それもまたちいさな光 (文春文庫 か 32-8)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167672089

作品紹介・あらすじ

デザイン会社に勤める悠木仁絵は35歳独身。いまの生活に不満はないが、結婚しないまま一人で歳をとっていくのか悩みはじめていた。そんな彼女に思いを寄せる幼馴染の駒場雄大。だが仁絵には雄大と宙ぶらりんな関係のまま恋愛に踏み込めない理由があった。二人の関係はかわるのか。人生の岐路にたつ大人たちのラブストーリー。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは『結婚』というものをどのように考えているでしょうか?

    生涯未婚率が年々上昇している昨今、男性の3割が、女性の2割が今後、一生独身で過ごすことも予想されています。そんな現代社会にあって、『結婚』ということ自体への考え方にも変化が生じていると思います。それは、結婚相手もそうでしょう。かつて、お見合いが主流であったこの国でも、今やその割合は5%程度に下がっているという統計の通り、その成就に至る過程にも大きな変化が生じています。『結婚』とは何なのか?今やそのゴール自体の意味合いが次第に不明確になってきているとも言えます。また、そもそも異性と出会う機会自体がなかなかに減ってきているということもあるように思います。かつて多かった職場結婚もここ20年ほどで半減したという調査結果もあるなど『結婚』以前に、そんなゴールに至る道程が厳しくなってきているとも言える昨今。

    一方で、例えば幼い頃に家が隣近所だったという異性がいたとしたら、そんな異性と『結婚』のゴールへと至ることはあるのでしょうか?『仲がいい、悪いなどと考えたこともないくらい近くにいるのが自然』と同じ時を同じ場所で過ごしてきた二人なら、お互いが大人へと成長するさまざまな過程で、お互いのさまざまな姿を目にしてきたはずです。『雄大の初体験がいつか』、『仁絵のはじめての恋人』が誰か、幼なじみだからこそ『思春期になっても』『照れ』なく話せる関係というものは存在するのではないでしょうか?

    では、もしあなたにそんな異性の幼なじみがいたとして、そんな相手からこんな言葉を告げられたとしたらどう思うでしょうか?

    『三十五歳でどちらも独り身だったら結婚しよう』。

    この作品は、『つまるところ、雄大と仁絵は幼なじみである』という二人の関係を『よくわからない』とその未来に結論が出せないでいる一人の女性の物語。『自分の居場所が気に入っている』と、始業前のオフィスで日々決まったラジオ番組に耳を傾ける一人の女性の物語。そしてそれは、そんな女性が自分自身の『身に何かが起きたわけではない。それでも仁絵のなかで何かは変わっているはず』と気づくその先に一人の女性の確かな成長を見る物語です。

    『おはようございます、モーニングサンシャイン、ナビゲーターの竜胆美帆子が十時をお知らせいたします』という『ラジオの音声』を聴きながら始業前のオフィスでメールをチェックするのは主人公の悠木仁絵(ゆうき ひとえ)。『美術大学の同級生だった』田河珠子が『海外で展覧会』を開くというメールを見て『お祝いしよう!』と返事を出します。『二年前にある広告を手がけたことがきっかけで、急に業界にも世間にも名前を知られるようになった』珠子をすごいと思うものの『野心も野望も持って』おらず『居心地のいい職場で』『コーヒーを飲みながらラジオを聴』く今の働き方に満足している仁絵。そんな仁絵は仕事も終わり家へと向かう途中で駒場雄大(こまば ゆうだい)からメールを受け取ります。商店街でおもちゃ屋を営んでいた実家の斜め向かいの洋食屋『クローバー』の息子である雄大とは、幼なじみとして育ちました。『仲がいい、悪いなどと考えたこともないくらい近くにいるのが自然』という関係で接してきた二人。就職を機に家を出た仁絵に対して、三十歳を機に実家に戻り厨房に立つようになった雄大。そんな二人のことを考える仁絵は、『自分たちの今の関係が』『よくわからない』と感じています。『気の合う幼なじみなのか。それとももっと親しいあいだがらなのか』と思う仁絵は、一方で『私たちって恋人なの?そうじゃないの?』などと考える自分を『馬鹿みたいだ』とも感じています。そして、そんな風になったのは雄大が急に言った言葉だと改めて思います。『三十五歳でどちらも独り身だったら結婚しようって約束したのを覚えているか』というその言葉。そして、雄大が『本当のことだ、そう約束したんだ』とムキになって言った時のことを思い出し『むかむかしてくる』仁絵。そんな仁絵が、お見合いで結婚した両親、友人の珠子、そして編集者の鹿ノ子など、周囲の人たちのそれぞれの”愛のかたち”を見る中に、少しづつ自分の感情に変化が起こっていくのを感じる物語が始まりました。

