- Amazon.co.jp ・本 (639ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309420530
作品紹介・あらすじ
二〇世紀フランスを代表する作家と自らを重ね合わせながら紡ぐ魂の二重奏。ヨーロッパの建築や美術をめぐる思索の軌跡、出会った人々の思い出。「なによりもまず私をなぐさめてくれる島」として須賀が愛したヴェネツィアの記憶。画期的論考「古いハスのタネ」他18篇。
感想・レビュー・書評
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須賀敦子全集の第3巻は、大きく分けて4編が収められている。文庫版の裏表紙の紹介をここに引用しておく。
【ユルスナールの靴】
20世紀フランスを代表する作家と自らを重ね合わせながら紡ぐ魂の二重奏。
【時のかけらたち】
ヨーロッパの建築や美術をめぐる施策の軌跡、出会った人々の思い出。
【地図のない道】
「なによりもまず私をなぐさめてくれる島」として須賀が愛したヴェネツィアの記憶。
【エッセイ/1993~1996】
画期的論考「古いハスのタネ」他18編。
「ユルスナールの靴」は、フランスの小説家である、マルグリッド・ユルスナールの作品、あるいは、生涯を題材にとったものである。私は本書を読むまで、マルグリッド・ユルスナールという小説家を知らなかった。ユルスナールのことを知らない人が読むには、非常にハードルが高い。
「時のかけらたち」も、ヨーロッパの建築や美術に、ある程度の造詣があることが前提で書かれており、私にとっては、これも非常にハードルが高かった。
残りの2編は、そのような基本的な知識を必要としない、そのまま読んで楽しめるエッセイであった。「そのまま読んで楽しめるエッセイ」と書いたが、軽く書かれた流し読みが出来るようなエッセイではない。構成も緻密だし、取材も行き届いているし、「ザッテレの河岸」などは、実際に対象となるものに、須賀敦子が興味を持ち始めてから相当に長い年月を経て書かれたものである。そういう意味では、須賀敦子の作品は、楽しんで読むことは出来るが、気が抜けないという印象を強く持つ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
○精神は、知性による判断の錬磨でありその持続であることに気づいていなかった。
○語彙の選択、構文のたしかさ、文章の品位と思考の強靭さ。それらで読者を魅了することが、ユルスナールにとっては、たましいの底からたえず湧き出る歓びであり、それがなくては生きた心地のしないほど強い欲求だったにちがいない。
○詩にしても、音楽にしても、ゆっくりと熟した時間のなかで、真正の出会い、といった瞬間はいつか訪れるのであって、それに到るまでは、どんな知識をそろえてみてもだめなのである。無駄というのでもないのだけれども、目も、あたまも、空まわり、うわすべりの状態にとどまったまま、そのつめたさのまま、つめたいことにどこかで悲しみながら、作品に接している。
○サンドロ・ペンナの詩
ぐっすりとねむったまま生きたい
人生のやさしい騒音にかこまれて。
ヴェネツィアの小さな
広場は古風で哀しげで、海の
香りを愉しんでいる。また、
ハトの飛翔を。だが、記憶に
残るのはー光のまま
恍惚をもたらしー自転車の
少年がさっと通りすぎ、友に
よびかける、唄に似た空気の
そよぎ。「きみ、ひとりなの?」
○あたらしい土地を訪れるために案内書を読んで準備する習慣を、私はまだ身につけていなかった。
○きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。 -
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https://opc.kinjo-u.ac.jp/
図書館・請求記号 918.6/Su21/(3) -
静謐な、しかし熱い想い。
覚醒しながらも、心地よくまどろむ。
この人の文体は、高潔さを伴いながら、それがお高くとまっているのでなく、
読む者の心に寄り添ってくれる、安心感をもたらせてくれる。
ユルスナール。
薄い読書歴の私には名前も知らないフランスの作家について、
須賀敦子の彼女に対する、彼女の著作に対する深い愛情を示しくれたことによって、
そこからもたらされる、新しい世界を垣間見させてくれた。
幸福な出合い、という言葉が最も似合う、
須賀敦子とユルスナールの巡り合い。
その出合いに、読者たる私たちも、
また幸福を感じながら立ち会うことができる。 -
p.2021/6/7
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この本と並行して読んでいた『渋江抽斎』についても然りなのだが、あまり自分の知らない世界をのぞき見る楽しみも読書にはある。この著者で言えばヨーロッパとか詩とか、もしくはキリスト教とか
1993年から97年にかけて発表された作品を収めており、著者の最晩年にあたる。おのれの晩成ぶりを振り返るような箇所があって目に止まった。ああ、しかし読み返してみれば『ユルスナールの靴』の冒頭の言明からしてそうじゃないか -
18/09/22。
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ユルスナールの「ハドリアヌス帝の回想」を読み終わって何を読むか,と思ったとき,思い浮かんだのが全集第3巻に収録されている「ユルスナールの靴」.本棚には「読み終わった」で登録してあるが,果たして読んんだのだろうか.
ユルスナールの生涯と須賀敦子の生涯が響きあうエッセイというか,全く独自の世界.ユルスナールの伝記的事実を語ったり,生活した場所を訪ねながら,いつかしら自分の追憶の世界に入り込む.
須賀敦子を久々に読んだが,言葉に気品と,それでいてしっかりと対象を包み込む力がある.稀有な書き手. -
第3巻は『ユルスナールの靴』『時のかけらたち』『地図のない道』『エッセイ/1993〜1996』を収録。
『ユルスナールの靴』は言わずと知れた須賀敦子の代表作。『ハドリアヌス帝の回想』などで知られるフランスの作家、ユルスナールについてと、須賀敦子本人についてのことが渾然一体となって静かに語られる。文体はあくまでも静かで、穏やかだ。
『時のかけらたち』他は思い出の人々やエピソードを綴ったエッセイ。須賀敦子のエッセイは別離や喪失、今はもう無くなってしまったものへの郷愁を強く感じる。 -
「現代日本で美しい文章の書き手は?」と問われたら
迷わず彼女の名前を挙げたい。
どこか哀しみのただよう、
静謐な気持ちになる、水鏡のような世界。