- Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309419701
感想・レビュー・書評
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『夏至遺文』と『トレドの葵』の2冊が1冊にまとまった文庫本。ほとんどが「瞬篇」と作者自身が呼ぶ掌編(短編の長さのものも掌編の連作だったり)なのだけど、とにかく1作あたりが濃ゆい。だいたいが男同士の同性愛、男女の不倫、近親相姦、その果ての殺人や復讐、自殺、と退廃的なモチーフなのだけど、どれも僅か3頁程度の中にものすごい情報量と感情の機微がギュッと詰まってる。冒頭もしくは巻末に短歌が添えられており、歌からのインスピレーションなのか、小説からできた歌なのか、いずれにしてもお洒落。作者の美意識がすべての作品にビシッと通っていてカッコいい。(という私の感想は安っぽくて申し訳ない)
以下、簡単な備忘録メモ
〇禽:隣の子供がカラスのヒナを両親に殺されたと泣き続けている。数日後訪問するとカラスの剥製と腐臭が…。
〇受難:江戸時代?の長屋、そそっかしい男が女房に頼まれて箒をかける釘を打ったところ裏の部屋まで突き抜けてしまい謝罪にむかうと…。
〇蠍の巣:ハムレットの後日譚。実はすべての悲劇を仕組んだのはハムレットの親友ホレーショだった。
〇異牀同夢:妻のいる男が可愛がっている後輩とたびたび同じ夢を見るようになる。内容をつなぎ合わせるとどうやら二人が心中することを暗示しているようで…。同性愛の匂いが濃厚
〇葡萄鎮魂歌:極端な女嫌いの若者。どんどんエスカレートして食べ物の雌雄まで気にするようになり…。
〇夏至遺文:妹の恋人に横恋慕した兄の遺書
〇霞の館:イエスとユダが背中合わせの像。恋人(ユダのモデル)に殺されて死んで5年目の幽霊(このアートの制作者でイエスの位置に磔にされた)が、ユダと新しい恋人に復讐する。
〇絵空:2種 レオナルドダヴィンチが描いたモナリザのモデルは誰か
〇妹:姉の留守を頼まれた妹、実は姉の夫とデキていて…
〇放生:はるかな未来、主人が罪を得て他の星に収監されることとなり、三人の奴僕は…
〇二の舞:傷?が治っていないのに脂っこいものを食べる患者を医者が咎めていたが、その後診察室で…。
〇如月の鞭:一緒に暮らしている二人の男。垣の柊で互いを鞭打つプレイに耽っていたが、隣家の柊を盗みに行った片方がその家の女とデキてしまい…。
〇鷹の羽違ひ:製薬会社の令嬢と政略結婚することになった弟を案じている姉。式の前日弟は帰らず姉に電話を寄こしたが電話のむこうではもう一人の男の声。
〇月落ちて:旧友と訪ねた男。共通の友人が亡くなったばかりでその遺品が届いている。それは判じ絵の暦で、謎を解くと浮かび上がってきたのは…どんでん返しがあるサスペンス。
〇僧帽筋:美容院を営む母親の再婚相手が気に入った19歳の息子。最初は朴訥としていたその男は実は…。
〇賓客:母の死後、娘のところに次々胡散くさい客が現れ…
〇蕗:金柑・銀杏・蕗の三種のお節料理=金・銀・富貴を現す
【トレドの葵】
〇風鳥座:元演劇部の銀行員の男、自分の戯曲の主演女優に恋人気取りでいられるが、彼女の養母の妹の夫だという胡散くさいが風采のよいフランス帰りの紳士が現れ…。この一見紳士がほぼ893で詐欺師。
〇聴け、雲雀を:詩人シェリーが好きな男は幼いころから水が怖く泳げない。彼が泳げるようにと祖父が調べていた漢方の処方がみつかり…。
