次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309407869

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  • あなたは彼と二人でドライブを計画しています。しかし、そんな車に男性の友人二人が強引に同乗することになりました。そして、スタートしたそのドライブの中に友人の一人は後席に座ってこんなことを言い出しました。

    『高速降りようや。もう飽きたわ、おれ。下走ったらええやん』

    大阪から東京までの長距離ドライブで、運転もしないくせに勝手なことを言う友人は、さらにこんなことも言い出します。

    『鰻食いたい…鰻でも食べて気分転換したい』

    さて、あなたの心中や如何に?

    なんだか、なさそうでありそうなシチュエーションです。友人と一緒にワイワイ!ガヤガヤ!としたお出かけ、気心知った仲間ならではのひと時は本来楽しい時間です。しかし、それは時と場合にもよるでしょう。彼と二人の時間を楽しみにしていたのに…と、そんな二人の時間に現れた友人はお邪魔虫以外の何者でもありません。しかも、『鰻食いたい』なんて勝手なことを言われたとしたら…。

    この世には数多の小説があります。作家さんが切り取る場面はそれこそ無限にあります。しかし、そのすべてに共通するのは、それらはすべて人の営みの一部分を切り取ったものだということです。そう、私たちの生活はそのすべてにドラマが生まれる余地があるとも言えるのです。

    さて、ここにドライブ中の四人を、そんな彼らの活きた会話をそのまま物語に描いた作品があります。恋人二人がディズニーランドへと出かける中に半強制的に同乗することになった友人二人との四人のドライブを描いたこの作品。何が起こるでもない日常の一コマ、神様視点で見れば高速道路を走る一台の『青系のマーチ』の車内の人間関係を映し取っただけのこの作品。そしてそれは、そんな狭い空間の中に読者も同乗したような気分になる物語です。
    
    『高速道路のドライブは退屈だから嫌い』と思いつつ、『恵太が買ったばかりの青系のマーチ』の後部座席に座るのは主人公の小林望。そんな望は、『並んで座っているルリちゃんの顔と手を順に眺め』ています。『運転席の恵太に何か話し掛けては笑っている』ルリちゃんを見て『笑った顔がかわいい。笑っていなくてもかわいい』と思う望。一方で『高速降りようや。もう飽きたわ、おれ』、『なんかもっと変化に富んだ道はないんか』と恵太に話しかける望に、『なんでそんなにわがままばっかり言うんだよ、小林くんは』と『助手席のコロ助』が言いました。そんなコロ助に『運転したことないからわからんもん』と返す望は、『おれは一応先輩やで… そもそもおれはコロ助の保護者として付いてきたってるねんで。清水さんに一人では会われへんて言うからさあ』と続けます。『清水さん、という名前を聞』いて『一瞬ひるんだ』コロ助。そんな会話の中、『安心しきった様子でシートに沈んで恵太の運転する様子を眺めてい』るルリちゃんを見て、『なにを話し掛ければルリちゃんが笑うか考え』る望は、一週間前のことを振り返ります。『恵太の家に釣り道具を借りに行』くと、ルリちゃんと『二人で晩ご飯を食べていた』恵太。そんな家に上がりこんだ望は『その十分後、ルリちゃんが好きだと思』います。『ディズニーランドに行く』、『おれの新車で、ドライブ』という話をしている二人に望はコロ助の話を持ち出します。高校生の時に好きだった相手から『葉書が返ってきた』、『これを機会にきっちり告白したい』というコロ助の話をすると、望はコロ助に電話をかけ『コロ助、今度の木曜日、東京行き決定な… 清水さんとこ行く…』と一方的に話をする望。そんな中、『どうせ望くんも来るんやろ?』と言うルリちゃんに『まあええやん。行くとき乗せていくだけやん。向こうに着いたら、二人でディズニーランド行ったらええんやし』と言う恵太に、『悪いね、恵太』と話す望。『二人の旅行を邪魔されたのでふくれてい』るルリちゃん、その一方で『ルリちゃんと東京までドライブができるのでうれしかった』という望。そして、『大学の研究室で実験中で、清水さんに会うという話を聞いただけでパニック状態になっていた』というコロ助。そんな四人が東京へと向かう車内の様子が淡々と描かれていきます…という表題作でもある中編〈次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?〉。ドライブ中の四人の姿が淡々と描かれるだけの物語にも関わらず、気がつくとなんだか自身も五人目の乗員として、同じ車中にいるような気分にもなってくる不思議な魅力を放つ好編でした。

    “友人カップルのドライブツアーに、男二人がむりやり便乗。行き交う四人の思いを乗せて走る車の行先は?恋をめぐる、せつなくユーモラスな物語”。なんだか親しみげな雰囲気感を内容紹介からも感じるこの作品。内容紹介に紹介される表題作と、〈エブリバディ・ラブズ・サンシャイン〉という中編の二作から構成されています。作品間には、特に繋がりもなく、単純に中編二作がまとめられた作品という理解でいいように思います。ではまずは、二つの作品の内容をご紹介しましょう。

