裏世界ピクニック 7: 月の葬送 (ハヤカワ文庫 JA ミ 17-8)

著者 :
  • 早川書房
4.31
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本棚登録 : 252
感想 : 19
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150315092

作品紹介・あらすじ

何とか寺生まれのTさんから逃れた空魚たち。いつもの学生生活に戻りかけたとき、鳥子が空魚に対して、ついに決定的な行動を起こす

感想・レビュー・書評

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  • 第7巻。今回は怪談をテーマに文化人類学の考え方や、閏間冴月との直接対決、裏世界の干渉方法の変化、空魚、鳥子、るなの能力が裏世界に及ぼす影響の推測、冴月に対する皆の感情、色々なことが一気に盛り込まれていたようで非常に読み応えがあった。物語の中ではちょうど1年くらいになるようだが、主要人物たちの大きな転機になる出来事を存分に堪能した。

    「怪異に関する中間発表」
    小桜が霞を引き取ることを決意した翌々日、空魚はゼミの帰りに初めて裏世界のゲートを見つけた廃屋に向かう。そこにはすでにゲートは無くなっていたが、閏間冴月が目の前に現れる。

    「トイレット・ペーパームーン」
    閏間冴月がアルファ・フィメールであることを思い知らされた空魚は裏世界へと誘われる。難を逃れた空魚は鳥子と一周年記念日を祝うべくホテルディナーへ行き、冴月との関係を断ち切る相談をする。

    「月の葬送」
    空魚、鳥子、小桜、るなの4人は冴月の葬式を実行するため裏世界へと向かう。予期せず裏世界からの干渉を受け、そこには冴月の葬儀場が用意されていた。4人はどうにか冴月を祓おうとする。

    今まで明確には描かれているこなかった冴月の存在について明かされる。ここまで読み進めてくるとさすがに冴月はすでに人間ではないと思いつつも、どこか人間としての部分だか形だかをとって(第四種接触者のような)DS研などに収容される進展もあり得るかなと想像していたが、そうはならなかったようだ。冴月が裏世界に求めたものが何か明らかになり、裏世界の中でどうなっているのか明かされる。それを踏まえて今までの干渉や今回の干渉を想像すると、とても正気でいられる気がしない。冴月を思う皆の気持ちが、冴月の人間らしさを浮かび上がらせるのがなんだか皮肉めいているようにも感じる。空魚と鳥子の惜別の言葉と小桜の感傷の情、どちらもとても良かった。

  • 2021年12月ハヤカワJA文庫刊。書き下ろし。シリーズ7作目。裏世界のインターフェイスである潤間冴月を祓うという戦略が進む。空魚が考えた潤巳るなを含めたたファミリー化戦術が面白い。今回は空魚の活躍がめざましく、楽しい。

  • 前巻に引き続き、単体のエピソードを1巻通して描いている。
    と同時に、これまでのエピソードを貫く大串だった部分に決着をつける巻でもある。

    葬儀というモチーフも、そこで起きる出来事もしっかりと恐怖を感じられるものでありながら、積み上げてきた裏世界という存在が認識や感覚の概念から成り立っているという設定をしっかりと活かしており、面白かった。

    しかし同時に、大きくストーリーをドライブさせていた要素に区切りがついたということでもあり、次巻以降どう広がるのか、あるいは畳んでいくのかが気になるところ。

    あとがきに記載されていた汀のモデルは、あまり意識していなかったが言われればなるほどと思う人選だった。
    故人の冥福を祈りたい。

  • 一巻から六巻はぜんぶ七巻のためだったと思うくらいに、今まで読んできてよかったくらいに面白かった。

    これまで語られてきた怪談の文法やフレームというものに文字通りの中間報告がされていて興奮したし、牛の首やこっくりさんの攻略方法もすごく楽しかった。
    そのあたりはもともとこのシリーズで一番買っていた部分で、今回はさらに、ある意味信用できない語り手、過酷な人生を単独で生き抜いてきて、一人称の視界に歪みやぼやけを持っている主人公だと一巻で明かされていた空魚の、周囲の人間への・からの解像度がじりじり上がっていま閾値を超えた感があるのが、これまでになく明確になっている気がして感慨深かった。

