夜の谷を行く

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163906119

感想・レビュー・書評

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  • 赤間山荘事件における真実の一面を描こうと、当時の事実や構造を再確認しながら、ある女性兵士の視点からフィクションを織り交ぜながら語り直させたストーリー。

    週末の事か、私はテレビを見ないがとある番組で日本赤軍は重信房子の娘がイスラエル問題を語った事でネットが騒ついていたようだ。重信は、パレスチナを拠点にテルアビブ空港乱射事件に関与した。本著の赤間山荘事件は、日本赤軍ではなく、連合赤軍。共にブント、赤軍派の流れを汲む。こちらは永田洋子が有名で、私は彼女の書いた『十六の墓標』も読んだが、毛沢東思想を根拠とした自己批判、総括によるリンチがクローズアップされる。独裁私刑によって自壊しつつあった所に、事件を迎えた。

    主人公は、当事者である。いや、当事者か否か、その主観、客観、二つの視点に媚びりつく想念の葛藤や連鎖が小説の見どころでもある。関係性に影響を及ぼし、一つは自我として自らの解釈に折り合いをつけながら自身が背負う人生となり、もう一つは他者の人生の軌道に影響を与える。時間軸で抜き取ったこの関係性の揺らぎをメタで台本としてトリミングしたのが小説であり、人間ドラマだという事だろう。

    暴力で支配する。私的独占を排し、公共の福利を求めた思想において、一人や二人の犠牲は取るに足らないのか。思想改善なら殺してはならない。粛清は合理主義か。犠牲の多寡が判断軸ならば、基準はその層別と識別において主観。自己批判の前に、自己矛盾、思想自体が矛盾したものだと気付かねば、やがてエネルギーは主観、客観ともに自己正当化の立証に費やされていく。純粋な理想を求めた私的欲求という、動物であるが故の肉体の限界と葛藤ゆえに。

    とてつもない。小説の更なる可能性を感じた。

  • 連合赤軍の話かあ…リンチとか厳しそうだな〜と思い、しばらく読むのを躊躇っていたのですが、そこはさすがの桐野さん!スイスイ読めちゃうのに的確で鋭い表現で、深いところをえぐってきます‼︎ 一気読みでした。

    お話は、西田啓子の現在の暮らしからスタートして、思い出していくものなので、実際の事件の箇所は、全体からすると少ないといえるほどです。むしろ、それが効果的だと思いました。

    私自身も連合赤軍事件というものは、イメージでしかなく、あまり理解はしていないのですが。
    世間からは単純に「リンチで仲間を殺した」という恐ろしさを持たれ、なおかつ「革命」という名の、あまりにも愚かしい(と私は思う)幼ささえ感じる、そういった犯罪。そして刑期を終えた後の人生とは?

    ひっそりと暮らしてはいるものの、啓子自身の頑なさもあり、唯一の肉親である妹や姪との諍いや、しかし、やはり肉親であることの尊さ。妹や姪との喧嘩の場面は、どこまでいっても平行線にしかならない辛さをしみじみ感じました。誰しも、自分の歩んできた道を忘れることは出来ても、消すことは出来ないんですものね。

    こんな重いテーマなのに、こんなふうに読みやすく描かれ、しかし答えがあるわけではないのが人生と言わんばかりに、ラストは放り出すように終わる。この桐野さんらしさが私は大好きだ‼︎ やっぱり凄いなあ〜と唸ってしまうのでした。傑作です‼︎

    印象的だったところ、少し。
    ーーーーー
    見栄や思い上がりいや愚かしさ、そして屈辱、若い頃の感情は恥ずかしいことだらけだ。

    しかし、自分は何を誤解されたくないのだろう。いったい、「真実」とは何か。

    家族は子供が死んでも勿論悲しいけど、その子が誰かを殺したら、もっと悲しいんだと思う。だから、それも親の気持ちなのよ。

    彼女は、その場で求められている正答しか言わない。だから、生き延びたんだと思います。
    ーーーーー
    図書館で借りて読みましたが、文庫版の解説も読んでみたくなりました。

  • 世の中白黒割り切れないこともあるが、この本を読んだ人にこれってハッピーエンド?と尋ねたい気持ちになった。相変わらず、重ったるい空気を書くのが上手い作家さん。連合赤軍の話だけど、その当時の話ではなく、生き残った人が今どうしているかという話だった。

