- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150105907
感想・レビュー・書評
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火星や金星に殖民するため、国連によって地球を追われ、過酷な環境下に強制移住させられた人々にとって、ドラッグ・キャンDは必需品であった。キャンDは目の前の模型セットに精神を投影させ、あたかも地球に居るかのごとくトリップすることができるのだ。P・P・レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、流行予測コンサルタントとして働く優秀な予知能力者(プレコグ)バーニイ・メイヤスンらとともに順調にキャンDを売りさばいていたが、懸念すべきニュースが舞い込む。遥かプロキシマ星系から、謎の星間実業家パーマー・エルドリッチが新種のドラッグ・チューZを携えて太陽系に帰還したのだ!レオはパーマー・エルドリッチに対抗すべくバーニイの力を借りるが…
うーん、傑作。今回もディックお得意の現実崩壊。
「『さあ、これで現実の世界へもどれたぞ』と思った瞬間に、とつぜん幻覚世界からきた怪物が目の前を横切り、自分がまだもとの世界に帰っていないのに気づく、その恐怖だ」とは、訳者あとがきで引用されるディックの言葉ですが、本書では、この恐怖が迫真の筆致で描かれます。しかし、そんな恐怖で満たされた作品であるものの、決して救いのない物語ではなく、絶望にとらわれた主人公が、それでも暗闇の中で希望を捨てずに生きのびようと悪戦苦闘する物語です。なんといっても、冒頭で紹介される一文がそれを如実に表しています(というより、この一文を物語にしたのが、本書のようですね)。
「つまりこうなんだ結局。人間が塵から作られたことを、諸君はよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、人間はまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、われわれがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切りぬけられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?」
うーん、よくよく考えると、ディックの長篇作品はそんな作品が多いかも。現実を疑い続けるディックの楽観とは少し異なる大雑把さに、なんだか励まされた気がします。 -
「哲学」は分析し過ぎると対象を破壊し尽し、分裂と孤立と不安を生み、逆に「宗教」は理性の及ばない全体性をもって、人間の深い根っこの存在を抑えてしまう。こう考えて悩む人々にとり、「哲学」と「宗教」の「間」には、それらを媒介する決定的な何かがある筈だ。古典古代においてはそれはストア主義であったし、現代においてはそれに替わるものは精神分析あるいはSFであろう。このドラッグ小説は生まれてこのかた数十回は読んでいて、そのたびに圧倒され、自分の存在を根底から揺り動かされてしまう。(ついで、いつもこれが映画化されていない理由を考える。というのも、知り合いの高名な大学教授は、私の知る限り、『ブレードランナー』を36回見ていて、「36回目に初めて、あるシーンの背景に小さく映った絵が神護寺仙洞院の伝源頼朝像だと気付いた」、と言っていたからだ。)
(選定年度:2016~) -
フィリップ・K・ディックは、麻薬をテーマに扱った作品が多いけれど、この作品はその代表作。
「麻薬でトリップ→ひどい悪夢→やっと目が覚める→と思ったらまだ悪夢の中」という恐怖を、しつこいほどに描いています。人間の意識なんてあやふやなものだと思わされます。
麻薬による、人びとのそれぞれの夢の中に普遍的な神として君臨するパーマー・エルドリッチ。人間が己の瑣末な意識から逃れられない存在なら、神はその幻想さえ支配すれば神たり得るのかもしれません。
途中まで、主人公をバーニー・メイヤスンだと思っていました。公式の主人公はレオ・ビュレロなんですね。
タイトルは良いですね。美しいです。同じ作者の「流れよわが涙、と警官は言った」にも陶器の壺をつくる職業の女性が登場しますが、作者は陶芸する女性が好みなのかな。 -
温暖化が進み、過酷な環境となった未来世界。火星へ強制移住させられた人々は、ドラッグと模型によって、過去の地球を再現した仮想空間へダイブすることで心を支えている。やがて遥か遠い星系からもたらされた新種ドラッグが現実崩壊の恐怖を引き起こすが……。
現実と幻想の狭間を描く、ディックの真骨頂。今はどっちの世界にいるんだっけ?という感覚を本書でも味わえる。ラスボスのような圧倒的な力を持った存在との対峙。人間くさい登場人物の意外な決断。全編通して読ませる力が強く、面白かった。ラスト付近は意図的にわかりにくくしているのか、読んでいる方も混乱してきて、トリップを疑似体験しているかのようだった。
毎回ディック作品には魅力的な女性が登場するが、今回は特に恋愛や性描写も色濃く、パンクしそうな急展開の連続に華を添えてくれた。
しかしこの作家はドラッグと壺が好きだな。 -
いや〜めくるめくディックの世界を堪能した。特に終盤は「幻影か現実か」「エルドリッチかメイヤスンか」で、エンドレスなマトリョーシカ状態。短編の方も読んでみたい。
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高校時代にハードカバーで読んだはず
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パーマー・エルドリッチはそばにいる。自分自身にもあなたにも。