- Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152083364
作品紹介・あらすじ
「2より大きいすべての偶数は、二つの素数の和で表わすことができる」これが、200年もの間、証明されたことのない難問「ゴールドバッハの予想」である。ギリシャの田舎に隠棲するペトロス伯父は、かつて天才的数学者だった。その伯父でさえ証明できなかった難問こそが「ゴールドバッハの予想」であった。そんな伯父は一族から「嫌われ者」あつかいされているが、甥のわたしだけは彼を敬愛している。だから、伯父は「ゴールドバッハの予想」と苦闘した過去をわたしにうちあけたのだ。その闘いは、若き日の伯父が留学したドイツで幕を開けた…。数学の論理と美が思考を刺激し、学者の狂気の人生が心をうつ。数学の魔性に惹きこまれた男の数奇な人生を紡ぎ出す稀代の物語。
感想・レビュー・書評
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ギリシャの神話・文学はその後の人類にとって大きな遺産として引き継がれています。日本文化を代表するアニメも例外ではありません。宮崎駿の「風の谷のナウシカ」はホメロスの『オデュッセイア』に出てくるナウシカア(Ναυσικαα)を下敷きにしています。松本零二の『わが青春のアルカディア』ではギリシャの地名を借り、そして『宇宙戦艦ヤマト』のイスカンダルとはアレクサンドロス大王のアラブ風の呼び名です。
しかし私たち日本人にとってギリシャの現代文学は全く馴染みが無いのです。映画だったら『旅芸人の記録』のテオ・アンゲロプロスを知る人も少しはいます。私もギリシャの現代文学は一冊しか読んだことがありません。それが『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』(アポストロス・ドキアディス、酒井武志訳、早川書房、2001年初版)という数学小説です。日本でも『博士の愛した数式』がベストセラーになり、映画化もされました。私は寺尾聡の主演の映画を観て、小説は読まなかったので誤解があるかも知れませんが、はっきりと格が違います。数学に身をおいた人と眺めた人の違いと言って良いのです。
著者アポストロス・ドキアディス(Apostolos Doxiadis)の経歴もギリシャという国を理解する一つの鍵を与えてくれます。(διασπορα、ディアスポラ)彼は1953年にオーストラリアのブリスベーンに生まれ、少年時代をギリシャ本国で過ごし、僅か15歳でNYのコロンビア大学に入学して数学を専攻します。パリに移り高等研究実習院で更に研究を重ねます。彼が行ったのは神経系の数学モデルを作ることでした。
その後、演劇への愛情捨てがたく俳優として働き、映画の製作に関わり、今ではギリシャに戻って小説を書いたりシェークピアをギリシャ語に翻訳しているのです。ギリシャで書かれたこの小説は1992年に国際的なベストセラーになっています。
「どの家にも困り者はいる──うちでは伯父のペトロスがそうだった。」これが小説の書き出しです。親戚からは落伍者のレッテルを貼られた伯父はアテネ郊外のエカリ地区にある森の中の小さな家に一人で住んでいました。今では豪邸が建ち並ぶ高級住宅地で、故アンドレアス・パパンドレウー元首相の後妻ディミトラ・リァニ・パパンドレウーが住んでいるのもここらしい。東京なら田園調布でしょうか。
小説の語り手「私」は年に数回開かれる親戚の集まりで「伯父さん」に興味を持ちます。やがて伯父さんは元ミュンヘン大学の数学教授であったことを知り、「私」も数学に興味を持つようになり、学校の成績もトップに上り詰めます。アメリカの大学への留学が決まって「私」は数学者になりたいと伯父さんに告白します。
すると伯父さんは「素数は全部でいくつある?」と質問してきました。習っていないと答えると、伯父さんはユークリッドの証明を教えてくれました。伯父さんは次の問題を誰にも相談せず、本も読まずに証明出来なければ数学者になることを断念し、それを書面にして署名させらるのです。
「証明してもらいたいのは、二より大きい全ての偶数は、二つの素数の和であらわせることだ」
ゴールドバッハ予想という言葉を知っていてもこれがゴールドバッハ予想だということを知らない私は3ヶ月苦しみましたが、証明できるはずもありません。留学先でこれがゴールドバッハ予想そのものだと同室者に教えられ、怒りに震えます。