    TBSラジオの開局60周年ドラマの原作として書かれたこの作品。そんな作品の冒頭はいきなり『おはようございます、モーニングサンシャイン、ナビゲーターの竜胆美帆子が十時をお知らせいたします』というラジオ番組のナビゲーターの語りから始まります。『今朝はまた、寒かったですねえ』という天気の話題から『今日のテーマは独自の防寒法です』と軽快に進む内容はいかにもラジオ番組のようで、繰り返し登場するそんな内容を読んでいるとまるで自分がラジオを聴きながら本を読んでいる、そんな感覚が生まれてくるから不思議です。ラジオとコラボした作品というと佐藤多佳子さん「明るい夜に出かけて」が思い出されますが、あちらは”アルコ&ピースのオールナイトニッポン”というリアルのラジオ番組とコラボしたものであったのに対し、この作品はラジオ番組を小説内に新たに創造しているという違いがあります。佐藤さんの作品がコラボ番組を知らないと楽しめない作品だったのに対して、こちらは読者のラジオ経験は全く関係なく楽しめる点でより万人向きに思いました。

    そんな作品は大きく二層から構成されています。一つは冒頭にナビゲーターとして登場する竜胆美帆子視点の物語です。『五年前、番組をはじめて持つことになったとき、美帆子は今よりぜんぜん気負っていた』という中始まった『月曜日から土曜日、朝八時にはじまり十一時に終わる』『モーニングサンシャイン』という番組でナビゲーターを務める美帆子。そんな美帆子は四年前に『無駄話しか、しない』、『新聞を読むのもやめた。ニュースを追うのもやめた』と方針を変えたことで番組の人気が上昇します。『どうでもいいことをしゃべろう、無知を隠すのはやめよう』と個性で売っていく美帆子。そんな美帆子にはラジオの向こう側で見せる安定した語りの一方で夫との関係に思い悩む一人の女性としての姿がありました。強いプロ意識からそんな私生活を当然に放送には垣間見せることのない美帆子。あくまでサブの視点ですが、ラジオのナビゲーターの私生活の一端を感じさせるというこの物語は、物語の奥行きを深める上でも効果的なサブストーリーだと思いました。

    そして、この作品のメインとなるのが主人公の仁絵視点の物語です。『世のなかの、ほかの三十五歳って何を考えているんだろうな』、『キャリアとかスキルアップとか人生とか、きっともっと高尚でかっこよくて大人びたことなんだろうなあ』と漠然と思い、自分が『置いてきぼりになっているんだろうなあ』と悶々とした三十代を送る仁絵。この作品の中心に流れる物語は、そんな仁絵が『保育園もいっしょ、小学校も中学もいっしょ、高校でようやく分かれたが、家が斜め前同士だから顔は合わせる』と幼なじみとして大人になって今も関わり合いを持ち続ける雄大との『私たちって恋人なの?そうじゃないの?』という関係が描かれていく恋愛物語です。『三十五歳でどちらも独り身だったら結婚しようって約束した』という雄大の言葉が妙な引っ掛かりを生んで前にも後にも進めなくなったと感じている仁絵。そんな仁絵が最後にどんな結論を導き出すのか、それがこの物語の中心にあります。そんな物語を角田さんは二つの視点から巧みに彩っていきます。

