もしかして聖人

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (417ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163132501

感想・レビュー・書評

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  • 絵に描いたように幸せで平凡なペドロウ一家、そのうちの次男イアンを主人公に、彼の中年期までの人生物語が進んでいく。
    驚くほどそして半ば飽きるほど、繊細に緻密に日常を描き出し、細やかな人間関係とそのやりとり、心情に至るまで丁寧に書き出されている。
    長男ダニーが郵便局で出会った子連れのルーシーと結婚したことがこの物語の始まり。このシーンのイアンの両親の生温い「げっ」とした反応も、子守を頼まれてしまうイアンも、その間外出して奔放に過ごすルーシーもリアルだ。誰も彼もがおとぎ話にあるような聖人というわけではない。イアンの両親は俗に言う"コブ付き"の女性と自分の息子が結婚することの不安をはっきりと口に出せない、17歳のイアンも自分の時間を奪われて遊べないことからイライラして不用意な発言をしてしまう、ルーシーも手癖が悪い。誰もが決定的でない欠点を抱えて日常を過ごしている。

    その日常が崩れるきっかけが、長男ダニーの死だ。
    「ルーシーは浮気をしてる」という言葉を長男ダニーへ投げかけてしまう。主人公がダニーの運転する車から降りて部屋に行くと、ダニーが一人残る車が壁に激突して、兄のダニーは死んでしまった。周りはダニーが酔っていて事故を起こしたというが、イアンは自分の発言を苦にして自殺したのではないかと延々と人生の大半を使って悩むことになる。実際のところは、ダニーの独白もないので真実は読者にもイアンにも分からない。

    その後旦那を失ったルーシーはやつれて、三人の子供の世話も満足にできないながらも新しい出会いを求めて外に出ていくことになる。しかし期待した男性は既婚者で「新しい相手と幸せになる」ことは叶わない。この部分が見事で、希望から失望へ、自分の人生を悲観するルーシーの感情がまざまざと伝わってくる。自分の性的魅力への自信と、新しい職場とパートナーを手に入れた未来が開かれる予感、それを掴むために地道に交流を積み上げようとするルーシーの描写。溺れる者は藁をも掴むというように、掴んだものが藁だったと呆気なく崩れ行く彼女が描かれている。

    その後母親を失った子供たちはペドロウ家に引き取られるが、親は歳を取りすぎて育児はできない。イアンは自らが引き起こした(としかイアンは思えない)不幸への赦しを求めて、宗教団体へ所属するようになる。
    諸々としたこれらも彼らの人生といってしまえば次のページには終わる話だが、作者はそれを許さないかのように、脇役のイアンの青年期の彼女グレッグを登場させる。かつてのガールフレンドである同世代を登場させ、イアンが他人からどう見られているかをはっきりと言葉にしなくても説明してくれるのだ。かつて活き活きとしていたイアンが、今やハンサムだけど世間とずれていて、年不相応に幼くて、宗教にハマっていて、人から遠巻きにされる立場だと。

    こうした周りとの軋轢とかつての幸せが枯れたような衰退した日常が描かれるが、終わりでは残された子どもたちはそれぞれ名門大学を出て都会暮らし、別の一人は医者になり、もう一人は医者の旦那と結婚して安定を得る。これまでの暗澹としたイアンの物語とは一転して上手くいく人生を送る。イアンは所属する教会で、自身と似た「過ち」を犯した人と出会ったり、以前の自分とは無縁であった人々と交流を重ねていく。
    この過ちを犯した人を怖がり嘲る子供を批難するイアンも、読者からしたら苦い面持ちになる場面だ。自分と似た境遇の人間を通して自分を見て、擁護することで言い訳して自分を守っている。子供達からしたらそんな実情は分からないので自分の態度を咎められたのだと思うだろうが、読者は裏を知っているのでそうは思わない。皮肉的で巧い描写だと思う。
    そうしてイアンは後に廃品回収兼掃除屋の女性と結婚することになる。訳者あとがきに書かれているように、イアンは年月を経てようやく「『人間は毎日のように他人の人生を変えている』と言われているような気がする」と、自分の人生と兄の死の関係を「そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」と飲み込めるようになるのだ。

    別に大それた波乱の物語は描かれていない。単に「幸せな一家に不幸がありました」と一言では終わらせない、平坦な日常を辛抱強く描いていることがすごい。普通だったら書いていて嫌になるレベルではないかという位の細やかさだ。訳者あとがきには、「(中略)抽象的にならない、常に低い視点からとらえた日常生活のなかで、相変わらずのユーモアを混じえながら、淡々と綴っている。(p.416)」と記されているが、その通りだと思う。終わりの見えない海外ドラマを延々と見ているような気分にさせられる。けれど自分の人生も結局はそんなものなのかもしれない。人生は早送りできない。

