アルトゥーロの島/モンテ・フェルモの丘の家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-12)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (586ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709529

作品紹介・あらすじ

『アルトゥーロの島』-ナポリ湾の小島で、自然を友とし野生児のように暮らす少年アルトゥーロ。不在がちな父の帰りを待ちわびる彼だったが、ある日突然、父が新妻を連れて島に戻ってくる。最愛の父に寄り添う彼女に少年は激しい反感を覚え、幸福な日々は軋れ出す-ストレーガ賞に輝いた傑作を新訳で。『モンテ=フェルモの丘の家』-モンテ・フェルモの館「マルゲリーテ」。そこはかつて若者たちが集う、不滅の友情の砦だった。しかし時は流れ、それぞれが求めた自由への道は、多くの関係を壊し、多くの絆を断ち切っていく。喪失の悲しみの中から、人はふたたび関係を紡いていくことができるのだろうか。ファシズム期イタリアの闇の時代をくぐり抜けた二人の女性作家の代表作を新訳と名訳でおくる。

感想・レビュー・書評

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  • 【モンテ・フェルモの丘の家/ナタリア・ギンズブルグ】

    「ぼくたちのすることは、いつだって正当な理由なんかない」

    まるで、油絵が、完成されてゆくように描かれる街や友人たちの肖像。手紙だけで紡がれる、かれらの物語。「ある家族の会話」とはまるでちがう、なにか静謐な、さびしさがあった。
    何にもなれない者たち、どこか完璧な居場所を求めて彷徨うおとなたち。そんなところはどこにもないか、すでに知っているはずのところなのに。
    悔恨の情が日々波のように寄せてはかえし、澱んでいた感情を浚ってゆく。そこで見つけるのは、あるいは奇妙な柄の貝殻や煌めく石であるかもしれない。人生の放浪者をやさしくみつめる、贈られた言葉の束。たいへんな決意をしなくとも、人生の潮流に身を任せているとみつかる 幸せ とよばれる、いっときの休息。わたしたちは自分の、他人の、何を知っているのだろう。多くの複雑で矛盾を孕んだ感情のうえで、綱わたりをするように生きているわたしたち。なんだかとても愛おしい。
    この小説の構成もそうだけれど、小説って凄いな、なんて単純であたりまえだけれど、そんな幸福に満たされた。ほんとうに素晴らしかった。さいきんは素晴らしい!とおもう本に運よくめぐり逢えている。それはわたしがただ歳をとって琴線にふれやすくなっているだけかもしれないけれど。あーあ、おもしろいね、人生って。



    「実際、朝起きたとき、自分という人格、スリッパをはいた自分の足、鏡にうつったみじめな顔、椅子の背にかけた自分の服を、自分のなかに映してみて、すべてをかぎりなく軽蔑する。昼ごろになると、この軽蔑が徐々に我慢できるようになる。」

    「ながい、秘密のことばがきっしりつまった、うつくしい沈黙」

    「ぼくは結婚というものは完全に解消するのは容易でないと考えながら歩いていた。あちこちにその破片が残っていて、それが時折、生きもののように動いて血を流す。」

    「父親と息子という関係がすべてをだめにした。ぼくたちは、ぎこちなくて、馬鹿げていて、よそよそしくて、本心をうちあけなかった。第一、ぼくたちの関係を改善しようなど、ぼくは思ったこともなかった。そのうちに、とずっと思っていた。そのことが、いま、ぼくを悲しませる。」

    「ただの顔、ただのからだ、ただのオーヴァー。神秘的なところはないもない、秘密もない、すべて無害なことばかり。」




    【アルトゥーロの島/エルサ・モランテ】

    「それでぼくは待っていたのだ、煙が澄んだ大気のなかに消えていくように、この唯一の濁り───死───が現実の透明さのなかに溶けて、自分がみごとに成熟したことを知るときを。」

    ある少年だったものの語る回想から見える情景、そして少年をとりまくものたちの心象が、とても際立ってみえる妙。少年 がすこし煩かったけれど、そのうしろにみえる光景や声に耳を澄ませ、あの古色蒼然とした野性的な屋敷へとまよいこむ。大洋の風をはらんだ、巨大な船のような家へと。思春期の苦悩のめざめと大人になれない大人の殺伐とした孤独が、竜巻のごとく吹き荒れる。
    少年時代の夢と大人の現実のさかいめ。それは、孤独の殻が破られる、他者との交流によって醒まされるものなのかもしれない。わたしも、ひとつの夢 からさめた瞬間を覚えている。母と喧嘩したときのやりとり。「もうクリスマスプレゼントなんて買ってやんないから!」「プレゼントはサンタさんがくれるんでしょ?!」「サンタなんていない!」。うすうす気づいていることが確信に変わった瞬間。残酷な現実世界に、足を踏み入れざるをえなかった、あの瞬間。
    現実の世界にやってきても、親の愛という幻想と保護を求めてしまう。そしてさびしい心は、求めるがゆえにひとを、じぶんを、傷つけてしまう。ひとは何故、無防備で、素直で、いられない生きものなのだろう。優しくされると、突き放したくなったのは何故だろう。じぶんを哀れむことを辞められないのは、なぜだろう。未知なる闇をおそれて古い夢想に誘われ、虹色の蜘蛛の巣にみずからかかる、かよわい魂。愛がなんであるのかわからない苦しみが、わたしのこころの奥底の無防備な場所を刺して血を流した。