    既刊分に好きな場面や文章はたくさんあるけど、今から思えば全部「月の葬送」にたどりつくまでの道のりだったな、と振り返ってしみじみするような、今までの裏世界ピクニックにないしんみり清々しい終わり方ですごくよかった。特に小桜。

  •  5巻はバリエーション豊かな短編集、6巻は番外編といった趣があって、更に前者は鳥子の気持ちに段々自覚的になる空魚、後者はそれゆえにちゃんと向き合おうと努力しようとする姿が描かれていたが、いずれも若干大きな跳躍へのステップのような感じがしていた。その待ちに待った跳躍が、今巻だろう。これまでばら巻いていた種が一気に結実するような爽快感と、一歩踏み込んだ空魚と鳥子の関係性。またその関係性も、新しい局面に突入こそするものの、一気に進め過ぎないのがもどかしくもあり、一方で素晴らしい点でもある。こっちは入り組んだ感情を解きほぐして、互いに一緒にいるためにはどうすればいいかを整理する過程が見たくて百合読んでんだ、これくらい丁寧にやってくれなくっちゃ。
     ホラーとしても、初期の訳の分からないものに相対する怖さみたいなものが、盛り返して来ていて良かった。読んで怖いと感じるかはともかく、綱渡りで対処しなければならない緊張感のようなものは味わえるだろう。
     その一方で、その訳の分からないものに対して、SF的なアプローチで分析をしかける魅力もまた、更に立ち入って描かれていたように思う。そこに付随して、攻勢に出た彼女らの、敵に対する対処法が民話的というか、宗教的なのも良かった。
     こちらに戻ってくるための楔としての大学生生活においてもやや進展が見られるが、そこで講義という形で言及される文化人類学の思考枠組みの変遷は興味深かった。更に、空魚の研究テーマ(=学生生活の主題)と向き合うことが、とりもなおさず彼女が目を背けているパーソナリティに向き合うことと繋がっていて、本筋の進展と関わる要素になっているのも良い。
     未解決の要素は決して少なくないが、空魚と鳥子の関係という面でも、ストーリーとしても(この二つはほぼ同義だとも言えるが)、ひとまずは新しい局面を迎えたと言えるだろう。次巻も楽しみだ。

     ネタバレを含む詳しい感想は、コメントにて記す予定。

    • ヤヌスさん
      ネタバレします。





       最初にお、と思ったのは、6巻で気になっていた「なぜ鳥子は記憶喪失になった空魚を殴ったか」に再度触れていた点だっ...
      ネタバレします。





       最初にお、と思ったのは、6巻で気になっていた「なぜ鳥子は記憶喪失になった空魚を殴ったか」に再度触れていた点だった。結局今回もその理由が詳らかにされることはなく、単に感情的なヒロインだから、そして今回は空魚を人の気持ちに気づくことができないキャラクターとして描くため、と取ることもできるだろうが、個人的には、ここで言及したからには、今後また触れることがあるのだろうと考えている。
       私的には、なぜ殴ったか、については大きく2つの要因が考えられると思っている。一つは「共犯者というキーワード自体を忘れてしまったから」。共犯者という言葉は、空魚と鳥子の関係性を象徴するものとして度々用いられているし、それは二人にとっても大事な共通認識であっただろう。ただし、鳥子自身のことすら忘却している空魚から、やや一般的でないそのワードが出てこなかったことはある種仕方のないことであって、それに対してショックを受けるのは、理解できないとまでは言わないにしても、やや不自然だと思われる。鳥子ももう少し理性があるだろう。
       では、鳥子は何にショックを受けたのか。それは、鳥子との関係を抜きにしても、空魚のキャラクター(だと鳥子が考えている思考の方向性)からは出ないような言葉が出たからではないだろうか。すなわち「ひょっとしてつきあってた?」という確認それ自体が、彼女の認識する空魚からは出ないはずの発想だったために、ショックを受けたのではないのだろうか。
       言っていて、少し弱い気もして来たが、そういうことを考えた。今後答えを明示してもらえるとありがたいが。

