- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309419756
感想・レビュー・書評
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老夫婦が住む家の離れに子猫を連れて引っ越した「私」は、時折庭から鈴の音が聞こえることに気がつく。そこに植えられた木は〈猫の木〉と呼ばれていた(表題作)。泉鏡花文学賞受賞者のデビュー短篇集。
初めに置かれた「猫の木のある庭」から最後の「たけこのぞう」に向けて、少しずつ心の内圧が上がっていく構成も見事な傑作ばかりの作品集。以下、各短篇の感想。
◆ 「猫の木のある庭」
古い家屋、老夫婦、涸井戸、猫たちが埋まる庭と、使っている素材はとても古典ホラー的。先を競ってタマを見に来るお爺さんお婆さんはコミカルなのと同時に薄気味悪くもあるけれど、年齢的に死に親しみを持ちすぎていて、「私」とのズレがあるだけなのだと思う。白い紙にじわじわ浮かび上がるセピア色の風景を眺めているような端正な文体で、怖いのだがホラーとは異なる読み口。もちろんホラーとして読んでもいい。
◆ 「フラオ・ローゼンバウムの靴」
昔話のアイテムだけが現代に迷い込んだような話。ユダヤ人が移民の日本人に遺贈するあたりがミソなんだろうなぁ。ローゼンバウム夫人が本人の遺志で靴を譲ったのなら、余計なお世話でこそあれ悪意はなかったんじゃないかと思うが、笑ゥせぇるすまんみたいな管財人が怪しすぎる。
◆ 「盂蘭盆会」
集中でも特に完成度の高い一作。姉家族が住む実家に、家事手伝いとして同居しつづける妹という、円満に閉じた関係性の歪みが徐々にあらわになってゆく。夏子を着せ替えて遊ぶ場面など、内臓が絞られるような気持ちにさせられるが、読み終えてまた冒頭に戻ると秋子はちゃんと朝子に信頼されていたのだなと思う。家に染みついた記憶を辿る話で幽霊譚でもあるが、暗闇のなかで人肌に触れるようなあたたかい余韻がある。
◆ 「浴室稀譚」
好き!!!マチ子さんが友人としてだけでなく、性的にもフサ江を魅了する女として描かれているのがいい。舞台が銭湯の二階にあるアパートで、海を思わせるタイル張りのシャワールームがあり、バスタブはなく、実は押入れの床から一階の番頭台へ降りていけるという謎物件で、この間取りを想像するだけで幻想的な楽しさがある。中年女二人組のちょっぴり退廃的な第二の青春物語と思わせて、突然深い孤独感にずどんと突き落とされる。作家が自身の創作キャラクターに会う話はいくつも読んできたが、そのなかでもマチ子さんとの別れはとびきり寂しかった。
◆ 「水面」
この作家はホラー的な恐怖を煽るためにさんざん利用されてきたモチーフを、癒やされるべき人たちの物語として語りなおしていく人なのかなと思った。それは鏡花に通じる資質でもある。こわれた妹のために人を雇っちゃうユディットさんもこわれだしているよなぁ。葛餅の夢も印象に残る。
◆ 「たけこのぞう」
家と母の話。普通じゃなかったお母さんの、普通じゃないけど凡庸な愛のかたちと対面するまでの物語。ここまで読んできて技巧派の作家だと思っていたけれど、最後に置かれたこの作品でエモーションをがっつりと掴まれ、揺さぶられてしまった。これも家の記憶という幽霊の話だが、生きているあいだはけして正面から見ることのなかったアトリエへ向かう松子の顔を幻視するラストが本当に素晴らしすぎる。さまざまな意味で昔気質な作品だけど、体にひたひたと浸透してくる文章に惹きつけられ、夢中で読んでしまう。
思い出のなかの絵に描かれた家を立体につくりなおして、語り手と一緒になかを歩きながらその家がみている昔の夢を体験しているような読み心地。どことは言えないんだけど、少しゼーバルトを連想させる。 -
冷たい空気がページから噴き上げるような、作中の温度を感じる文章だった。
作者はずっと日本に住んでおらず、過去に見たものや想像上の景色を資料にしていたらしい。下手に自分の知る現実を描写したものより、強い想像を描写する方が現実味を増しているのはなんだか皮肉で驚く。 -
おとなしい暗闇、って感じだ。
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どれもこれもふわふわと夢の中のようなお話し。
限りなくリアルに近い幻想の物語で
ある一瞬ゾッとする場面もあり
帯にある通りまさに幽玄の世界でした。
6篇全て、やけに建造物、建築物
間取りや、風景が事細かに書かれているなぁ〜
と、思ったら…なるほど。
あとがきを読んで大いに納得しました。
「どこにもない場所」を作りながら読みましょう。
妄想、空想が好きな人はぜひ。
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泉鏡花文学賞受賞作家ときいて、納得の流麗な文章。
裏表紙に「幻想譚」とあった意味が読むほどに理解できる不思議な読後感です。
舞台は日本なんだけど、映画のセットを見ているように現実感がない。
後書きで著者が長く海外に住んでいて、そこで書かれた物語と知ってなんとなく腑に落ちました。 -
ここ数冊の読書が女性作家が続いているけど、大濱普美子の世界もまた色濃い。6編がそれぞれに良く、残酷性や不快さに惹かれる嫌な性質を美しい幻想的な世界を媒介にして、現実世界と行きつ戻りつして不思議な余韻に取り残された。美しくもうなされるような白昼夢を終始みたような気分だ。泉鏡花文学賞っていうのも、また良い。
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「陽だまりの果て」で泉鏡花賞を受賞した著者の最初の作品集「かけこのぞう」を改題、文庫化したもの。
細やかな五感描写、独特の文章のリズムに引き込まれる。
執筆に凄く時間がかかるとあとがきで著者本人が断っているがさもありなん。山尾悠子のそれが繊細なエッジの効いた文章なら、大濱さんのは丁寧に織り上げられた織物のような感触。きをてらったところがひとつもなく、静謐な映画でも見ているような作品。