- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309208770
感想・レビュー・書評
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「アリ・スミスの小説を読むということは、ふつうの小説を読むのとは異なる体験だ。彼女のかくものは一筋縄ではいかない。重層的で、企みに満ちている。時系列はシャッフルされる。複数の視点のあいだを行ったり来たりする。時には肝心なことがわざと書かれていない。あるいは物語の枠組みをあえて意識させるような書き方をする。だから読み手はページのこちら側に安閑と座ってはいられない。作者の仕掛ける企みと切り結ぶうちに、いつしか物語の中に入り込んでいるような、作者の共犯者になっているような感覚を味わうことになる。あるいは、いっしょに遊んでいるような。」
ー訳者あとがきより
五月のうちに本書を読むことができて満足。
上記の引用はまんま私の本書を読んだ感想だ!と思ったので、岸本佐知子さんのお言葉を引用させていただきました。
まさに、何気ない日常として描くことができそうな、下手したら退屈極まりなくなりかねないような物語を、アリ・スミスの描く短編ではいっしょに遊んでいるような感じで読むことができるのです。
不思議な感覚に引き込まれる。
今回特に好きだなと思ったのは、「普遍的な物語」「信じてほしい」「物語の温度」です。
「生きるということ」や「五月」もなかなか。
以下備忘録がてら目次をば。
普遍的な物語
ゴシック
生きるということ
五月
天国
侵食
ブッククラブ
信じてほしい
スコットランドのラブソング
ショートリストの季節
物語の温度
始まりにもどる
訳者あとがき詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
12か月12編の短編集。表紙はヒグチユウコさんです。
表題の『五月』は、白い花を咲かせた近所の庭の木に恋してしまった女性と、そのパートナーのお話。具体的に何の木なのかは書かれていないのですが、桜っぽい花びらだと思われます。「重なり合うような、燃え上がるような白を透かしてすべてを見ていた」からはじまり、花の白の美しさが様々な表現で描かれいて、「アンミカさん、負けたな」と関西人の私は思ってしまいました。
どうしようもならない偏愛ぶりがなぜか許せてしまうのが不思議です。パートナーの愛情が静かに熱く伝わってくるのが微笑ましいです。
ブッククラブに関する本が読みたかったので、図書館で借りて読んでみたのですが、語りの視点がガラッと変わる上に、女性が主人公でパートナーも女性(?)なので、今、誰が話をしてるのかがわかりにくいです。でも、なぜか気になる読み心地です。
206ページを5時間かけて読みましたが、もっとしっかりと読み解かないといけないのかな、と思います。私には少し難しい本でした。 -
短編集。奇妙な味わいがある。「夏は何度も巡ってくるが、少しも老いる気配がない。」
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岸本佐知子翻訳と表紙の画風に惹かれて気になっていた本。なるほど、この美しいけれど妖しくて少し怖い絵はヒグチユウコさんでしたか!
著者紹介には「現代英語圏を代表する作家のひとり」とあるが、私にとっては初めましてのアリ・スミス。「普遍的」な物語の最初っから読者は振り回され、どこに連れてこられちゃったんだろう?とだんだん不安になった頃に物語は「始まりにもどる」。わからないままおもしろがって結果オーライだったのかな。装丁もすばらしい! -
世の中にはいろんな美がある中で、文章にももちろん美が存在する。美しい文章と美しくない文章。
アリ・スミスの短編は、視点が突然変わったり時系列が突然変わったり難しい。ただ、その難しさを理解するために何度も何度も繰り返し文章に目を通すのが一切苦痛にならないくらい美しい。本当に美しい。
そして岸本佐知子はその美しい英語を、本当に見事に美しい日本語に翻訳してくれている。
ある日雷に打たれたように木に恋をしてしまった女性の話。突然マーチングバンドにつきまとわれる女性の話。古本屋にある「グレートギャッツビー」の背表紙に止まったハエの話。
どれも奇妙。奇妙で、なんとなく病的な支離滅裂さを感じさせる物語。それでもその奇妙な物語がとても美しい言葉で語られていく。
読み終えて、すごいな、と思う。 -
『それとも事故だったんだろうか。その彼または彼女は、時間どおり家に帰ろうとして電車に向かって走っていたのだろうか。うっかりホームの外に足を滑らせ、体のほかの部分もそれに続き、そこに運悪く電車が来てしまったのだろうか。今この瞬間にも誰かがオーヴンに料理をセットし、テレビをつけて、彼または彼女の帰りを家で待っているだろうか』―『生きるということ』
原文にも引用符がないのだろうか、会話文と地の文の間に明瞭な境のない文章が続く。それどころか発話の主体と会話の相手の区別すら、ふと、曖昧になる。そのはぐらかされたような感じを面白いと思うのは、差し詰め、理が勝ち過ぎる日常に投げ込まれた正体不明の爆弾のようなものと脳が判断を下すからか。爆発して周囲に甚大な被害を与えても困るけれど、ひょっとして何か面白いものが飛び出して来るのかも知れないという未知のものへの偏重した価値付け。岸本佐知子が翻訳を熱望したという作家アリ・スミスは、捉えどころがない作家であるという印象を残しつつ何か得体の知れなさにわくわくするという思いを盛大に掻き立てる。
