罪と罰 (3) (光文社古典新訳文庫 Aト 1-9)

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  • Amazon.co.jp ・本 (536ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751845

作品紹介・あらすじ

殺人を犯した者の詳細な運命がつづられる最終巻。ラスコーリニコフをはじめ、母、妹、友人、そして娼婦ソーニャなど、あらゆる「主人公たち」が渦巻きながら生き生きと歩き、涙し、愛を語る。ペテルブルグの暑い夏の狂気は、ここに終わりを告げる…。

感想・レビュー・書評

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  • 150年以上前の作品だが、古典的名作として読み継がれ、いまなお色褪せないのは本作品は人間の本質を描いているからであろう。ルージンがソーニャを責問する場面やカテリーナが狂乱し召される場面は心がきゅっとなる。犯した罪を軽視しながらも罪の意識に苛まれ強迫観念に駆られ続けたラスコーリニコフ。最後の終わり方が緩やかな光と希望に包まれたものであるもの良い。

  • ここまでの長編小説、しかも古典的な海外文学を読んだのは初めてだった。1回目では登場人物や起こった出来事を把握しきれず、2回通り読んだ。

    1番の感想としては、人間は極貧、劣悪な環境の中でもここまで意思を持ち、強く生きていけるのかと、元気づけられた。逆に言えばここまで劣悪な環境だからこそ意思を持てるのかもしれんけど。

    個人的に面白かった場面が3つある。
    ・予審判事ポルフィーリーとの攻防
    ポルフィーリーが恐ろしいほどにラスコーリニコフの心の内を読み、追い詰めていくのにはハラハラさせられた。まさに宿敵って感じかと思ったら最終的にはラスコーリニコフの罪を軽くしようと自首を勧めるっていうのには驚いた。俺が思うにポルフィーリーも以前はラスコーリニコフと同じ思想を抱いていたからこそ、その心理が分かるし、何かしらの情けも生まれたんだと思う。

    ・カテリーナの悲惨な死
    このシーンは読んでて臨場感満載で心が痛くなった。夫はろくでなしで有り金を全部酒に注ぎ込んでしまうし、子供も4人いて、長女はお金を稼ぐために娼婦になるしかなかったし、カテリーナ自身も生まれの良さ故のプライドを捨てられず身の丈に合わない言動を繰り返して家主に追い出され、最期はヒステリーを起こして奇行に走り、持病の結核のため血反吐を撒き散らして死ぬ。彼女の裕福だった昔を思うと辛くてしょうがない。

    ・ナスターシャの存在
    ラスコーリニコフの下宿の女中で、たまに出てくるとなんか和む存在。おてんば娘なイメージ。結構大事なシーンにもしれっと入り込んで話聞いてたりする野次馬感が面白い。あと、ラスコーリニコフは家賃を払ってないのにも関わらず、出てくるたびにご飯食べさせてあげようとしてるのが健気で可愛い。

  • 読み終わるまで何度も中断しながら数年かけてなんとか読了。面白いのはたしかで、読みかけのところを読んでいるうちにそれまでの話がありありと浮かんでくる。
    とはいえ細かいところを読み込んでいく楽しさは2周目以降なのかなと思う。
    亀山さんの読者ガイドがかなりありがたい。またそれを手がかりに読み直したい、今度は中断せずに読み切れる気がする。

    個々の話に入り込みすぎでしんどかったので今度は主人公の物語としての動きを俯瞰したいのと、周囲の人間の主義主張に耳を傾けながら全体像の把握に努めたい。

  • 読み終わった後もずっと登場人物たちが心のどこかにいる感じがする。
    雑踏の中で泣き叫んでいるカテリーナさんと、濡れた夜の風の中で黒い水面を見つめて佇むスヴァドリガイロフと、冷涼なシベリアの地でソーニャと寄り添って座るラスコーリニコフがまだずっとそこにいて、時々過去の記憶みたいにその時の声とか空気とか気配が蘇ってくる気がする。(遠くにボロボロの酔っ払い達とか苦虫を噛み潰したようなルージンもいる)