    後半から急にヴィスコンティのような世界観で、とてもすきだった(と、訳者のあとがきをよんだらなんとモランテの日記にはヴィスコンティへの報われない愛の苦悩が記されていたらしい!!)。モランテさん、なんて激しいひとなんだ。



    「ぼくは母親を何歳だと思っていたのだろう。今考えてみると、おそらく成熟した年だと思っていたのだろう。砂浜とか暑い季節の海のような大きさをもつ大人の女、と。あるいは永遠と考えていたのかもしれない。初々しく、やさしく、決して変わることのない、ひとつの星のような永遠。」

    「混血は人と一緒にいて幸せなことなど滅多にない
    いつもなにかしらが影を投げかける。でも実際は、自分で自分に影をつくっているのさ。泥棒と宝石と同じだ。互いが互いに影を投げかけ合うのだ。」

    「さて、生ける魂にはふたつの異なる運命があるように思われる。蜜蜂に生まれるものと薔薇に生まれるものだ。(略) だがときに寂しくて溜息をつくのだよ、この神々しき薔薇も!無知な薔薇は自分の神秘を知らないのだ。」

    「『永遠の真実』を知りたいかい?覚えておくんだな、犠牲なんて人間の唯一のほんとうの倒錯さ。」

    「しばしば、ぼくらが非常に素晴らしいものと考え、至上とさえ思うような愛情も、現実には味気ないまのだったりする。この世の苦々しさだけが、おそらくはひどく残酷なつらさだけが、まるで塩を利かせるように、その深く混ざり合った愛情の神秘の味を蘇らせることができる。」

    「こうして人生はひとつの謎になる。そしてぼくにとってはぼく自身がいまだ第一の謎なのだ!」

  • イタリアの現代作家というのは殆どしらない。カルヴィーノは聞いたことがあるが、読んだことはない、その程度だった。
    本書は両作品とも素晴らしく、どちらも主人公(ギンスブルクのほうは誰が主人公とも言いがたいが、一応ジュゼッペとしておく)に感情移入しながら読んだ。
    前者はアルトゥーロの成長の物語。後者は大人になりきれない大人達の物語。どちらも皆なにがしかの共感を感じるのではないかと思う。

  • 220907*読了

    世界文学全集を次々と読んでいます。
    今巻は私の好きな二段組!それだけで心が躍りました。

    イタリアの現代文学を代表する二人の女性作家の小説。

    「アルトゥーロの島」は、なかなか会えない父を敬愛し、血気盛んに少年期を過ごすアルトゥーロが、年月を重ねて、成長(それは希望を失うことでもあった)していく様子が本人の回想で表現されている。
    継母であるヌンツィアータへの気持ちの変化も、この時期の少年ならそうなるよな…と切なくなりました。
    自分は女性であり、母なので、ヌンツィアータの方に感情移入しながら読みました。
    アルトゥーロが身近にいたら、絶対に気になってしまうよな。

    「モンテ・フェルモの丘の家」は書簡形式。
    原題はたしか「都市と家」なのだけれど、邦訳このタイトルの方がいいと思う。
    モンテ・フェルモの家が全面に出るわけじゃないし、結果的に家を手放してしまうし、描かれているのは、複雑な人間模様なんだけれども、そのところどころに、この家での思い出が現れてくる。
    悲しい出来事が度々起こり、晴れやかな場面がとても少ない小説。でも惹かれる。
    こんな風に書簡だけでそれぞれの個性を描ける、その力量に感服。
    須賀敦子さんはとても有名だからこそ、この翻訳も須賀さんならではなのだろうか、と思って読んでしまいました。

    二作とも、複雑な心理を描ききるところが、女性作家さんならではだなと思いました。

  • 「モンテ・フェルモの丘の家」
    最近読んだ須賀敦子さんのエッセイに出ていて興味を持ったので、図書館で借りた。須賀さんのエッセイはほとんど読んでいるつもりだが、翻訳されたものは初めて。

