国の脳外科医によるエッセー
    良性の疾患も多いのだろうけど、脳外科、特に悪性腫瘍に対する治療は死を少し先延ばしにするぐらいの効果しかない。仕事内容の性質を反映してか本書の内容も劇的なことは少なく、無力感や失意の吐露が多い。正直といえば正直な内容だが、読後のカタルシスは少ない。

    ・緩慢な死よりも、早い死のほうがいいこともある

    ・人間とは、どうしても命にしがみつこうとするものなのか。それさえしなければ、苦悩はだいぶ軽減されるだろうに。希望をもたずに生きていくのはとてつもなく困難なことだ。しかし、うっかり希望にすがろうものなら、最後の最後に、希望はいとも簡単にわれわれをあざ笑う。

  • 脳外科医の日常や日々を過ごす際の思いなどをまとめたエッセイになるのでしょうか?
    手術の描写もありますが、患者と応待する際の描写や手術以外の外来や病棟で過ごす際の描写も多く、興味深かったです。患者と距離おおきつつも、自身の手技により患者がよくなったり、ひどいことになったりした際の心の動きがリアルに描かれています。患者には危険性を説明しなくてはならないが、でもあまり悲観的にはできず、また楽観的な説明もできない、日々の苦悩が現れています。自身の手術により後遺症を来した失敗例をどんどん提示していて、すごいと思います。また入院患者がどこに入院したか、分からないなど、英国のひどい事情も書かれていて、医療システムや上司たちへの愚痴も多く、人間的な感じがしました。

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著者プロフィール

1950-。イギリスを代表する脳神経外科医。オックスフォード大学で哲学・政治・経済を学んだのち、ロイヤル・フリー・メディカル・スクールで医学を学ぶ。ロンドンのアトキンソン・モーリー病院、セントジョージ病院で30年以上脳神経外科医を務めた。2010年、大英帝国勲章受勲。出演したドキュメンタリー番組Your Life in Their HandsとThe English Surgeonでも数々の賞を受賞した。著書にAdmissions: A Life in Brain Surgery(Weidenfeld & Nicolson; 『医師が死を語るとき――脳外科医マーシュの自省』みすず書房)、Do No Harm: Stories of Life, Death and Brain Surgery(Weidenfeld & Nicolson; 『脳外科医マーシュの告白』NHK出版)がある。

「2020年 『医師が死を語るとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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