市民ヴィンス (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 19-1)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (470ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151766510

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  • 2005年発表のMWA最優秀長篇賞受賞作。プロットは至ってシンプルで、強引に要約すれば、しがない犯罪者という以外は「何者でもない」生活を送ってきた一人の男が、人生の岐路に立ち、それまでとは違う選択をして再び歩み始めるというだけの話だ。タイトルには含みをもたせており、個人名に敢えて「市民」を付けている理由は読み進める内に分かる。スタイルはクライムノベルだが、物語に大きな起伏は無く、文学志向が強い。

    闇の組織を裏切って告発者となった男は、政府の「証人保護プログラム」下に入る。出生名を捨て「ヴィンス」を名乗り、生業となったドーナツ屋店主を続ける傍らで、以前と変わらずカード偽造と麻薬密売の裏稼業にも手を染めていた。だが、その〝流通システム〟と縄張りを狙い、ヴィンスの前に殺し屋が姿を現す。男にとって即刻の逃亡は必至だったが、「ヴィンス」の名で大統領選の選挙権を取得したことを知り、転換期を迎える。同じ頃、カーターとレーガンによる次期米国大統領の選挙戦が繰り広げらていた。政治的なものとは無縁だった男は、ようやく己自身と向き合い、「何者でもない」地点から、「市民」としての自覚、社会的責任を負う共同体の中の一人としての在り方に、おぼろげながらも思い至る。つまりは、過去を清算しての第二の人生への出立である。

    内面を語らず、男の転機を行動によって表す。どこまでも不器用な小悪党が「実存」に目覚めるさまは、哲学としても掘り下げることも可能だが、本作はあくまでも世俗的な流れで展開する。凡庸な犯罪者の挫折と再生、その足取りをミステリらしからぬ構図で描いたことが、逆に高い評価へと結びついたのかもしれない。

  • 1980年10月、ジミー・カーター大統領が選挙戦で負けそうになっていた時期。
    揺れ動くアメリカ社会の片隅に、こんな男がいた。

    今はスポーケンという田舎町で、かたぎのドーナツ店の雇われ店長をしているヴィンス・キャムデン。
    案外この生活も性に合うと思っていた。
    生まれて初めて大統領選挙にも興味を持つ。
    4年前には良くなると思われていたアメリカはどうなるのか?

    小悪党で、今もクレジットカードの詐欺はやめられない。
    36歳、身長6フィートと、見てくれは悪くないが、どこか信用出来ない風貌で、ポーカーは強い。
    子供の頃からまわりの子供が皆やるような小さな悪事から始めて、他の生き方を知らなかった。
    じつは証人保護法で、あらたな身元を得ていたのだ。
    いつか追っ手が来るかも知れないと、内心は脅える日々。

    マフィアに借金が出来たことから、生まれ育ったニューヨークを出る羽目になり、恋人を置いてきた。
    弁護士のべニーは恋人の兄で、これもマフィアと付き合うのを何とも思わないような男だが、年の離れた妹の結婚相手には考えがあったのだ。
    そして、4年がたった。

    馴染みのベスは娼婦だが、子供が出来たと知った途端に麻薬を一切辞めたことで、廻りの尊敬を得ている。
    詐欺の仲間が殺され、ヴィンスは警察に疑われる。
    マフィアの差し金かと思ったヴィンスは決着をつけようと動くが…?

    ヴィンスが出会った州議会議員候補アーロンは、ヴィンスの案内で夜の街を体験する。世間知らずのアーロンは市民との交流に感激するが、演説した相手らは選挙権を持っていないのだった。
    ヴィンスの後を追った刑事デュプリーも又、ニューヨークで悪徳警官と組まされ、えらい目に合うことに。

    マフィアにも人間的な面があり、ちっぽけな人間にもそれぞれのこだわりがあり、警官にも暴力的な面がある。
    行く先々での物思いや、出会ったばかりの人との意外に深い会話など、普通小説に近い味わいがあります。
    ねじれた問題は落ちつく所へ落ちつき、少しずつ再生へ向かう。
    読後感は良かったですよ。
    アメリカはレーガンが大統領になって、一見は期待させたがとんでもない時代に入るという皮肉をほのめかしつつ…?
    2005年の作品。
    2006年12月翻訳発行。
    アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞。

  • 1980年。舞台はワシントン州スポーケン。ドーナツ屋の店主、ヴィンス・キャムデンは、副業でカード偽造と麻薬の密売を営んでいた。過去の事件で証人保護プログラムに組み込まれているヴィンスは、何者かに命を狙われるようになる。かつて、「血の奔流」というサスペンスを読んだことがありますが、それに続く翻訳2作目。とにかく登場人物一人一人ののキャラクターが濃い。読ませます。

  • カーターとレーガンの時代

  • FBIの証人保護プログラム(平たく言うと、半端な小悪党は自分よりもっと悪いヤツの犯罪の証拠とか人の名前とかをばらして裏切り者になれば、その代わりに、自分の罪だけはチャラにしてもらってまっさらの偽の経歴とか名前とか身分証明書とか、新しい職業とかまで全部お膳立てしてもらってまったくの別人として生きていっていいよという、政府と裏切り者と裏切られる悪党と、いったい誰が一番損しているのか一番ヤなヤツなのか何がなんだか良くわからないアメリカの仕組)に乗っかって、小さな町でドーナツ屋のやとわれ店長をやっているヴィンスの話。

    すごく面白かったです。こういう話は大好きです。登場人物がみんなひとくせふたくせあり、マフィアなのに愛嬌があったり、刑事なのにろくでなしだったり、政治家なのに誠実だったり、犯罪者なのに節度を守っていたり、生き生きとして、複雑で、魅力的。

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