    あらすじはエッセイ「小説のなかの家族」に書かれていた。今読み返してみるとすごく詳しく書かれている。17ページくらい。書簡体小説。元愛人同士の男女を中心に、その夫や息子や友人たち10人くらいの輪の中での手紙のやり取り。そこからいろいろな事情がわかってきて、それがおもしろくどんどん読み進められる。
    2年半位の間なのだが、まあいろいろな事が起こる。小説だからと言ってしまえばそれまでだが、意外な展開にハッとしたり、そうかと思えば、「そうなることは誰の目にも明らかだよ」と思ってみたり。
    読者の自分も取り巻く人の一員になってるような・・・
    ハラハラしたり、応援したり。
    国も時代も違うのに。
    それだけ小説の中に入り込めて楽しめたということだろう。

    人と人とのつながりの話だったが、「時の流れ」というものをを非常に感じさせられた。否応なく時は流れ、状況が変わっていく。確かに自分の選択が導いた状況もあるだろうが、自分ではどうしようもないことの方が多い。結末に近づき、どんどん悲劇的なできごとが起こる。でもまた、時は流れていく、いつまでもその悪い状態も続かないだろうと思わせてくれるのだ。なぜか・・・

    須賀さんが訳されたギンズブルグのほかの小説もぜひ読んでみたい。


    「アルトゥーロの島」
    たまたま「モンテ・フェルモの丘の家」と1冊になっていたので、ついでに読む。
    特に難しい内容でもないのに、すごく読むのに時間がかかり、投げ出しそうになった。
    ナポリ湾に浮かぶ小島の少年が大人になる14歳から16歳までのお話。

  • 死の影。

  •  人はどんなにわかり合えた人でも時間と空間の密着がときに反重力のように働き、たがいを傷つけ、遠ざけてしまう。それは時に磁石のように近づくことを欲しながら、ぎりぎりの心理的に距離に達すると反発力をもつ。その一線を越えるには核融合を可能にするくらいの心理エネルギーを必要とするのだ。

     この反重力の如き人間関係をかろうじて維持出来るのは、住む場所のおかげであったりする。それが家であるかもしれないし、土地そのものであるかもしれない。その人間がどこまでを自分の住居空間とするかは分からない。しかし、所詮は他人同士である(親子、夫婦、友達であったとしても)人間が同じ住居空間の重なりを持つとき、薄く途切れがちな関係は何からの接着剤のように継続出来る。結びついているからの反発であり、反発出来るからこその関係でもある。

  • モランテ「アルトゥーロの島」読了。
    久々にフィクション読んだー、という感じです。
    神話的な父と、ナポリ近海の島での、少年アルトゥーロが青年へと成長する物語。少年期の神話的な幸福から目覚め、いわゆる思春期のぐちゃぐちゃした不幸(未承諾の不幸というべきか)を経て、自立していく典型的なビルドゥングスロマンと言えば、それまでですが、なかなか読ませませした。

    なぜか、ランボーのイリュミナシオン、「少年の日」を連想します。野蛮で神々しい少年の日々からの転落。

  • 池澤夏樹と須賀敦子の交差点。これはぜひとも読まねば。

  • 『アルトゥーロの島』
    ナポリの小島で自然と無邪気に遊んでいた少年の下に父は継母を連れてくる。
    その継母は若く少年と歳がほとんど変わらない。
    そんな継母に恋をしてしまう少年は思春期を迎え激しい葛藤から幸福な生活が崩壊していく。

    人はなぜこんなにも不器用なのか、胸が苦しくなる。
    まるでナポリにいるような情景描写も秀逸。

    『モンテ・フェルモの丘の家』
    モンテ・フェルモに住んでいた人々がその後の人生を手紙形式で表現した作品。
    すべてが手紙なのでとてもリアリズムに満ちています。
    人は誰かと繋がっていないと生きていけませんが、その関係は意外にあっさり切れてしまうもの。
    それでも感傷に浸っている時間はなくすぐに前を向いて進まなくてはいけません。
    みんな一緒にいればいいのに、なんて私も思ってしまうことがありますが前に進む強さも必要なのです。

  • 自分だけで完結していた少年時代から、
    継母という他者を得て大人になり始める。
    美しい痛みに満ちた成長物語。

    ナポリ湾に浮かぶ小さな島で過ごす
    一人きりの少年時代の描写が涙が出るほど美しい。

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著者プロフィール

1912年ローマ生まれ。現代イタリア最大の作家の一人。本書でヴィアレッジョ賞、『アルトゥーロの島』でストレーガ賞。ほかに『歴史』『アンダルシアの肩かけ』など。夫はアルベルト・モラヴィア。

「2018年 『嘘と魔法 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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