弱き者の生き方 (徳間文庫 い 53-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (289ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198930042

感想・レビュー・書評

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  • 大塚初重さんが亡くなったというニュースを見て読んだ。
    大塚初重さんは明治大学で考古学の教授をした方で、考古学学会で会長をした方。そんな偉大な方にもかかわらず、在学中は全く存じ上げていませんでした・・・。
    本書は実際の戦争を、そして大陸から引き揚げた経験がある両者が極限状態で起きた事、目にしたことを通して、今の日本の上辺だけの薄っぺらな綺麗事を並べて、それをこねくる回すような議論するための議論のような風潮を憂い、極限状態だと、弱いものはいじめられ、虱が自分のほうに来るのがうれしかった(死ぬ間際の人から自分に虱が移ってくるらしい)という話などを淡々としている。
    そしてこの本で最大の話は、大塚初重さんが海軍時代、大陸に行く船が撃沈された際、船底は火の海、見上げると戦車などを積み込むときのワイヤーがぶら下がっているという、芥川龍之介の蜘蛛の糸のような状況で、登っていく際に、足をつかむ手を蹴って振りほどく話。
    その後再び大陸に行く船が撃沈されるが、また助かった。という経験談。
    長年自分の胸に罪悪感があったというが、高齢になり、贖罪や懺悔、そして戦争を経験した人が少なくなる中自分の経験した本当の戦争を語らないといけないという気持ちで語ったのだろう。
    偶然77年目の終戦(敗戦)の日に読んで色々考えさせられた

  • 1932年生まれ、五木寛之氏と1926年生まれ、考古学者、大塚初重氏の対談です。「弱き者の生き方」、2009.7発行(文庫)。戦時中の話、明治の最後の生まれの父、大正初め生まれの母、そんなに当時の話をしませんでした。この本のタイトルは「弱き者の生き方」ですが、内容は戦時中の話が多かったし、とても具体的でした。18歳の大塚氏、船が撃沈され燃えている船底からワイヤ―ロープで上に逃げる時、足を掴んだ仲間2~3人を両脚で蹴落としたと。(蜘蛛の糸の世界ですね・・)ピョンヤンから引き揚げた12歳の五木氏、ソ連兵の略奪・暴行・レイプ、残留孤児と不法妊娠、なんとも厳しい時代でしたね。

  • 梯久美子の『昭和二十年夏、僕は兵士だった』に出てくる大塚初重さんと、『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』に出てくる五木寛之との対談をまとめた本。予約待ちが何人かいてはったので、しばらく待っていた。

    取材仕事に出た行き帰りに読む。

    大塚さんは、下士官として乗った輸送船が二度も撃沈されながら、生き残った。五木寛之は、平壌で敗戦を迎え、引き揚げてきた経験をもつ。その途中で、女性を人身御供にして自分たちが三八度線を越えたことを忘れない。

    二人はそれぞれに、それぞれの経験を語ってきた。二人はこう述べている。
    ▼大塚 …私はこれまで何度となく自分の体験を語ってきました。でも、それでもなおくり返しくり返し語らなければと思うのです。私たちの世代の人間には、その体験を次の世代に伝える義務がある、とね。だからこそ、人に話せないような恥ずかしい体験も語るのです。五木さんもそうでしょう?
     五木 ええ。日本の歴史、とかいうけれど、一人ひとりの個人の体験をふまえない歴史なんて、フィクションにすぎないんじゃないかと。(p.18)

    五木は、引き揚げの際に「女を一人出せ」と言われ、皆の中から「私が行きます」と立って出ていった女性の姿が、美しく格好よかったなんてとても書けないと言い、「歴史というのは活字に残ったものだけではなくて、まだ語られない歴史もあるということだと思うんです」(p.117)と述べる。

    大道寺将司の『棺一基』で、辺見庸が未遂に終わった虹作戦について「歴史でなかったし、歴史でないことにされてきたし、今後とも歴史ではありえないだろう」と書いていたことを思いだしながら読んだ。活字に残ったものだけでは歴史ではないし、年表に記されたものだけが歴史でもない、ということを思う。

    終戦直後の書物のなかった時代には、本の発行と同時に書店には長蛇の列ができたという話を引きながら、今自分がまったく自由に本が読める立場にいて、何か大切なものが自分の内に欠けている気がするのだと五木は言う。
    ▼それはどんなに禁止されても、必死になって親の目を盗んでは逃げ道を考え、頭をひねって本を読もうとする、あの生き生きとした欲望がどこかに逃げていってしまっているという事実なんです。(p.179)

    このくだりには、『復興の書店』で記された、被災地でようやく開いた書店で、本を求めて並んだ人たちの話を思いだした。

    「慈悲」という言葉は、マイトリーとカルナを合わせて造語の天才である中国人がつくったものだというが、「慈」は「がんばれという激励」、「悲」は「そばにいるだけで、何も言わない。黙って相手の手の上に手をのせて、相手の顔を見つめているという状態」なのだそうだ。「慈しむ」という字に、がんばれという激励の意味があるのかと、ちょっと新鮮だった。

    お二人の戦中戦後の経験については梯久美子の筆で読んでいたが、この本ではより詳しく語られていて、語り伝えてくださってありがとうございますと思った。

    (12/5了)

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著者プロフィール

1932年、福岡県生まれ。作家。生後まもなく朝鮮半島に渡り幼少期を送る。戦後、北朝鮮平壌より引き揚げる。52年に上京し、早稲田大学文学部ロシア文学科入学。57年中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『百寺巡礼』『生きるヒント』『折れない言葉』などがある。2022年より日本藝術院会員。

「2023年 『新・地図のない旅 Ⅱ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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