       空魚と鳥子の関係については、鳥子が空魚を好きだと言うことを、誤魔化しがきかない状況下で、空魚の側から言語化させたのが大きな進歩だろう。言語化された(した)というのもデカければ、空魚がそこから逃げずに、あまつさえ言わせたというのもデカい。もう逃げられないねぇ。
       冴月という存在に出会った、というのが、ある種リトマス試験紙みたいになってるのも良い。以前ならもっと動揺しただろうけど、今回その話を聞いた鳥子は、空魚を心配する気持ちが全面にいた。ここに関しては、冴月はもう完全に当て馬だったように思う。二人は今回かなりいちゃついてたけど、「おら、こういうのが良いんだろ」っていうなんか独善的なショーみたいないちゃつきじゃないのが良い。というより、まだ一線あるから、仲は良いけど、なんの躊躇いもなくゼロ距離にまで詰めよることができないんだろう。その先にちゃんと進むために、まずは冴月を殺す、という話になるのも凄く良い。

       ついでに冴月について言及すると、ようやく本命が出てきた感じはしたし、彼女がもう人ではないということが、鳥子の反応を通じて語られることで顕在化し、冴月の被害者たちもひとまず未練みたいなものを断ち切った、という話になっていた。ただ、人間としての彼女自体のバックボーンがあまり語られることはなかったし、倒し方もやや呆気なかったところもあって、本当に冴月の問題が解決したのかは、少し微妙なところだろう。怪異としての冴月の在り方には少しメスが入って、恐怖・狂気によるコミュニケーションを空魚たちと取ったり、動揺を誘うのに最も効果的なインターフェースとして冴月の姿を取っている、という仮説が立てられたのは興味深かった。ただし、なんとなく冴月の意思=裏世界の意思(の何割か)という、冴月を追っていけば裏世界がなんたるかに触れられるように見えていた図式が崩壊したため、裏世界に関してはますます謎が深まったように思う。単にインターフェースなのか、それとも冴月自身が言いように変質させられ、使役されているのか、その際彼女の意思はどこかに介在しているのか、などなど、冴月自身にも疑問が湧く。まあ、この辺の謎や、ないし裏世界の象徴として描かれていた冴月のパーソナリティに関しては、ホラーという体裁を保つ上では曖昧にしておくべきなのかも知れない。
       最後の小桜さんも良かった。

       恐らく今後のヒントとなるだろう霞の存在も気になるし、裏世界の謎はまだ解明されてない(そもそもされるのか?)が、目下のところ、差し迫った問題は空魚と鳥子だろう。空魚はもう鳥子の好意から目を逸らすことはできないが、そもそも「家族ってクソ」な空魚と、鳥子の人間観は相容れない。冴月という大きな敵をひとまず退けた今、どう向き合い、すり合わせていくのか、非常に楽しみ。
      2022/02/13
  • 無口なのにいきなり暴力手段に出たりするような意外性のある空魚、魅力的なのにひとにすがるようなところがある鳥子の二人が「ピクニック」というもういろいろ詰まった作品ではあるんだけど、それだけではなく、描写がなんか好き。私にはこの物語が必要だ。

  • 書店の売り上げランキングの類いにはラノベに属される本シリーズですが、ハヤカワから出ていることもあってか、ラノベっぽさなどはほぼ感じられず、この7巻では特に比喩の表現がとても豊かで、月の葬送という耽美なタイトルに相応しいシリーズの中では屈指の美しい作品だったと思いました。それでいて空魚の戦国時代の人ぶりや小桜のセリフや説教のキレももちろん健在でとても楽しめた一冊になりました。ラストの空魚と鳥子はSFでも百合でもなくもう紛れもなく純文学でしょ、現代版ハヤカワ版花物語!しかし全くいい意味で次巻からの展開が全く想像つかない…こういう読後の感情を久しぶりに思い出しました。余談ですが書店特典のポストカードがとても良かったです、ファンの方、電子版で読んだ方も書籍版買う価値あります、自分は両方買いました!

