ハワーズ・エンド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-7)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (505ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709475

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  • P178
    「あなた、眠いんでしょう」
    「いいえ、もう少しこうしていたい。いい晩だから。なんでしたっけ、そうだ、あなたはお金が世界の縦糸だっていったでしょう」
    「ええ」
    「それじゃ横糸はなんなの」
    「何かは人によるでしょう」とマーガレットは答えた。「何かお金じゃないものということでしかできないんじゃないかしら
    「例えば、夜、歩くこと」
    「恐らくね」
    「ティビーにとってはオックスフォードかな」
    「そうらしい」
    「あなたの場合は」
    「今のウィッカム・プレースの家から出て行かなければならなくなったら、わたしにとってはあの家のような気がしてきた。ウィルコックスさんの奥さんにとっては確かにハワーズ・エンドだった」

    「でも、場所の方が人よりも大事になるというのは悲しいことね」とマーガレットはいった。
    「どうして、メッグ。大概そうじゃないの。わたしだってあの太った林務官よりも、あの林務官が住んでいた家の方がずっといいと思うんですもの」
    「わたしたちはそういうふうにますますなって行くんじゃないかと思うのよ、ヘレン。人をたくさん知れば知るほど、代わりを見つけるのがやさしくなって、それがロンドンのような所に住んでいることの不幸なんじゃないかと思う。わたしはしまいには、どこかの場所がわたしにとって一番大事になって死ぬんじゃないかという気がする」

    P360
    家というものにはそのめいめいの死に方があって、それは人間の場合と少しも変わらず、ある家は悲劇的な轟音とともに、ある家は静かに、しかし亡霊の都市に死後の生命を得て、またある家は、―ウィッカム・プレースの家がそうだったが、―その肉体が消える前からその魂が出て行ってしまう。この家は春にはすでに弱り始めていて、そこに住む二人の女が考えている以上にこの二人の精神にもそれが影響し、めいめいにそれまで知らなかった世界を覗かせた。九月になると、家はもう無感覚な死骸で、そこに住んでいたものがそこで過ごした幸福な三十年間の思い出もこの死骸とほとんど結びつかなくなっていた。その上が円くなっている戸口から家具や、絵や、本が運び出されて、そのうちに最後の部屋ががらあきになり、最後の荷馬車が行ってしまった。それからまだ一週間か二週間、家は自分の空っぽの状態に驚いて窓の眼を見開いているようすでいて、そのうちに人夫がきてもとの灰色をしたごみ屑に家を戻し、筋骨逞しくて陽気なビール飲みであるこの人たちは、常に人間的で、文化というものを究極の目的にかつて考えたことのなかったこの家を葬るのに似つかわしかったかも知れなかった。

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