もう行かなくては

  • 河出書房新社
3.18
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (420ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309208527

感想・レビュー・書評

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  • 老いた主人公がかつて愛した人の日記に書き込みを入れながら過去を語る。夫のこと家族のこと、そして自死を選んだ娘のこと。
    気丈な主人公はどの出来事に対してもきっぱりしているけど、歩んできた人生への深い諦念も伺える。強い人でも持つどうしようない諦念。

    自らも同じようにして息子を亡くしたリーがどんな気持ちでこの小説を書き上げたのだろうと思わずにはいられない
    主人公はリーではないけれど、言葉のひとつひとつに彼女の本心がどこかにないのだろうかとつい探ってしまう 彼女が小説を書き続けていること自体が奇跡だとそんなことは思いたくないけど

    タイトル”Must I go”が家に来たお客を見送る時の”Must you go?”(もう行ってしまうのですか?)の主語を置き換えたものだと読んで、主人公はきっぱりと「もう行かなくては」と言っているけれど、そこにはどこか名残惜しさもあるのだろうなと思うと彼女の深い寂しさにも触れたような気がして少し悲しい

  • 『とはいえ、ここではささいな罪をとやかく言う者はいない。死に近づけば見えるものは減り、聞こえるものも減り、気になるものも減ることになる。気になるものが減っていき、ついに何も気にならなくなったあかつきには隣の建物へ送り出される。認知症対応施設だ』―『第一部 愛の後の日々』

    献辞を読んで、はっとする。これは「理由のない場所」に続く物語なのか、と。その直感は第二部を読み終える頃にはほぼ確信となるのだが、そんな単純な続編をこの作家が書く筈もなく、もちろん主人公となるのは17歳の息子を失った中華系移民の女性ではない。本書の主人公は、どこかしらルシア・ベルリンの「掃除婦のための手引き書」の主人公を彷彿とさせるような、厳しい人生を冷笑的な視線で見つめながらもたくましく生き抜くカリフォルニア育ちの老女。イーユン・リーは好きな作家の一人で、何冊も手に取ってきたが、それ故にまずこの設定に意外な感じを覚える。

    イーユン・リーのこれまでの小説の主人公たちにはどこか作家自身の出自を投影したようなところがあったけれど、この「もう行かなくては」に登場する人物たちは実に西洋的な人ばかり。しかもその老女に自由に語らせる文体は、これまでのどちらかと言えば静謐な語り口の多かった作家にしては珍しいとの印象を受ける。ただし老女の冷ややかな毒舌には、本書の大部分を占める第三部における設定(故人の日記に、注釈を入れながら伏してきた秘密を限られた親族に書き残すという設定)からも察せられるように、正直であろうする意思は明らかなものの自分の思い描く自画像を崩さぬよう腐心する様も見え隠れする。その崩れてしまいそうなものを確固たるものとしようとする意思の強さは、これまでイーユン・リーが描いてきた主人公たちと変わらない。

    それはつまり、登場人物の設定や故人の日記の中に問わず語りの物語を細切れに紛れ込ませるという複雑な構図を施していたとしても、これまで作品同様に作家自身の人生譚や素直に認めたくはない悔恨のような物にこの小説も根付いた作品であるということなのだろうと思ってしまうのだ。だからこそ、主人公リリア・リスカは「理由のない場所」の主人公であるニコライのママでもあり、「独りでいるより優しくて」の主人公の独りである如玉(ルーユイ)でもあり、「千年の祈り」に登場する容易に心を開かない主人公たちでもあると、つい感じてしまう。


    訳者あとがきによれば、イーユン・リーは常に異なる作風の小説を描こうとしていると言うし、作品の登場人物たちの語ることは必ずしも作家自身の考えていることではないとインタビューでも答えているが、何故だろう、自分には彼女の作品が常に同じ人生観を描いているように思えてならない。それは本作品の中で主人公の老女に語らせる、他人が自分の人生にくれようとするものはその人にとっていらないものばかり、だから自分に必要なものは自分で掴み取るしかない、という言葉に集約されているようにも思えてしまうのだ。

    この作家の抱えている絶望感はとても深い。しかし、その絶望の水底を見通すために水面を揺らす小波[さざなみ]を息をこらえて鎮め覗き込もうとする強さも同時に持っている。それが『プライドを持って生きる』ということなのかも知れない、改めてそう感じる一冊。

  • イーユン・リーが、息子の自殺という自身の体験とシンクロした小説を書いたのだからと頑張って読み終えたがおもしろくはなかった(そこからか)自殺した娘の父親、互いに別の人と結婚し別々の人生を歩んだ男性の日記を読みながらコメントしていくという話。自分が心を残す(愛というのか、亡くした娘の父親という執着のように感じる)男性の恋愛や結婚、自分の人生にシニカルにコメントしていくのだが、読んでいて、意地が悪いと思うし、この男性も他人として過ごしたあなたにそんなこと言われたくないだろうにと同情する。歳をとって性格がひどく頑固になった人が親族にいるが、彼女を思い出した。息子を失った辛さを守るために涙を見せない女性を描いたのかもしれないとは思う。