帰国した「私」は伯父を詰問します。そして伯父ペトロス・パパクリストスのゴールドバッハ予想との戦い、その半生が語られるのです。実在の数学者、ハーディ、リトルウッド、ラマヌジャン、チューリング、ゲーデルが登場し、フィクションだと分かっていても引き込まれてしまいます。これが作者の才能なのでしょう。
伯父さんが亡くなって膨大な蔵書が遺産として残されましたが、「私」は2冊を除いてその全てをギリシャ数学協会に寄付します。手元に残したのは「オイラー全集」第17巻とドイツの科学雑誌《数理物理学月報》38号です。前者にはオイラー宛のゴールドバッハの手紙が、後者には1931年にゲーデルが発表した論文が含まれています。
この記事を書きながらギリシャの詩人を一人知ることが出来ました。この本にも2回登場するコンスタンディノス・カヴァフィス(1863年4 月29日 - 1933年4 月29日)です。彼の書いた詩Ithacaに曲をつけた動画はYouTubeで見ることが出来ます。
さて読み終わってしばらく経って、ペトロス伯父のモデルがクリストス・パパキリアコプロス(Christos Dimitrios Papakyriakopoulos、1914年 - 1976 年6月29日)であったことを知りました。パパが取り組んだのは「ゴールドバッハの予想」ではなく「ポアンカレ予想」です。 -
数学の未解決問題の一つゴールドバッハ予想に取り組むことでほぼ人生のすべてを費やした伯父の話。
主人公は親戚から疎まれているぺトロス伯父が実は著名な大学の前教授で今も尊敬されていることをしり、伯父が本当はどういう人なのかを知りたくなり、自身も数学の魅力にとりつかれながら、伯父の人生について伯父に聞くという体裁の本。
数学の証明はその問題が長年の未解決問題なればこそ、難問中の難問である。それをとくには直観と推論とさまざまな思考実験を経て突然啓示のようにひらめくものかもしれない。あるいはひらめかないまま一生をおえるかもしれない。
この本は難問にとりつかれた数学者の半生を扱った小説だが、数学者の苦悩と喜びを一般の読者にもわかるように教えてくれる。こういう本は本当に数学を勉強した人でないと書けないような気がした。 -
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数学科出身です。数学を扱ったフィクション作品の中で最も良い出来であると思います。
数学に詳しくなくてもすらすらと読むことができるので、おすすめです。 -
数学の本というよりも、数学に伴う人生ドラマ。こういう本ならストレスなく読めます。
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伯父の数学者ペトロスが、天才と呼ばれ、”2より大きいすべての偶数は、二つの素数の和で表すことができる”という「ゴールドバッハ予想」の証明に野心を燃やした人生を甥の私が解いていく小説。
とてもおもしろかった。
著者は、オーストラリア生まれ。アテネ育ちのギリシャ人。 -
主人公が、「ゴールドバッハの予想」に人生をささげた数学者のペトロス伯父の人生を描くストーリー
難問に挑む数学者が、苦闘し続け、困難にぶち当たり、一人になり、チェスをはじめて少し取り戻したものの、難問を解く際に発見し温めていた理論を疑心暗鬼から発表のタイミングを誤り、ゲーデルの不完全性定理の発表で解けないもんだないのでは?、チューリングにより解けない問題があるかどうかを事前に確認することが不可能という発表と立て続けに、奈落の底に突き落とされ、一線を退く。
主人公によって、再び、問題に挑戦するも、不遇の死を遂げる。
フェイルマーの最終定理を解いたワイルズやポアンカレ予想を説いたペレルマンなど、ごく少数の超天才数学者であり成功者の裏に、その栄誉に浴することができなかった多数の不遇な数学者がいるということのある一面を見た思いになる。 -
たまたま図書館の小説コーナーで見かけたので手に取る.「ゴールドバッハの予想」がタイトルについている小説とは.
内容については,まあまあ面白いくらい.数学が好きな人ならば素数やリーマン予想についてのノンフィクションを読んだほうが絶対に迫力を感じると思う.敢えて作り上げられた演劇的なキャラを見る必要はない.
とはいえ,数学に疎遠な一般の読者を取り込めたとしたら,この本はその役割を果たしたといえるだろう.