    その一つが、上記もしたラジオから流れる『モーニングサンシャイン』の存在です。ラジオに限りません、テレビであっても良いと思いますが、人は何かしら日々の生活の中でルーティン的に見たり、聴いたりするものがあると思います。それらを見たり、聴いたりするという行為は同じでも季節の変化に応じてその内容は変化します。この作品の『モーニングサンシャイン』という番組は『掃除機がまわるような、シーツが風にひるがえるような、台所から煮物のにおいが漂ってくるような、そういう番組にしよう』というナビゲーター・竜胆美帆子の意図もあって描かれる内容も日常の生活感を強く感じさせるものです。そんな番組の語りが全編にわたって『このまま春に向かって一直線かと思いきや、今朝はまた、寒かったですねえ』、『梅雨入り宣言はまだですけど』、『そろそろ夏も終わりですねえ』、そして『十一月もあとほんの少しで終わり。もうじき先生も走る師走なんですね』という感じで、まるで読書をしているあなたの横で流れているラジオの如く語られると、自然と一年の時の流れを読者はそこに意識します。また、そんなラジオ番組の語りを背景に、主人公・仁絵の感情の変化をゆっくりと感じていくことにもなります。

    そんな時の流れを自然と感じさせる物語に、角田さんはもう一つの視点から仁絵の心に変化を与えるきっかけを作っていきます。それが、仁絵の周囲のカップルたちの『結婚』に対する立ち位置のありようでした。一組目は『珠子も、変わってしまった。野島恭臣に会って変わったのだ』と一番の親友として付き合ってきた珠子と野島のカップルの存在でした。『珠子から元気を奪えるのは野島恭臣だけだ』というように強い影響力を及ぼす存在である野島と『結婚とかじゃなく、自由な関係でいたい』と言う珠子の考える”愛のかたち”を身近に見る仁絵。また、二組目の『妻帯者と長く恋愛している』という編集者の鹿ノ子の関係性は言ってみればただの不倫とも言えなくもありません。しかし、あるシチュエーションを設定することでドロドロした印象は全くなく一つの”愛のかたち”と仁絵が受け止められるように物語は描かれていきます。そして三組目は、最も身近な存在である父母の姿を見て『見合い結婚らしいけれど、奇跡のような確率で、相性のいい相手とめぐり合ったのだろうか』とも思う仁絵は、そこに結婚をした先のカップルが見せる一つの”愛のかたち”を見ます。『結婚』というものに対する三組の全く異なる立ち位置、そしてそれぞれの”愛のかたち”を見ていく中で、『なぜか置いてきぼりになっているんだろうなあ』と立ち止まり動けなかった仁絵の心にもゆっくりと変化が生じていきます。それは仁絵の成長の物語でもあったのだと思います。そう、この作品は三つの”愛のかたち”を身近に目にしながら、一年の時の流れを過ごしていく中で主人公・仁絵の成長が描かれた物語。それは、「それもまたちいさな光」という書名に繋がる言葉がさりげなく登場する結末に、悶々とした仁絵の心が解放され、極めて読後感の良い晴れ晴れとした結末へと読者を誘う素敵な一年の物語なのだと思いました。

    『百人が反対してもやめられない恋よりも、どうでもいい毎日をくり返していくこと、他人であるだれかとちいさな諍いをくり返しながら続けていくことのほうが、よほど大きな、よほど強い何かなのではないか』という思いを胸に抱く仁絵の成長を見るこの作品。それは、この世に生きる数多の人たちが、それぞれの人生で、それぞれの生き方の中で小さくとも大切にしたいと思う何かしらのこだわりを持ちながら日々を歩んでいく様を見る物語でした。決して大きなことが起こるわけではなく、三十代の一人の女性の一年の日常を切り取ったこの作品。一層目と二層目にそれぞれ描かれるさまざまな”愛のかたち”を見事につむぎあげる鮮やかな結末に角田さんの上手さを感じさせるこの作品。

