奇病庭園

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163917344

作品紹介・あらすじ

奇病が流行った。ある者は角を失くし、ある者は翼を失くし、ある者は鉤爪を失くし、ある者は尾を失くし、ある者は鱗を失くし、ある者は毛皮を失くし、ある者は魂を失くした。何千年の何千倍の時が経ち、突如として、失ったものを再び備える者たちが現れた。物語はそこから始まる——妊婦に翼が生え、あちらこちらに赤子を産み落としていたその時代。森の木の上に産み落とされた赤子は、鉤爪を持つ者たちに助けられ、長じて〈天使総督〉となる。一方、池に落ちた赤子を助けたのは、「有角老女頭部」を抱えて文書館から逃げだした若い写字生だった。文字を読めぬ「文字無シ魚」として文書館に雇われ、腕の血管に金のペン先を突き刺しながら極秘文書を書き写していた写字生は、「有角老女頭部」に血のインクを飛ばしてしまったことから、老女の言葉を感じ取れるようになったのだ。写字生と老女は拾った赤子に金のペン先をくわえさせて養うが、それが「〈金のペン先〉連続殺人事件」の発端だった……歌集『Lilith』、短篇集『無垢なる花たちのためのユートピア』、掌篇集『月面文字翻刻一例』の新鋭、初の幻想長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 「奇病庭園」川野芽生著|日刊ゲンダイDIGITAL
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/329316

    歌人・川野芽生さん、初の長編小説「奇病庭園」 すべてが異形の地平で問う「美とは、異常とは」|好書好日(2023.09.13)
    https://book.asahi.com/article/14999330

    「普通」を揺さぶる幻想物語 川野芽生さん「奇病庭園」インタビュー|好書好日(2023.08.19)
    https://book.asahi.com/article/14983960

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    『奇病庭園』川野芽生 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163917344

  • 著者は歌人で小説家とのことで、独特の文体と言葉のリズムが幻想的で美しく、少しグロテスクな世界観を醸し出している。
    角、翼、鉤爪、尾、鱗、毛皮、魂
    それらを失くした同士が交配を繰り返し、やがて何も持たない者たちの中から再び失ったものを備える者が現れる。その後の物語。

    さまざまな異形の者、登場人物が入れ替わり立ち替わり、ストーリーらしいものがつかみにくいが、大きく四部構成で読み進むうちに全ての章がつながっていく。
    異形の姿はおぞましい、奇病は恐ろしいというのは、何も持たない者(人間)の一方的なイメージに思えてくる…

    翼を持つ妊婦が産み落とした二人の子ども、〈いつしか昼の星の〉と〈七月の雪よりなお〉の名の元となった短い歌(詩)がラストの方で記され、印象深かった。

  • (以下あらすじをコピペ)
    奇病が流行った。
    ある者は角を失くし、ある者は翼を失くし、ある者は鉤爪を失くし、ある者は尾を失くし、ある者は鱗を失くし、ある者は毛皮を失くし、ある者は魂を失くした。
    何千年の何千倍の時が経ち、突如として、失ったものを再び備える者たちが現れた。物語はそこから始まる――
    妊婦に翼が生え、あちらこちらに赤子を産み落としていたその時代。
    森の木の上に産み落とされた赤子は、鉤爪を持つ者たちに助けられ、長じて〈天使総督〉となる。
    一方、池に落ちた赤子を助けたのは、「有角老女頭部」を抱えて文書館から逃げだした若い写字生だった。
    文字を読めぬ「文字無シ魚」として文書館に雇われ、腕の血管に金のペン先を突き刺しながら極秘文書を書き写していた写字生は、「有角老女頭部」に血のインクを飛ばしてしまったことから、老女の言葉を感じ取れるようになったのだ。
    写字生と老女は拾った赤子に金のペン先をくわえさせて養うが、それが「〈金のペン先〉連続殺人事件」の発端だった……
    (コピペ以上)

    と、いうあらすじをあまり気にせずに、半分くらいは掌編小説集として読んだ。
    毎週末に限定して、ひとりで、矯めつ眇めつ、ゆっくりと、忘れたり思い出したりしながら。
    そうしたら後半、いや掌編が、そして短篇が寄り集まることでできた、正しく長編小説なのだな、と全体の結構に嘆息。
    具体的には何も言えないが、いい小説。
    先日読んだ山尾悠子「仮面物語」が本格長編なのに対して、本作は「変格長編」……んな言葉ないけれど。
    朝宮運河によるインタビューが深い水準に達していて、あ、この著者の作品だけでなく、インタビューやtwitterによる発信も、好きだな、と改めて思った。