    ・〈次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?〉: 『わたしと恵ちゃんの楽しいディズニーランド誕生日記念ツアーやで。なんでコロ助くんの告白ツアーになるの?』と怒るルリちゃんを他所に、恵太とルリちゃんのドライブに無理やり同乗することにした主人公の望とコロ助。高校時代に『賞もとって写真集』を出したという経歴の望は、『高速降りようや。もう飽きたわ』、『鰻食いたい』と我儘を言いたい放題語ります。その一方で、横に並んで座るルリちゃんを見て『これが恋というもんや』と思う望…。

    ・〈エブリバディ・ラブズ・サンシャイン〉: 『今日から眠らないことにしよう。夜は眠る。だけど、とにかく太陽が出ている間は起きていよう』と決め、『戦うこと。眠らないこと』を『今年の抱負』に決めたのは主人公の工藤。そんな工藤は『一月十一日。半年ぶりに学校に行』きます。そして、ゆきちゃんに会った工藤は、『四年生になれるん?』、『行ったら先生になんか言われるんちゃう?』と言われます。一方でひたすらに『今年の抱負』のことを思う工藤。そんな工藤のそれからの12日間が描かれていきます。

    二つの中編は前者は東京までドライブする四人の一日が描かれます。一方で後者は、日記の如く、『一月十一日』、『一月十二日』、そして『一月二十二日』という12日間の主人公・工藤のまったりとした日々が描かれていきます。上記した通り二つの作品に関連は全くありませんが、どこかほのぼのした雰囲気感が安心の読書を約束してくれます。物語では、とにかく大きな出来事が一切起こりません。”小説=何かが起こる”ということを期待される方には向かない作品の代表格にも感じますが、そこは柴崎さん。その描写力で読者を作品にぐいぐい引き込んでくださいます。そんな魅力を表題作から三つ挙げたいと思います。まずは、見事なドライブ中の描写です。ハンドルを握るコロ助に我儘を言う望という一場面を切り取ってみます。

    ・『鰻食いたい』と我儘を言う望は、実力行使に出ます。
    → 『ぼくは助手席と運転席の間から身を乗り出して、ハンドルを硬く握っているコロ助の左腕を掴んだ。「コロ助、ほら、あそこに看板出てる出口で降りてよ。おまえも食いたいやろ鰻」』
    → 『ぼくは、いいよ』『浜松の鰻はほかのと違うって』『ほら、見えてきたって、出口』…と揉める二人
    →『「ほら、降りろ」ぼくが肩を押すと、コロ助は慌ててハンドルを切った…大騒ぎして一般道に降りたものの、鰻屋の看板はなかなか見つからなかった…』

    切り取りなので十分に雰囲気感が伝わらないかもしれませんが、場所を描くのに定評のある柴崎さんらしく、ドライブ中の車内をまるで読者もそこにいるような見事な描写で描いていきます。思わず危ない!とヒヤヒヤもする光景だと思いました。

    次に二つ目は関西弁です。会話が関西弁で描かれる作品は多々ありますが、同じ関西弁と言っても作家さんの生まれ育った地域、もしくは味付け具合で随分と印象が変わります。そんな関西弁小説の代表格と言えば間違いなく西加奈子さんの作品群でしょう。「きいろいぞう」や「通天閣」に描かれる関西弁はとてもディープな大阪を感じさせてくれます。関西弁というより、大阪弁という方が相応しいかもしれません。一方で、関西にゆかりのない作家さんが描くとそこに違和感が出る場合があります。森絵都さん「この女」の関西弁はどこか違和感満載です。そして、この柴崎さんの作品に見る関西弁は絶妙な塩梅だと思いました。温泉地を探すという場面から一文を抜き出してみましょう。

    ・『有名なとこなんかたいてい期待はずれに終わんねんて。せっかくやから、秘湯に行かな。誰も知らんくてそれでめっちゃええとこに辿り着くんが旅の楽しみやんけ』

    どうでしょう。『終わんねんて』、『せっかくやから』、そして『めっちゃええとこ』、このあたりなんともいい味が出ているように思います。大阪で生まれ、大阪で育った柴崎さんの生きた関西弁の魅力がこの作品には存分に発揮されているように思いました。

    そして、三つ目は、ドライブ中にさまざまな感情をストレートに表す主人公・望の心の内を垣間見るところです。

    ・『ぼくは、恵太はほんとうにいいやつだと思う』。

    ・『コロ助もたまにはいいことをすると思った』。

    そんな風に男性二人の行動を見る望は、一方で、恵太の恋人であるルリちゃんに恋をしています。そもそも『わたしと恵ちゃんの楽しいディズニーランド誕生日記念ツアー』に強引に同乗した望。そんな望は、『ルリちゃんが好き』になっていきます。ドライブで後席に並んで座る望とルリちゃん。そんな環境下で、『やっとこっちを向いたのでうれしくなった』、『ルリちゃんは呆れたような顔をしていた。でも笑顔だからよかった』、そして『真新しいビニールの匂いのするシートを伝ってルリちゃんの体温が流れてくる気がする。これが恋というもんや、と思った』というように、望の心の内が明かされていく物語。東京までの遠距離ドライブ、車という小さな密閉空間、そして、一日だけの物語という中になんとも微笑ましい雰囲気感満載のドラマがここにある、何も起こらない中に淡々と進む物語をこれだけ魅力たっぷりに描く柴崎さんの凄さを存分に感じることのできる物語がここにはありました。