  •  最新作を常に読んでいる少ない作家の一人、イーユン・リー。前作が自死した長男との対話という衝撃作だったわけだけど、今作もなかなかのヘビーっぷりで圧倒された。人生がふんだんに詰まっているのはいつもどおりで「生きる」意味を考えさせる小説。
     これまで著者は自身と同じ中国人もしくは中国系アメリカ人を登場人物として描いてきたが今回はアングロサクソン系のアメリカ人、イギリス人が登場人物になっている。この点からアメリカ文学のクラシカルなムードが漂っていた。構成がまた特殊で人称の使い分けはさることながら本著は主人公の女性が若い頃に関係を持った男性の日記に対して高齢者となった主人公がコメントを入れていくスタイルとなっている。この相手の男性の子どもを主人公は出産し育てるものの、その子どもが自殺してしまったという過去がある。たいていの読者が想像する子どもを自死で先に亡くした母親像を覆し、彼女はひたすらに強気で人生を肯定している。まるで自分の子どもが間違っていたことを証明したいと思わせるくらいに。辛いことがあった場合、いつまでも考えるタイプと吹っ切っていくタイプに分かれると思うけど、主人公は後者になろうとしている前者のような感じで、微妙な揺れ動きを感じるたびに胸が締め付けられた。たとえばこんなライン。
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    でも人が泣かずにいると不思議なことが起こるの。その涙を堤防で全部押しとどめておけそうにないから、それを監視する警備員みたいになって人生を送ることになるのよ。昼も夜も。ひびが入っていないか、漏れていないか、あふれ出す危険がないか確認しながらね。(中略)でもその堤防を何年も見守っていたら、ある日また水を見たいと心の中で思うの。でも、どの水のことですか、奥さん、なんて堤防に言われるものだから、てっぺんに上がってみるでしょ。すると本当に、どの水のこと?向こう側は砂漠なの。
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     「理由のない場所」は実際に著者が長男を自死で亡くしたあとに書かれた作品だけど、本作はその前から執筆されていたらしく自身の小説のテーマで自死を取り扱っている最中に自分の子どもを亡くすだなんて想像もできない…前作を読んだときにはまだ子どもがいなかったので、自分自身が子どもの視点しか持っていなかった。しかし今回は子どもが誕生し、親の立場となって読むことにもなったために全然違う辛さがあった。人生の終盤に死者へ思いを巡らす中に自分の娘がいること。そして彼女の決断に何があったか分からない謎に絡みとられていく辛さ。自死は本人が一番辛いのは当然かもしれないが、残された側の人生の過ごし方がまるっきり変わってしまうことを痛感させられる作品だった。

  • 「理由のない場所」は好きだったけど、これは刺さらなかった。主人公のリリアがかつて愛人だったローランドの日記を読み、突っ込みや思ったことを書き入れて孫に遺すという内容。その孫とはローランドとリリアの子供(この子は自殺している)の娘である。
    リリアがいわゆる冷笑系みたいな感じで全く好きになれなかったのと、ローランドの日記に頻出するシデルとの会話がなんか人同士の会話というより一人の人形遊びのように生気なく感じてしまった。「自己不信はトリュフみたいなものだよ」みたいなすごく観念的な会話が延々続くので…。たぶんローランドは嘘つきで話を装飾しているというのがこの部分にもかかっているのだろうけど、だとしても面白くはならない。
    そういうところは「理由のない場所」にもあったけど、あれは息子を亡くした母が必死に行っている脳内会話だという前提があって成立していたんだなと思った。

  • ふむ

  • この小説は、なんだろう。リリアの観察眼に圧倒されるが、それがどれだけ的を射ているのかは不明。もし執筆途中での息子さんの死がなかったら、少し違ったものになっていたのだろうか。

    リリアの、ローランドが残した日記への執着は、娘ルーシーの死と自分の悲しみを理解するのにいまだ困惑するリリアの心の内を表しているのと同時に、ローランドの物語をなぞることで、そこにルーシーの存在をも残しておきたかったのではと思えた。

  • 81歳のリリアの独白。
    さっぱり理解できず、楽しめなかった。

  • 名久井直子さんの素敵な装丁に惹かれて。昔の恋人の日記に自分なりの解釈を加えて孫に渡すという内容。

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著者プロフィール

1972年北京生まれ。北京大学卒業後渡米、アイオワ大学に学ぶ。2005年『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞などを受賞。プリンストン大学で創作を教えている。

「2022年 『もう行かなくては』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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