    静かに淡々と描かれる物語の中に、人の心の機微を強く感じさせる、そんな作品でした。

  • 35歳になってお互い独り身だったら結婚しようと約束した主人公と幼なじみ、不倫をしている仕事仲間、終わりかけの恋と思いたくない友人、それぞれの人生を描く。友達との雑談のような、なんのことはない平凡な毎日が一番大切と思わせてくれる一冊だった。最近、そういう本を偶然にもよく読んでいる気がする。
    子供の頃、幼なじみと結婚する事に憧れていた。そんな幼なじみもいないのに(^_^;)主人公の仁絵と幼なじみの雄大の関係は、不覚にもちょっとキュンとしてしまい、結婚したくなりました(笑)

  • それぞれ恋愛でボロボロになった経験を持つ35歳の仁絵と雄大。

    幼馴染で何もかも知り過ぎている2人が、ときめきも情熱もないながら互いを結婚相手として意識し始めて…

    妻子ある男と15年付き合い続けている鹿ノ子や、彼の心が離れているのに気づきながら諦めきれない珠子など、取り巻く友人たちもどんよりしている…。

    燃え上がる恋ばかりが本当の恋なのか、それとも…。老いた両親や友人たち、そしてかつての自分。振り返り、比べながら思い悩む仁絵。

    角田さんというより、唯川恵さんあたりが好きそうなテーマじゃないかな。発情期が訪れたら、強い遺伝子を持つオスとまぐわって、子を産んで、後はバラバラ…というのが動物の大半だけれど、人間はそうはいかないもんなぁ。

  • ドラマチックな展開も甘い言葉もないけれど、妙に引き込まれてしまう。やっぱり角田さんの文章はすごい。
    人生これでいいのだ!
    久しぶりにラジオも聴いてみたくなった

  • 大人女子の恋愛ストーリー。サラっと読めた。幼馴染との恋愛、不倫と死別、友情、それぞれの想いが伝わる作品。同じラジオ番組を聴くことで共通の時間を感じられるというのもステキ。

  • 正解の恋愛なんてない。
    頭がおかしくなるのが恋愛。
    収まるべきところに収まるのが恋愛。

  • 最後の一文で自分の人生ごと全て肯定された気分になった。

    恋愛ベースで話が進むのでどうしても自分の過去を思い出すことがちらほらあって時々うわ、、という気持ちになりながらも、展開が気になってサクサクっと読めてしまった。そんな大展開はないけど、ラジオを通して知らない人たちが繋がっている感じ、どんな日常でもそれは尊いものであるという優しい気持ちに包まれる感じがとても良かった。

  • これすーーーごく良かった。
    なんとなく働く女のだめさ、ダメな相手に惚れ抜くどうしようもなさ、それでも毎日は小さなことで地に足をつけてきらめいている。それに気づいてる人の一人に、長期旅行した男の子がいる。
    すべてが今の私のツボにはまり、とてもとてもよかった。世間的にはダメな男を愛してるのかもしれなくても、本人は真剣なんだ。信じてるんだ。やめたほうがいいかもとちらと思いつつも、どうしようとないんだ。そして、ふつうな毎日はきらめいているのだ。

  • 3人の女性の、恋について書いてあるんだけど、なんか不倫をしつつバリバリ働いているっていう女の人私の周りにはいないからそういう人って私には接点がない人種なのかなとか思う。

    難しいよなぁ。女の人の気持ち。生きること。死事しながらね、、忙しすぎるよなぁ。

  • 図書館で何気なく手に取った、角田光代さんの作品。ラジオでつながる、人生に少し行き詰まった主人公とその周囲の人たちのお話。おもしろかった。やっぱり角田さん好きだなあ。つらいことやかなしいこと、退屈なことむかつくこともどれもちいさな光となる、読むと前向きになれるお話でした。大切な人とラジオでつながるというところも素敵だなあと思いました。

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著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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