横断 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-27 競馬シリーズ)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (507ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150707279

感想・レビュー・書評

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  • ディック・フランシスのエンタテインメント「競馬ミステリ・シリーズ」
    後期の充実した一作といえるでしょう。

    今回の主人公は、英国ジョッキー・クラブの保安員トー・ケルジイ。
    まだ29歳のイギリス人だが、18で財産を継いだと同時に天涯孤独となった大金持ちで、世界中を放浪し、馬に関係のある仕事を転々としてきた後に、スカウトされた。
    競馬界を管理する権威ある組織に属する諜報部員のような存在。
    もともとあまり目立たない外見で、少し変装するだけでまったく人に気づかれない特技を持つ。

    イギリスで大きな不正を行ったと思われる危険人物フィルマーが、裁判では無罪となった。
    フィルマーがカナダの競馬界に食い込もうとしている様子で、企画旅行「大陸横断ミステリ競馬列車」に参加するとわかり、同じ列車に潜入することに。
    豪華列車で馬主と競馬ファンがカナダを横断して、大きな競馬に参加しながら旅行を楽しむという企画なのだ。
    雄大なカナダの風景が綺麗そうで、見てみたくなります。

    この旅行はミステリ・ツアーでもあって、俳優が乗客に混じって乗り込み、みんなの前で事件を演じてみせるという催しも。
    当初は馬主に混じっても違和感のない育ちのよさを見込まれたケルジイ。俳優の一員という触れ込みで、実際にはウェイターとして乗車することに。
    慣れない仕事を手伝いつつ、仲間と打ち解け、運命の女性らしい相手ネルとも知り合う。
    デートには誘えないけど、旅行中の業務の中で、少しずつ惹かれあっていくのを確かめるのが微笑ましい。

    カナダでは有数の富豪一家ロリモア家も特別車両にいたが、何か問題を抱えている様子。
    あちこちで手を貸しつつ、列車に仕掛けられる陰謀に立ち向かうケルジイ。
    1988年の作品なので、携帯も今のようなネットもなし。
    秘密の電話連絡を仲介する大事な役目に、保安部長の寝たきりの母親ミセス・ボードレアが登場。
    若々しい声としっかりした存在感で、ケルジイとひととき心通わせます。

    背景にある事件は深刻だけど、目の前にあるのは主にお金持ちが楽しむ旅行のシーンなので、比較的軽い読み心地。
    いつもの一人称が生かされていて、誰にも気づかれないケルジイが平静そうでいて何をどう見ているか、面白い内容になっています。

    イギリスの有名な競馬騎手だったディック・フランシスが引退後に作家となり、競馬界についての知識や騎手としての実感を交えた描写もさることながら、元騎手とは思えないほどの文才とセンスで魅了する作品群。
    長編はすべて男性主人公の一人称で語られ、年齢や境遇はさまざま。
    何らかの特別な経験や才能があるが謙虚で、観察力と思いやりがあり、意志強く事件に立ち向かう人間像は共通しています。
    女性がそれぞれ存在感があり、ファッションも個性的なのも特徴。
    フランシスの奥さんが執筆協力し清書しているので、奥さんの見る目も生かされているのでしょう。性格も男性主人公より変化に富んでいるし、実際にいそうで好感の持てるヒロインが多いですね。

  • 競馬シリーズ27作目。

    今回のテーマはカナダを横断する豪華列車。
    カナダの競馬界を盛り上げるため企画された列車の旅で、
    馬主と馬を乗せ、途中の競馬場でレースをする。
    しかも、ミステリーのお芝居つき。

    主人公は英国ジョッキークラブの陰の保安部員。
    幼少時に母と父を続けて亡くし競馬好きの叔母に育てられ、
    その叔母の死後は7年ほど世界を放浪し、
    イギリスに戻って叔母や父の遺産を相続した。
    競馬に詳しく、誰にも顔を知られず、しかも目立たない風貌ということで、
    競馬場で不正行為を見はったり、
    不審人物を尾行したりする保安部員として働いている。

    その仕事の一環で、恐喝や殺人の疑いのある男を追って、
    カナダ横断列車に乗り込むことになる。
    最初は馬主を装うつもりが、部屋が近すぎてウエイターに化けることにし、
    制服を着て働きながら、列車や馬の安全を守るべく奔走する。

    列車ミステリーと言えば「オリエント急行殺人事件」なので、
    誰かが殺されると思い込んでいたが、
    プライベート車両が切り離されたり、
    列車が故障させられ後続列車に追突されそうになったりと、
    MIPに近いかも。
    それにしても、列車の旅はいいねぇ。

    列車で移動する主人公の連絡係として、電話の内容を取り次いでいた、
    保安部長の寝たきりの母親との交流が良かった。
    主人公にとって、亡き叔母を思わせる存在だったのに、
    亡くなってしまって残念だった。

  •  数あるフランシスの作品の中でも、もっとも設定に凝った作品ではないかと思う。

     カナダを横断する鉄道の中で進行する、「オリエント急行殺人事件」を思わせるような、ある意味クラシックな舞台であること。

     犯人は誰か、を操作するのではなく、犯人がなにをやろうとしているのかを探り、それを未然に防ぐことが探偵役の目的であること。

     探偵役は自らの正体を隠していて、さらに列車の中ではイベントとして推理劇が行われていくという、トリッキーな仕掛けがあること。

     その他にも、「ハムレット」を擬した逆トリックなど、目を見張る仕掛けに事欠かない。

     正直、最初に読んだときにはその仕掛けに幻惑され、凝っている割にはどうもサスペンスに欠ける、なんて思ってやや不満であった。しかし、改めて読み直してみると、作者のこだわりが大きな効果を上げていることがよくわかる。再読の方がずっとおもしろかった。

     主人公の恋の話がほほえましい。そして、声だけで登場する女性も、わくわくするほど魅力的だ。

     例によって、主人公が大金持ちのスーパーマン、そして29歳の若さと言うところだけが、どうも納得しかねるのである。

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