翻訳者によるあとがきで「主人公はほぼすべて女性(もしくは性別不明)」とあるように、時に性別もあいまいな登場人物たちの物語を例えば女性カップルの物語のように翻訳しているのは岸本流なのか、それとも作家の意図を汲んだのか。そう言えば最近ネット上の英語学習教材で「his husband」とか「her wife」という表現が使われているのを見て、時代の変化を感じたばかりだったのを思い出した。しかし英語なら可能なこの性別不定の表現も、フランス語などのヨーロッパの言語だったらどうしても冠詞や形容詞の変化ではっきりしてしまうから、アリ・スミスをフランス語に翻訳する時も、岸本さん同様に翻訳者はあれこれ考えるのだろうなあ。それともアリ・スミスはシスターフッドの作家という認識が既にあるのか。
こんな風な脇道に逸れたことばかり考えてしまうのは、アリ・スミスの文章がかなり独特だからで、例えて言えばキャッチボールをしているつもりで相手からの返球を待っているのにさっぱりボールが返って来ないなと思っているといつの間にか手元にあるのに気付いて驚くような体験、と言えるように思う。それを岸本さんが端的に言い表している。
『アリ・スミスの小説を読むということは、ふつうの小説を読むのとは異なる体験だ。彼女の書くものは一筋縄ではいかない。重層的で、企みに満ちている。時系列はシャッフルされる。複数の視点のあいだを行ったり来たりする。時には肝心なことがわざと書かれていない。あるいは物語の枠組みをあえて意識させるような書き方をする。だから読み手はページのこちら側に安閑と座ってはいられない。作者の仕掛ける企みと切り結ぶうちに、いつしか物語の中に入りこんでいるような、作者の共犯者になっているような感覚を味わうことになる。あるいは、いっしょに遊んでいるような。』―『訳者あとがき』
こんなに変な小説なのだけれど「変愛小説集2」に収録されたものを読んだ時の印象はほとんど覚えていない(「スペシャリスト」を読んで、むむっ、と身構えさせられたような気分に固まる、と感想を書いてはいるけれども)。ああでも既に他の長篇も読んでみたくなっている位には、軽くアリ・スミス中毒の禁断症状が出始めている。 -
短編集。「あのね、わたし、木に恋してしまった。」という書き出しだけでインパクト大な表題作がいちばん面白かった。突然、他人の庭に生えている木に熱烈な恋をしてしまった女性が、パートナーそっちのけで奇行にはしる。最初は訝しがっていたパートナーもやがて…。
ほとんどの作品の登場人物は名前がなく、性別も明記されていない。パートナーの性別もどうやら女性と思われるふしがあるが、どちらとでも受け取れるようになっている。翻訳の上での一人称は「私」または「わたし」で、翻訳者の工夫を感じた。日本語は一人称が豊富にあって、僕、俺など一人称で性別がある程度確定してしまうけれど、英語なら「I」一択なわけで、そこは翻訳者の選択にゆだねられちゃうわけですものね。共通の特徴としては他に、途中で視点人物が交替する構成のものが多かった印象。
突然部屋にバグパイプの楽団が闖入してくる「スコットランドのラブソング」、パートナーの浮気告白かと思いきや、もしやこれはそういうプレイなの?というスリリングな会話劇「信じてほしい」あたりが好きだった。
※収録
普遍的な物語/ゴシック/生きるということ/五月/天国/浸食/ブッククラブ/信じてほしい/スコットランドのラブソング/ショートリストの季節/物語の温度/始まりにもどる -
四季四部作を読み終え、満を持し先頃発売された本作を読み始めたのだが…。確かに最初の作品『秋』を読むのに苦労した。しかし作品毎、一旦物語の世界観に入り込めると、アリ・スミスのリズミカルな文章、幅広い知識に魅せられ、ぐいぐい惹き込まれていった。ところが短篇集では、感情移入出来る前に物語が終わり、エネルギーも徒労に終わってしまう。最後まで読んだが、最初の作品を除きあまり楽しめなかった。アリ・スミスの場合、私には長篇のほうが向いているのかなと感じた作品でした。
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秋を読んだ後に本書。短編のほうが好きかも。
「天国」はハンバーガーショップのへなちょこ強盗未遂を果敢に防ぐ店長、ネス湖クルーズのスタッフ、墓場で酔っ払っている子、直接は接点のない、よく読むと姉妹(後書きで気づく)、でもどれも捻ったおもしろさを持つ話が唐突に継ぎ合わされ、最後まで行き着いたところで冒頭の破壊された天使を読み返しはっと気づく。で、なぜタイトルが天国?
1つの話の中で別の人が語りだし、時間は前後する。全ての短編が女性が主人公で彼女たちのパートナーもおそらく女性だ。
とても奇妙で、その「普通でなさ」や「仕掛け」が心地よい。 -
読むうちに物語の迷宮に誘い込まれるような短編集です。時系列が飛んだり言葉遊びを連ねたりと一筋縄ではいかない展開が特徴。でもこの小難しいかんじが癖になります。冒頭の「普遍的な物語」は墓地から始まりハエ、古本屋、本…と次々移り変わる話。一番のお気に入りです。