  • かつて奇病が流行り、角を失くし翼を失くし鉤爪を失くし鱗を失くし尾を失くし毛皮を失くした病の者だけが残された庭園で、彼らの間で交配が続き角も翼も鉤爪その他もない者しか生まれなくなっていたが、あるとき突然、かつて失われた角や翼や鉤爪、鱗や尻尾や毛皮が生える奇病が再び流行り始めた世界が舞台。角も翼も鱗もない者=つまりそれは人間なので、人間に突然動物の角が生えたり翼が生えたりその他もろもろ、先祖返りというか動物化のようなことが起こる。

    奇想天外な設定の世界で繰り広げられる不思議な物語。長編としても読めるが、掌編集としても読める。ざっくり4部構成になっており、1部は翼の生えた妊婦が産み落とした二人の子供の数奇な運命。2部は一見ランダムなエピソード集だがすべて伏線。3部は2部の登場人物たちの幾人かが再登場する中編となっているが実は1部の主人公たちの誕生秘話。4部で再び1部の続きとなり、物語は収束していく。

    掌編の数だけエピソードがあるわけだけれど、ひとつとして無駄なエピソードがない。読み進めるうちに「これはあのときの!」となることが何度かあり、ものすごく巧妙に織り込まれた伏線が回収される気持ちよさと、その構成の複雑さ、完成度の高さに脱帽。読んでいるあいだずっとウットリしていて幸福だった。以下はネタバレあり目次と備忘録。



    Ⅰ(角に就いて/翼に就いて/鉤爪に就いて/透明鉱/毛皮に就いて/半身に就いて/蹄に就いて/複眼に就いて/蔓に就いて/金のペン先)

    角が生えたのは老人で、そのうち角の重さに耐えられなくなり俯いた首がポロリと折れる。しかしこれは美しい石化オブジェ=美術品として珍重される。文書館で働く写字生という職業の者がいる。彼らは文盲で図形のように文字を写すだけ。そしてそのペン先を浸すインクは自らの血。文書館には「本の虫」と呼ばれるならず者たちがおり、子供をさらってきて写字生にしたり、逃げた写字生を捕まえたりするのが仕事。ある写字生の青年(※女性)は、仕事中に部屋に置いてあった角のある老婆の首に自分の血をうっかりつけてしまったことから、この老婆の首オブジェと対話できるようになる。写字生は老婆の首と共に逃走する。

    翼が生えたのは妊婦たちだった。彼女らが飛び立ちながら産み落としていった赤子たちのうち、ひとりが池に落ちたあと池に棲む者に岸にあげられ、この逃走中の写字生と老婆の首に拾われる。彼女らは赤ん坊を血で養い、赤ん坊は血を通して彼女らと会話できるようになる。だが写字生らは本の虫から追われる身ゆえ、子供がある程度の大きさに育ったのち別々の道をゆくことに。子供の名は<いつしか昼の星の>

    一方、同じく翼ある妊婦が産み落とした別の赤ん坊のひとりは、紅孫樹の森に落ち、鉤爪が生えた「世捨て人」たちに<七月の雪より>と名付けられ大切に育てられる。しかし世捨て人たちもまた、ある程度の大きさに育ったのち、この子供を外の世界へ放つ。子供は人さらいに売られ鉱山で働かされるが、その鉱山街の総督はかつて翼の生えた妻に去られた過去があり、この子供を養子に迎える。成長した子供は民衆に愛され「天使総督」と呼ばれるように。

    だがその街で、血を吸われて何人もの人が死ぬ事件が起き、その現場に天使総督がいたと噂がたつ。天使総督は自らすすんで逮捕され収監されるが、その間も事件は起こり続けたため無罪となる。だが現れた真犯人は天使総督そっくりの顔の人物で…。一方写字生らと別れたほうの子供は、植物サーカスの団長に拾われるが、かつて写字生からもらった金のペン先で血を吸うようになる。天使総督と同じ顔の吸血鬼は彼<いつしか昼の星の>だった…。

    これらのエピソードと並行して、塔に閉じ込められている妊娠している少女と、壁を登り彼女を助けようとしている少年の断章があり、さらに乱暴者の傭兵隊長がある国に雇われ、王なきあと皇女と結婚し、しかし彼には毛皮が生えてその国の人々はみな狼になってゆく物語がある。この狼の帝国は、さまざまな異形のものたちを受け入れ、交わり、さらに強大化、偶然出会った写字生と老婆の首をも受け入れてくれる。


    Ⅱ(嘴に就いて/尾に就いて/香りに就いて/鰭に就いて/脚に就いて/真珠に就いて/顔に就いて)

    嘴の生えてきた旅役者の一座。彼らはさまざまな流行病を芝居にして行脚している。芝居の内容は、少女たちに尾が生える話、くちなわに手足が生えた話、体から百合の香りを放つ娘、鰭の生えたオアシス都市の住民たち、体内に真珠を生じる少女たち。これらがそれぞれの掌編となっている。「顔に就いて」は、少女だけを描く女性画家が、最愛のモデルを嫁がせたあとその少女が狂ってしまい、自らもまた…という話で、次の章に繋がる。


