植物はそこまで知っている ---感覚に満ちた世界に生きる植物たち
- 河出書房新社 (2013年4月17日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309252803
作品紹介・あらすじ
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、位置感覚、そして記憶-多くの感覚を駆使して高度な世界に生きる植物たちの知られざる世界。
感想・レビュー・書評
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ステファノマンクーゾ氏の「植物は〈知性〉を持っている」という本に似ている。
この本のいいところはエピローグだと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
植物には脳こそないが、環境を認識し、適応する。
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最近、良質なサイエンス・"ノン"フィクションに出会う機会が増えたような気がする。なぜか、アジア出身の著者が多い(印象がある)。『がん』、『死すべき定め』などは、インド出身の医師、研究者だし、この本は、イスラエル出身の研究者だ。
それにしても、なぜ、本書のような「科学の歴史的な記述」に、こんなにもわくわくするのだろうか。
世の中に存在する、多くの「不思議」に、科学は、仮説というかたちで説明を試みる。多くの場合、仮説は1つではなく、別の研究者が、別の仮説、別の説明を試みる。それらを検証する中で、また、別の仮説が出てくる。まさに、テーゼ vs. アンチテーゼ ⇒ アウフヘーベンの躍動そのものだ。その動きの中で、これまでの「常識」を覆すような、新たな「説明」が登場する。「パラダイムシフト」のご登場だが、われわれ一般ピープルには、そのダイナミックさ、「凄さ」が、なかなか見えない。教科書には、その「常識」だけが載っていて、あたかも昔から、その考え方が普通だったかのように。地動説 vs. 天動説の対立を思うと、それがいかに凄いかはわかる訳だけれども、まぁ、普段はそんなことを意識しなくても、生活するのは困らないし・・・である。
本書を読むと、道端の雑草が、周りの環境を、どう認知して、それらにどう対応しているか。その「不思議」に、ダーウィンをはじめ、多くの科学者が解明に取り組んできたことがみえてくる。植物学全体からしたら、ホントに一端の一端だと思うけれど、その解明の一端を垣間見ると、1本の雑草を見る見方が、本当に変わる。そんなワクワク体験をくれるのが、良質のサイエンス・ノンフィクション。また、そんな一冊に会うことができた。
蛇足
逆に言うと、「常識」を教える先生は大変だなぁと思う。本当は、その「常識」の裏にワクワクするストーリーがあるのに、そんな話をしはじめたら、時間がいくらあっても足りないし・・・ -
植物に五感があることを科学的に説明して面白かった。(ただし、聴くことは科学的に証明されていないし、必要もないという結論だが。)
視覚: 明るさを検知する
嗅覚: 空気中のある種の科学物質を検知する
触覚: ハエトリグサは有名
平衡感覚: 上下がわかる
記憶: 短期、長期、エピジェネティクス(遺伝子の配列は変えず、活性状態だけを変え、子にも伝える)
ただ、人間の感覚とは違うし、知性はないので感じたことを解釈はできない。 -
植物の遺伝学者による動物との類似性の紹介。植物を擬人化することは誤解を招くことではあるが、わかりやすさを取って動物の五感と植物の機能を対応させて近年の研究成果を紹介している。植物と動物の違いはまず脳がないことであり、刺激に対する反応はあるが刺激に対する判断とか感情はない。また骨格が違い、能動的に動くことは基本できない。
視覚:各種光受容体があり、先端についていることがダーウィンの研究によって既に分かっていた。これによって開花時期をコントロールしている。
聴覚: モーツァルトを聞かせると、などのねたはあるが、実際は聞こえている確証は無く、触覚として感じている可能性がある。
嗅覚:熟した果実が連鎖反応を起こすことは知られていたが、エチレン受容体があり、それが熟した果実から出るエチレンをキャッチして反応している。また虫などにダメージを受けた葉も化学物質を出してほかの部分に連絡を取っている。その化学物質をほかの個体もキャッチして対応している(虫が嫌う化学物質の量を増やすなど)。
触覚:食虫植物では毛に2か所触れると葉が閉じる。これは葉の中の電気信号によって、カルシウム濃度が変化してある点に達すると作動するようになっている。また、植物は触られることを嫌い、1日に軽く2,3回撫でただけで、成長が止まるものも多い。
平衡感覚:重力を感じることができ、その仕組みははっきりとは分からないが、宇宙船での度重なる実験からわかっている。 -
1章 植物は見ている
2章 植物は匂いを嗅いでいる
3章 植物は接触を感じている
4章 植物は聞いている
5章 植物は位置を感じている
6章 植物は憶えている
エピローグ 植物は知っている -
人の感覚器官を説明し、植物のそれと対比。
植物の本でありながら、人体の不思議、精巧さをあらためて認識した。
人体について解説している本を読みたくなった。 -
擬人化したファンタジーのお話ではなく、見る、匂いを嗅ぐ、接触を感じる、聞く、位置を感じる、覚えている…を検証した本でした。シロイヌナズナは、2000年に全ゲノムが配列決定されたとかで、病気や障害にかかわる遺伝子のことが分かるようになったことは、確かに人の話のようにも思えます。
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ヒトの遺伝子は二万二千個
イネの遺伝子は三万二千個 -
植物には人間のような神経はないけれど、でも外部からの刺激を感じ取り、それを学習する力もある。わかりやすいのはオジギソウやら食虫植物やらで、明らかに刺激に対して動くという結果を見せる。植物がなんらかの感覚をもって、生活に反映させているのは確からしいけれど、それは人間の考えるものとは多分全然違った世界。昆虫や魚の感覚ならまだ理解できように、植物は果たして何を思うのか(思ってない、はずだけど)。僕に触られた植物は、触られたことはわかるけど、それが僕かどうかはわからない(というか、どうでもいい)。逆に人は、植物のことを覚えていられるのだから、それを励みに生きたらいい、というような本。植物からすれば、それが信じがたいことなんだろう。
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世界が別な見え方がして面白かった。
「植物は光や色の微妙な違いを知っており、赤色と青色、遠赤色、紫外線を見分け、それぞれに反応する。植物は周囲に漂う香りを知っており、空中にある微量の揮発性物質に反応する。植物は何かに接触したときそれを知り、感触の違いを区別できる。重力の方向も知っていて、芽を上に、根を下に伸ばすよう姿勢を変えることができる。過去のことも知っている。以前に感染した病気や耐え忍んだ気候を憶えていて、それをもとに現在の生理作用を修正する」(p160)。
共通祖先を持ってはいるが、彼らなりの生き残るための能力と戦術。
取って代わられる日も近いのでは…。