  • もともと赤軍や彼らが起こした事件には興味があったが、
    インターネットでは全面否定論か全面肯定論か、くっきり分かれていて、
    ほとんどがグロテスクな写真と当時の週刊誌や新聞からの転載写真や幹部たちの人格に関するものしか載っていなく、
    なんとなくもやもやしていた。

    その時にこの本と出会えてよかった。

    主人公に実在のモデルがいないからか、極めてフラットな視点で、インターネットではわからない当時の若者の想いをなんとなく感じた。

    1952年に生まれ、そのころ日本に住んでいた母にも色々話を聞きたくなった。

  • 連合赤軍の冷酷なリンチ事件。20代の若者が狂気に満ちた事件に関わってしまった経緯が少しわかった気がする。熱すぎる集団の心理はこわい…犯してしまった罪は重いけれど結末には救われました。読んでみて良かったです。

  • 著者は全共闘世代から少し下のはずだが、やはりあの時代をくぐったものとしての総括は必要だったのだろう。あの世代が老年と自らを称するところに、どうしようもない時間の流れを感じる。

  • 日本赤軍や学生運動などの夢想家に興味があったから読んでみた。
    客観的にみると物語の大半は独居老人の暮らしなのにここまで読ませるのは凄い。
    終始ジメジメとした雰囲気の世界観と内省的な描写にハマった。
    人の思考を深く掘り下げていて真に迫るものがあった。

  • 桐野作品にハズレなし。連合赤軍の一員として山にこもり、服役した後、一人で生きて来た女性が永田洋子の死、東日本大震災をきっかけに、かつての仲間と交流を持ち、過去と向き合うようになる過程を一気に読ませる。
    連合赤軍のリンチ事件の報道に接したときの恐ろしさや、震災後の重苦しい日々を思い出した。途中から、この物語を何処に着地させるんだろうと気になって仕方がなかった。そして衝撃のクライマックス。わぁ、こう来たかっと興奮した。

  • 昭和の大事件。生中継されている時に見た多くの機動隊員の無表情な顔や、山荘を壊す鉄球のことは今でもはっきり覚えてる。
    子供にとって、リンチとか暴力とか、怖すぎて逆に他人事‥。違う世界の話のようで犯人のことや事件の全体像、そこに居た人達がどんな人だったのか?なんて考えたこともなかった。みんな、若かったんだ‥。当時の「私」からしたらせいぜいひとまわり上くらい。
    今なら自分の子供のような年齢の若者たち。
    あの時代、若者たちは何に怒り、何を成そうとしていたのか。
    手法が過激すぎたために、結局「目的」がうやむやのまま誰もが本質から目を背け続けてきてしまったのではないか?
    一線を越えてしまう啓子と私はどこが違うのか?
    ふと、現代に置き換えてそんなことを考えさせられた。

    (以下2021年6月追記)
    読書会のため改めて文庫本を読み直してみたら…
    初読時には創作だと思っていたシチュエーションが丹念な取材、実際の証言に基づいていた事を知り驚愕。満点でも星が足りない‼︎


  • メインのテーマも興味深いが、アラ還姉妹や結婚間近の姪っ子のやりとり、年金一人暮らし女子の暮らしが危なっかしい20代の山ごもり生活と対称的すぎてあっという間に読んだ。60代の生活には好奇心をもって、20代の思い出はこちらまで苦く。

著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で「江戸川乱歩賞」、98年『OUT』で「日本推理作家協会賞」、99年『柔らかな頬』で「直木賞」、03年『グロテスク』で「泉鏡花文学賞」、04年『残虐記』で「柴田錬三郎賞」、05年『魂萌え!』で「婦人公論文芸賞」、08年『東京島』で「谷崎潤一郎賞」、09年『女神記』で「紫式部文学賞」、10年・11年『ナニカアル』で、「島清恋愛文学賞」「読売文学賞」をW受賞する。15年「紫綬褒章」を受章、21年「早稲田大学坪内逍遥大賞」を受賞。23年『燕は戻ってこない』で、「毎日芸術賞」「吉川英治文学賞」の2賞を受賞する。日本ペンクラブ会長を務める。

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