    読んでいてこちらが飽きるほど、普段味わっていても意識に残らない日常の細かな幸せや不幸が丁寧に取り上げられ描かれている。
    けれども「誰にも影響を与えたくない」と心の隅で思う自分としては、ラストの人間誰しもが影響を及ぼしあって生きているという着地は身に痛い現実を突きつけてくる鋭い文章だった。青春の大半を長々とこの本で描かれたイアンが抱いた思いだからこそ、読者として付き合った自分は頷いてしまう。
    私にとってふとしたとき思い出す、あまり面白くないのに不思議なほど意識に残る本だ。

  • 何の変哲もないありふれたペドロウ家の話・・・ではなく、その家のイアンの一生を早送りで傍観しているような感覚です。
    同じ体験はしていなくとも、その感覚わかるわかる、と思って読み進めます。
    アクシデンタルチーリストとはまったく違うアンタイラー作品。
    でも先がどんどん気になっていくところはいつも一緒。
    一人一人の人生を少しずつ描写しているので、ペドロウ家の近くに住んでいる一人のような気分になります。

  • アン・タイラー/Anne Tyler 1941-
    1941年アメリカミネソタ州生まれ。
    コロンビア大学院でロシア文学研究に専念した後、
    図書館勤務を経て、1964年より小説を書き始める。
    1982年『 ここがホームシック・レストラン 』
    以来アメリカでは発表する作品がベストセラー。
    ★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜


    彼女の作品は、どの作品も、あらすじを聞いたら、
    おそらく誰も気にも止めないような…
    極めて、至極、地味なお話。
    普通の人々の、普通の生活を、
    普通に書いている、のが特徴と言えるのでは?!
    なのに、読み始めると、途中で頁を閉じるのが、惜しくて大変。
    それだけ、不思議な魅力がある。不思議だ。

    我が愛する北村氏のように、
    一見つまらないエピソード(笑)から、
    細部を丹念に積み上げてくことで、
    登場人物同士の関係をリアルに描きだす。  
    それはそれは、驚くほど緻密。 
    人物描写のリアリティは、ずば抜けて上手い。

    作品の内容は
    教師の父親と優しい母親、三人の子供達。
    (長男ダニー30歳、次男イアン17歳、長女クローディア・既婚)
    典型的なアメリカン・ファミリー♪ 
    ベドロウ家の24年間を綴った物語。

    長男ダニーが、二人(3歳と6歳)の
    子連れのルーシーと結婚したことから、
    一家の幸福が崩れはじめる。
    7ヵ月後、ダニーとルーシーの間に子供が生まれる。
    しかしルーシーは、イアンにベビーシッターをさせ、
    子供(ダフニ)の世話もせず、気分転換を口実に外出三昧。
    そんな彼女を見て、イアンは浮気をしているのでは?と感じる。
    そしてある日、
    イアンは兄ダニーに、ルーシーの浮気を告げる。
    するとダニーは自らの命を絶ってしまった。
    その後、
    しばらく三人の子供たちと暮していたルーシーも、
    なんと自殺をしてしまうのだ。 

    アン・タイラーの作品には、
    ショッキングなことが起こることは、ないの。
    本書内でも、この部分が唯一のショッキングなのである。

    残された三人の子供のうち、
    連れ子であった上の二人は、ルーシーの前の夫に
    引き取ってもらおうとしたが…
    元夫の所在が、わからない。
    結局、三人の子供はそのままベドロウ家に引き取られる。
    両親は、子育てをするには…
    既に年をと取り過ぎていた。
    兄の死に責任を感じたイアンは、贖罪を求め、
    たまたま入った教会の牧師の勧めに従い
    人生の転機を迎える。
    大学を辞め、子供たちの面倒をみる決心をするのだ。 
    教会の名は「セカンド・チャンス教会」(苦笑)

    言ってはなんだが、ここからは、ただの日常。
    日常。日常。日常。日常。日常! 
    18歳だったイアンが、22歳、30歳、
    そして40歳になる。
    生まれたばかりだったダフニも成人に。

    ほぼ内容の全体とも言える、日常。
    この、日常の面白さといったら!
    アメリカのホームドラマそのもの。
    子供たちとイアンには血の繋がりは無い。
    なのに誰よりも、強くしっかり繋がっている。
    明るく、楽しく、ステキな家族なのだ。
    一人一人のキャラが…イイ!  
    細かい描写に魅了されまくり。

    日々さりげな〜い、暖か〜い、可笑しさが溢れています。  
    子供ってサイコー! 本当に面白い!
    ごく普通の日常や人生模様が、
    これほどまでに読み応えある物語になってしまうとは。
    さすがです。
    アン・タイラーの得意とする描写は「子供」。
    右に出るものは、いないと思う。

    自分自身の人生を、
    この物語のように傍観してみたい気分になった。 

    本来なら、重苦しくなるはずのテーマも、
    彼女の手にかかるとユーモアたっぷり。
    且つ淡々と、休みなく描かれている。
    24年間という、長〜い時間をかけて、
    家族の姿を追っている作品です。

    読後、様々な情景が、
    映画のワンシーンのように浮かび、頭から離れない。
    今また、「ヘリコプター」を思い出しちゃった(笑)
      
    少しでも、興味をお持ちいただけたら…  
    是非、本書、読んでみてください。m(_ _)m

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