大江健三郎 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集22)

著者 :
  • 河出書房新社
3.92
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本棚登録 : 119
感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309728926

作品紹介・あらすじ

この人の作品世界は広いのでなかなか全容が見えない。政治と理想、女性原理、辺境などの糸で織ったタペストリー。――池澤夏樹[ぼくが選んだ理由]戦争が終わって以来の日本人の精神の歩みにずっと沿って書いてきた作家。心やさしき伴奏者。高空の視点と地面すれすれの目線を自在に用いたパイロット。選ぶのに迷うほどたくさんの作品の中から、女性原理を主軸にした長篇二つに短篇とエッセーで全体像を目指した。――池澤夏樹死と再生、終末と救済を一貫して問い、闘い続ける圧倒的な大江文学。女性原理を主軸にした長篇二篇に短篇とエッセーで全体像を提示する。著者による加筆修訂。[収録作品]悲しみは人生の親戚――子どもの死に見舞われながら人生の事業に乗り出す女性を描いた長篇「人生の親戚」と汚染させた地球が舞台の近未来SF「治療塔」。部屋に閉じ籠り<鳥たち>と暮らす青年を描く「鳥」、隣人となった「山の人」の自由への希求が市民たちを戦慄させる「狩猟で暮したわれらの先祖」。他に『ヒロシマ・ノート』より「人間の威厳について」、『私という小説家の作り方』より「ナラティブ・つまりいかに語るかの問題」。解説=池澤夏樹年譜=尾崎真理子月報=中村文則・野崎歓帯挿画=できやよい

感想・レビュー・書評

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  • 池澤夏樹個人編集日本文学全集第一期7回配本は、大江健三郎1人に本を充てている。大江健三郎に関しては、嫌悪感は「あまり」ない。むしろ、苦手な作家だ、という方が近かったかもしれない。

    初めて読んだのは1977年、高校生の時だ。大江健三郎はその時、芥川賞作家の代表格みたいな人だったから、あの頃は今よりももっと芥川賞は権威があって、読んでおくべき教養書みたいな位置づけだった。それで1番手っ取り早い新潮文庫を手にとった。ただし、鮮明に覚えているのは、受賞作品「飼育」ではなく、主人公が大学病院の死体処理のアルバイトに従事する「死者の奢り」である。ともかく、何処が面白いのかわからなかった事を覚えている。次に読んだのは、1982年3月。わたしは大学新聞の取材で、ヨーロッパの何十万人という反核集会に呼応して日本でも真似するように起こった広島集会に行っていた。そこで大江健三郎が何やらスピーチしていたのだが、人ごみに押されて結局聞くことができなかった。そのため、わたしは何かを取り戻すために、当時本屋に必ず並んでいた岩波書店箱版の「状況へ」を読んだ。意味はわかった。しかしあまりにもわかりにくく書いていた。後に、本多勝一が句読点が不適切で1文が長すぎる悪文の見本のように紹介していて、我が意を得たりと思ったものである。

    そんなこんなで、それ以降、わたしは大江健三郎の作品には、極力近づかないようにして来た。今回実に35年ぶりに読んで、なんか「仲直り」をしたような気分がする。

    「人生の親戚」
    解説では、池澤夏樹がこの作家に大いに影響を受けたと告白している。大江文学の特徴はその解説を参照してほしい。そこに書いていないわたしの感想をあえて言う。驚いたことに、中上健次とまた違った意味で、古事記以来繰り返されて来た日本文学の構造がここにも繰り返されていた。一つは、ヒロイン(ヒーロー)は、大きな厄災を迎えて、大いなる旅に出るというものだ。一つは、普通の「性」は隠されているが、物語においては、堂々と明るく描かれる。一つは、会話文は「」で分かち書きがされない。センテンスの中に紛れ込んで、時々誰が話しているのかもわからなくなる。物語は、物、語るのである。とっても興味深い。(「人生の親戚」は1989年新潮社刊行)

    「治療塔」
    1990年に発表された「治療塔」は、近未来のSF小説である。人類は核戦争と原発事故とエイズによって滅亡の危機に瀕して、選ばれた百万人が地球の資源と不合格の人間を犠牲にして「新しい地球」に旅立った。残された人類は、滅亡せずに文明度を少し低くすることで生き延びる。10年して百万人は帰還してくる。「治療塔」によって若返った者として。二つの人類の対立、被支配と抵抗が水面下で進む中で、リッチャンと朔ちゃんは結ばれる。

    純粋なSF小説としてはいろんな齟齬があるように思える。もちろんすべてを描く必要はないが、地球規模の動きを証明するために、描くべき仕掛が少なすぎ。90年段階の世界情勢を反映して、ソヴィエトがまだ存在して、エイズは未だ不治の病になっていて、インターネットは存在しない。カタストロフが近づいたのは2000年ごろだろうか。おそらく小説世界は2020年ごろのお話のはずだから、文明に対する考察は今読むと違和感がある。