  • 本気で面白かったよ!!と誰かに言いたい。
    小6姪っ子が待っているのでクリスマスプレゼントとともにまわします。
    空魚が人間味出てきてるのも良かったし、空魚の大学生活がまず善きものですね。
    ゼミでテーマについて話す空魚は現実世界にまだ未練はあって、裏世界に消えていくことはないねんなーって今回の7巻でちゃんとわかった気がした。空魚の探しているもの求めているものをたぶん閏間冴月は同じように手にしたかったし、自分は平気だと裏世界に挑んでのみこまれたんだとワタシは思った。結局冴月は鳥子や小桜を利用して裏世界に行くことだけを選んで空魚はそうじゃなくて全部を引き受けることにしたから、現象となった冴月に引導を渡せたんやとおもう。でもまだ終わりじゃない。赤い女のこととか回収されてない。はやく続きをお願いしまっす!!

  •  葬儀式場はこちらになります、な7巻である。
     あらすじでも明示されているが、この巻はここまでの物語に大きな一区切りを置く一巻であり、6巻同様に一巻を通じて描かれる中編となっている。
     章立ては以下の通りだが、これ自体にはあまり意味はないかもしれない。(少なくとも連作短編形式ではない)

     ファイル21 怪異に関する中間発表
     ファイル22 トイレット・ペーパームーン
     ファイル23 月の葬送

     誰の葬儀であるかは一応この感想では伏せるが、あらすじにも明記されているので特に意味のない配慮だろう。
     表紙に登場した彼女は、物語上でもきちんとした形で登場している。
     そのおぞましい存在感は読者にも伝わり、そのおぞましさゆえに祓うべく空魚が決意することになる、そうした物語である。

     一つ述べておくと、この巻は前巻同様に「裏世界ピクニック」としてのニュアンスはほとんどない。
     だが、それでもこの巻は名作回と言っていいだろう。
     関係が深化したキャラ同士の絡みは面白く、シリーズで一番笑ったようなシーンも含んだコミカルさもある。
     その一方で、メインとなる葬儀のシーンにおいては、描かれるべきシリアスがふんだんに描かれて、まさに葬送に相応しい密度の描写が置かれている。

     百合ファンが喜ぶだろう内容も大いに含まれている。
     またSFファンにとっても、今回の葬儀が持つ儀式的怪異対応は面白さがあるに違いない。
     オールキャスト型の物語もまた魅力的である。
     そして、すでに述べたように、肝となる葬儀が読ませる内容だ。

     裏世界ピクニックという主題から外れていて、そこで減点しても、星六つ程度で評価したい一巻である。
     率直に面白かった。良い読書をさせていただいた。

  • 明確な脅威として存在し続けてきた閏間冴月とついに決着。実際は閏間冴月本人とではなく、冴月の姿を取った裏世界の一端とではあるが、これは初めて裏世界に対して先制攻撃ができたのではないか?何やら綺麗な終わり方だが、まだまだ明らかになっていないことも多いし、紙魚と鳥子のこれからも気になる。

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著者プロフィール

小説家。代表作に『裏世界ピクニック』(ハヤカワ文庫JA)、『そいねドリーマー』(早川書房)など

「2019年 『迷宮キングダム 特殊部隊SASのおっさんの異世界ダンジョンサバイバルマニュアル!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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