    Ⅲ(翼について2)

    ある教団で育てられた少女は、博愛主義であるがゆえに教団の教義である「愛」を知らないとされ、ある美男子に嫁がされる。しかしある日彼女は失踪。彼女が迷いこんだのは、不思議な魔法使いの館。そこには女性画家や、百合の体臭の少女らがいる。そこはかつて癲狂院だった場所だった。失踪した少女を、ひとりの少年が探しに来る。彼は少女を助け出しに来たつもりだが、少女は帰りたくない。しかし少年はそれを信じず身勝手な自分の思い込みで少女を連れ出し…。元の世界で少女は、魔女としてリンチにあい、さらに夫のもとに戻されるも、妊娠後、自らの顔を焼こうとして塔に閉じ込められてしまう。少年は矛先を少女からそらすために魔法使いの館の場所を教えてしまう。彼女らの世界は滅ぼざれ、後悔した少年は今度こそ少女を助けようと彼女が幽閉されている塔に上り続けるがやがて彼には鱗が生え…。少女には翼が生え、彼女は二人の赤ん坊を産み落とす。一人は鱗の生えた少年の棲む池に落ち助けられ写字生に拾われ、もうひとりは紅孫樹の森に落ちて鉤爪のある世捨て人たちに育てられ…。


    Ⅳ(棘に就いて/鱗に就いて/記憶に就いて/糸に就いて/繭に就いて/牙に就いて/半身に就いて2/根に就いて/触覚に就いて/七月の雪より/逆鱗に就いて/触覚に就いて2/声に就いて/角に就いて2)

    天使総督(七月の雪より)は、連続殺人鬼として逮捕された金のペン先(いつしか昼の星の)と入れ替わり、自分が死刑になり金のペン先を逃がそうとするが、あっさりバレて、最終的にきょうだいはともに逃走の旅に出る。狼の帝国にいる写字生と老婆の首は、<いつしか昼の星の>を探していたが、狼たちがみつけて連れてきたのは<七月の雪より>だった…。

  • とても短い掌篇で構成された幻想小説である。なかなか格調高い文体であるが(ゆえに?)、イメージをつかみにくい。山尾悠子さんの作品を思い出した。
    描かれているのは現実とはまったく異なる異形の世界だ。“奇病”により、もともと身に備わっていたなにかが失われた。その後、長い時を経て彼らの子孫に再び顕在化する。それによって巻き起こる騒動が綴られていく。
    一話完結なのかと思いながら読み進めていくと、意外な形で繋がっていくので油断できない。

  • 特異な美と儚さを具えた幻想長編。長編ではありますが緩やかな繋がりを持った掌編と短編が並びます。物語は奇妙なおとぎ話のようで、詩的な美しさとリズムが感じられます。妖艶なモデルを描く画家の話「顔に就いて」が特に良かった。

    長編という事で一気に読んだのですが、どちらかといえばゆっくりと一編一編を別の物語として読んでいくスタイルの方が良かったのかなあと思いました。この本は再読してみたいです。

  • 素敵!ぐるぐる不思議に複雑に絡みあって、一読しただけではわからず何度も前に戻って読み返した。姿形の美しさ醜さとは。一見醜悪なような奇病だけど、常識のしがらみから飛び立つことができるパワーアップアイテムと思った。

  • 少しずつ登場人物や世界がリンクしていくのは素晴らしかった。真夜中にひっそりじっくり読みたい本。
    (ただし、きちんと集中して読まないと置いていかれる)

  • 言葉遣いや文章が持つリズムが印象的で読む事の面白さを改めて思い出しました
    目の前で次々に世界が切り替わるようでもあり
    俯瞰的でもあり
    「普通」と「異形」を分ける事の曖昧さや危うさ
    失ったのか得たのか解放なのか
    普通って何ですかね…

  • 長編と聞いて読み始め、最初は連なる掌編集かと思ったが、今読んだ繋がりが次の物語ででき、進むかと思へば逆行し、行ったり来たりする中で時間が溶けて大きな流れになって只々流されていく気持ちよさがある。
    奇病とはなんであろうか。最初は目に見える異物、異形のことかと思えば、それを持たないものにほど蔓延する病があるように見える。
    最後に向かい、ここに結末があるのだと知った時の納得感が気持ちいい。

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著者プロフィール

小説家・歌人・文学研究者。第29回歌壇賞受賞。第一歌集『Lilith』(書肆侃侃房、2020年)にて第65回現代歌人協会賞受賞。小説集に『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社、2022年)、『月面文字翻刻一例』(書肆侃侃房、2022年)がある。2023年8月に自身初となる長編小説『奇病庭園』を刊行した。

「2023年 『かわいいピンクの竜になる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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