    それでも、核戦争と原発事故は、未だに世界カタストロフの要因であるし、南北格差や難民問題も、現代の問題である。小説世界と現在との大きな枠組みは変わらない。その中で、描かれる「人間としての希望」。ずいぶんわかりにくいし、全面的に同意は出来ないが、面白い実験小説だと思う。

    「人間の尊厳について(「ヒロシマノート」より)
    広島は人類全体の最も鋭く露出した傷のようなものだ。そこに人間の恢復の希望と腐敗の危険との二つの芽の露頭がある。もし、われわれ日本人がそれをしなければ、この唯一の地にほの見える恢復の兆しは朽ちはててしまう。そしてわれわれの真の頽廃がはじまるだろう。(484p)

    1964年10月の記録。この章が、おそらく大江健三郎「ヒロシマノート」の根幹のようなものなのだろうと信じさせる緊張感に包まれている。重要な子供時代の父子の会話もここで語られている。また、引用文章の「広島」を「フクシマ」に言葉を入れ替えても、殆どの文章がそのまま使えるという、人類考察に関する「普遍性」が、ここにはある。

    2018年4月読了

  • 昔々ヒロシマノートを読んだことがあるはず
    と思っているのですが、ほとんど覚えていません。
    なので、感覚としては初めての大江健三郎氏です。
    「人生の親戚」「治療塔」の長編2作が非常によかった
    と思います。
    特に人生の親戚での中心人物のまり恵の子ども達に
    おこった悲劇に関しての描写とその悲劇と向かう
    人たちの描き方は圧倒的な感じがします。

  • 日本文学全集の第22巻。
    小説は『人生の親戚』『治療塔』の2本の長編と短編『鳥』、中編『狩猟で暮したわれらの先祖』、エッセイ『人間の尊厳について』『ナラティヴ、つまりいかに語るかの問題』を収録。
    先月の吉田健一と同じく、大江健三郎も何しろ著作数が多いので、あれも、これも……と考えてしまうのだが、初期の代表作である『飼育』や『死者の奢り』を収録しなかったところに編者の拘りを感じる。

  • この人の作品世界はあまりに広くて全容がなかなか見えない。女性原理、宇宙、辺境、政治などを貫くもの。

  • 231030*読了
    大江健三郎さんはノーベル賞受賞者なのだな。
    無知ですみません。先入観なしに読めてよかった。
    出張にもこの重く分厚い本を持参して、行き帰りの新幹線で読んだ。それくらい続きを読み進めたかった。

    「人生の親戚」はお子さんの名前や一人称の語り手の仕事が大江さんそのものだったので、実話?と思ってしまったのだけれど、小説なのですね。
    「狩猟で暮らした我らの先祖」も、父の奇妙な死や障害を持つ子どもというところで、ご自身を重ねているはず。
    SFも書かれる幅の広さがすごい。収録作の中で一番好きなのは「治療塔」かなぁ。地球に残された側の視点から書くというのが斬新だし、女性主人公のたくましさがいい。
    「人生の親戚」も忘れられない小説として、刻み込まれている。でもこっちはあまりにも苦しさが強くて…。

    それにしても年表を見て思ったのが、大江さんはものすごく多作。
    小説だけじゃなく、エッセイも数多く書かれているし、有名な海外の作家さんとの対談もあるし…。
    とめどなく文章を書き続ける人なのかなと。頭の中、どうなっているのだろう。

    どこか忘れられないインパクトを持つ小説を書き、脳内に溢れるさまざまな意見をエッセイにして出し続ける。それが大江さんの自然なのだろうか。なりたくても到底なれないすごい人。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000055894

  • 「人生の親戚」…障害をもった兄弟が自殺するというなんて悲惨でどうしようもなくいやな設定を思いつくのだろう。特に知的障害を持つ子どもがというのが。その瞬間の描写や経緯が何度もでてきてやり切れない。これを抱えて生きていく女性に焦点が当たっているのはわかるが。設定の後味の悪さが全てを覆ってしまう感じ。
    「治療塔」…エリート層のみが新しい地球へ行く、という設定が面白い。が、そうした科学の進んだ未来設定なのに電話を待ってたり、特急列車で移動したり古い生活スタイルのままなのが踏み込み不足という感じ。とは言え、世の中が行き詰まるとみんな一緒にという美話が通用せず、分断が起こるというのはありそうな話だと思った。

  • 収録作品の是非については賛否両論あると思うが、どれを収録しても大江氏の全てっを語ったといえるものではない。
    どれもよかったと思う。個人的には治療塔が好きだ。パルガス・リョサの作風に影響を受けているのが感じられた。

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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