    『かっこええやろ』、『べつにふつう』、『サインしよか。今度持ってきいや』、『ええわ。美しい思い出が汚される感じする』、『なんやねん。おれが撮った写真やんけ』、そんな風に生きた関西弁のやり取りが物語を絶妙に彩っていくこの作品。そこには、何も起こらないようでいて、四人のドラマが確かに刻まれていく中に一つの物語が描かれていました。ほんわかとした雰囲気感が物語を包み込むこの作品。限られた時間、限られた空間の物語の外にもさまざまな情景が思い浮かびもするこの作品。

    その場所を見事に映像化していく柴崎友香さんの真骨頂とも言える作品でした。

  • 少し物足りない感もあったが、とても懐かしい気持ちになる良い作品だった。

  • 海外小説っぽい淡白さと大阪弁のミスマッチが素敵だけど特に感情が動くことはなかった

  • ディズニーランドに行く恵太とルリ子に便乗して、一緒に東京までドライブすることになった小川望とコロ助。真夜中のSAでの望のルリ子への告白、長年思い続けた東京に住む清水さんへのコロ助の告白、4人内部のそれぞれの関係性による様々な会話。たった3日の、それもほとんどが車中での会話なのに、4人それぞれの世界観がよく分かるのが面白い。
    この作品は時間の描き方がとっても上手。気の置けない仲間と過ごす夜の、なんだかフワフワして現実世界から浮遊したような感覚、その後に迎える朝の、紛れもない現実とある種の残酷さ、昼間の地に足の着いた面白みのない、けれどもありのままの時間の流れ。それぞれの時間にそれぞれの過ごし方があり、その表現の仕方が絶妙。夜から朝への変化って、非現実から現実へ変化する様をまざまざと体感させられるようで個人的には嫌いだ。切なすぎるし、このまま夜だったらいいのに、なんて思ってしまう。もはや恐怖ですらあるほど。それでも夜は明ける。様々なことが時間の流れと共に変化する。ただその自然の流れも悪くないんじゃないかな、なんてこの本を読むと思えてくる。休日、気持ちよく迎えた朝のような気持ちのいい読後感。

  • タイトルに惹かれて読んでみた。
    登場人物たちの年齢が私に近い世代だからか、読んでいて難しい気持ちにならなくていい。
    気の置けない友人(関西出身)の話を聞いている気分。耳から(正確には目から)心へすっと入っていく感じ。

    柴崎さんは、誰かのある期間を「切り取った」ような小説を書かれる。
    その期間の前や後が必ずあると感じさせる。
    展望台のコイン式双眼鏡みたいに、途中でふっつりと終わってしまうように見えるけど、私たちがその人たちを垣間見る時間が終わっただけなのだ。そこからまた続きは私たちが知らないところで繰り広げられていく。
    そんな思いにさせられるほどに、この登場人物たちは、思ってる以上に私の近くにいる、気がする。
    いつかどこかで会えたら、楽しいかもな。

  • あとがきにもあったが、懐かしさを感じられる一冊。夜のドライブも眠たくてしかたない大学時代、ともに懐かしい

  • 本当に何も起きないけど、さいごまで読んでしまう。だらだらすごしてた学生時代がなつかしいと思う。不満はたくさんあったけど、あれはあれで幸せだった。そんなことを思い出させる小説だ。
    何も起きないので、リアルといえばリアル、ぶっ飛んだ人格の登場人物もいない。半ば退屈にもなるけれど、こういう小説はきらいじゃない。
    同じ作家の原作で「きょうのできごと」って映画を見たことがある。映画で見ると本当に若者がだらだらしているだけで正直見るに耐えなかった。短編小説だからいいのだろうと思う。

  • これといった感想はないんだけど、そういうなんでもない日常を描くのが上手い。
    私たちは、こういう風に少しずつ傷つきながら、擦れてくんだろう。

  • 何気ない会話が、ずっと書かれている話だけど、なんだか懐かしいような、平和な時間が流れているのが感じられる。

    登場人物一人ひとり愛らしいです。

  •  これは映画化してほしい

     ヨ・ラ・テンゴの「The Crying of Lot G」

     「君が笑ったらぼくも笑ったような気分だ、君が泣いたらぼくは最悪な気分だ」

     ありきたりだけど素敵な言葉

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著者プロフィール

柴崎 友香(しばさき・ともか):1973年大阪生まれ。2000年に第一作『きょうのできごと』を上梓(2004年に映画化)。2007年に『その街の今は』で藝術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年に『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞(2018年に映画化)、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。他の小説作品に『続きと始まり』『待ち遠しい』『千の扉』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『ビリジアン』『虹色と幸運』、エッセイに『大阪』(岸政彦との共著)『よう知らんけど日記』など著書多数。

「2024年 『百年と一日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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