〇トレドの葵:愛人とスペイン旅行をした妻のある男、しかし妻は嫉妬深く、そもそも大金持ちの彼女に気に入られた男は入り婿状態で逆らえない。妻は愛人を探り当てて嫌がらせを始め、愛人は行方をくらます。男は再びスペインに向かい、ガイドの男に話を聞くが…。
〇鳥兜鎮魂歌:刺繍の得意な妹が、画家の男に恋するが振り向いてもらえないまま亡くなる。兄は画家を探して渡欧するが、実は画家は余命僅かだった…。
〇七星天道虫:美しいが病弱な父が美貌の女優の母と結婚するも病死、母は去り祖父母に育てられた少年は成長して一人の美しい女性に恋するがそれは母親の再婚相手との娘で…。
〇無弦琴:夫が欧州出張に行っているあいだに舅に言い寄られる美しい妻。
〇凶器開花:凶器にまつわる掌編集、おどろおどろしくてなかなか良かった。
〇虹彩和音:色にまつわる掌編集。
〇柘榴:登場人物の全員が誰かしらを騙していて、つまり全員が誰かに騙されているというすごい話。うそつきのメビウスリングのよう。
〇空蝉昇天:おもに死にまつわる掌編集。
〇月光変「魔笛」に寄せて:魔笛
【夏至遺文】
禽/受難/蠍の巣/異牀同夢/葡萄鎮魂歌/夏至遺文/
霞の館/絵空/妹/放生/二の舞/如月の鞭/鷹の羽違ひ/月落ちて/僧帽筋/賓客/蕗
【トレドの葵】
風鳥座/聴け、雲雀を/トレドの葵/鳥兜鎮魂歌/七星天道虫/無弦琴/
凶器開花/虹彩和音/石榴/空蟬昇天/月光変「魔笛」に寄せて -
1974年刊の瞬篇小説集『夏至遺文』と、1986年刊の短篇+連作瞬篇小説集『トレドの葵』の合本。
この世の既婚男性は全員男と不倫するのか?!とツッコまざるを得なかった『紺青のわかれ』に比べると、本書では明確に同性愛を扱った作品は少なめ。ただ、キリストとユダを江戸町人に置き換えて太宰の向こうを張った「受難」や、同じ夢を見続けた男たちが後追い心中する「異牀同夢」など、最初から塚本節フルスロットルである。
『夏至遺文』では、女嫌いというか強烈な女性蔑視を主題にした「葡萄鎮魂歌」が一番面白かった。女性名詞で表されるものを避けまくり、ステーキ肉が牡牛か牝牛かで悩む主人公が最高にバカなのだが、葡萄狂いになる理由とオチがさらにアホで笑える。塚本さんの”男の秘密”の尊さをぶち上げると同時にアホさ、小ささをもユーモラスに描いてちょっぴり切なくさせる小説が好き。
『トレドの葵』収録作は、『夏至』の十数年後に書かれただけあってより円熟した深みのある作風になっている。ミステリ色が強くコミカルなオチがつく作品が多い『夏至』も好きだが、読後に甘苦い余韻を残す『トレド』の作品たちも好きだ。「七星天道虫」以降の作品は瞬篇の連作になっていて、それぞれに短歌や俳句が添えられているのが、塚本邦雄の小説を読むことの贅沢さを思いっきり堪能させてくれる。視点人物を変えながら嘘と策略に塗れた一家の顛末を語る「柘榴」が特に好み。下世話でドロドロな愛憎劇を描きながらも、教会に全員が集合して弥撒を捧げるラストが美しく、格好良い。
物語の嗜好は全く違うけれど、細部までこだわりつくされた銅板のような〈画〉の強さと、そこに流れる空気の質感や音楽まで支配する筆力は、山尾悠子を読むときと近い快感を与えてくれる。巻末には皆川先生の寄稿。塚本オマージュのような文体で書かれているのがなんだかうれしい。島内景二の解説では、『夏至』刊行時に活版の種字を塚本好みに作り替えたエピソードを紹介していてアツい。 -
表紙絵のように濃厚で淫靡でいながら、時として清洌な瞬篇集。
悪いことは言わん、耽美好きは取り敢えず買って手元に置いときや。