    ◆結末についての自分の解釈
    結末については、ラスコーリニコフお前本当に良かったねえという気持ちになった。
    最後まで終わり方が予想できなくて、主人公に残酷な裁きや天罰が下って終わるんじゃないか、あるいは犯罪隠蔽の重圧と思想の遂行の板挟みになったり、何かしらのきっかけで突如目覚めた罪の自覚によって、発作的に命を絶ってしまうのではないかと気にかかっていた。
    けれどそうではなくて、結局最後までラスコーリニコフは自身の罪を理解していなかった。その代わり、最後まで自分を一つ高いところに置いていた主人公が、初めて自ら何かを捧げる(施すではなく)ただの1人の人になったこと、捧げる対象となったのが血の繋がりのある家族や高尚な思想でもなく全くの他者である1人の人であったことが描かれ、そこで初めて彼が他者や世界の重みに頭を垂れるような敬虔さを覚える予感を漂わせて終わる最後となっていた。
    このラストにした作者は思ったよりはるかに血の通った人だ!と感じたし、すっと綺麗に終わる結末だった。

    最後まで読んで、2巻のソーニャの家でのラザロの音読の場面の意味が朧げに把握できた。お互いに罪を犯し、全てを断つ自殺か、罪に身を委ねる堕落か、否応なく現実に押しつぶされる発狂かの道しか残されていないラスコーリニコフとソーニャの、他に取るべき道が何かという信念の対決だったのかな、と思った。
    ラスコーリニコフは既存の社会構造・権力を自分自身の裁量と破壊行為で打ち砕くこと、そしてソーニャは神(人智を超えた存在)を信じその教えを体現すること(他者を信じ他者に捧げること)を選ぶという宣言の場面だったのかもしれない。

    だから、ソーニャという人がラスコーリニコフに寄り添い続けて信念を真っ当したことも、ラスコーリニコフがそれに気付いて救いとなったことも、これから混迷の重たい社会の中を2人で歩んでいけることも良かったなと思う。


    ◆全体を通して
    構成がすごく巧みで、劇を見ているように様々な立場の登場人物が入れ替わり立ち替わりフォーカスされていくから飽きない。
    ラスコーリニコフだけの物語だと結末まで一本道になりすぎて説得力がないから、怒涛の嘆きやら酔っ払いやら街の騒めきやら主人公と読者を引っ張り回す重みがあって成り立つ話だと感じた。


    ◆スヴィドリガイロフについて
    3巻で一気に好きになった。この人はモテそう。

    彼が過去に本当に罪を犯したのかが曖昧なのは、社会からも裁かれず自身でもなあなあにして生きてきた人生の虚無感を表す為なのかなと感じた。自首せず時が過ぎて麻痺してしまった場合のラスコーリニコフ、または快楽に身を落としたソーニャを表しているような気もする。

    世間擦れして人心に通じ、内面に善悪が混濁して見え隠れしている人は魅力的だろう。でも、それ故に1番欲しいもの(アヴドーチャの清冽な心)を純粋に乞うことができず、相手からも自分からも信じてもらえず、絶望してしまうところが人間らしかった。
    すぐお金をちらつかせて言うことを聞かせようとするのは、千と千尋の神隠しのカオナシっぽい。女性に対して欲望抜きで考えられないのも哀しい。世の中をお金と欲望なしに見られなくなってるから、虚しくなってアヴドーチャみたいな人を求めたのかもしれない。

    この人がメインの章が終わった後は、ラスコーリニコフの鼻につく青い高慢さがまだ純粋に感じられて、ちょっとほっとできるようになった。
    結局、作中で1番現実的な経済問題の解決に貢献している部分も含めて、すごく良い立ち位置の人物だと思う。


    ◆カテリーナについて
    時代と社会に踏み潰されながら、必死に抗って叫んでいた人。胸を打つ強烈さ。哀れなんだけど、あまりにもパワーがあるから物語のコメディ部分も担当している気がする。
    主人公のことをあまり気にかけず、自分のことばっかり嘆いてる女性の登場人物としても好き。

  • 5よりの★4つです!
    もー、あれやこれや事件が多く起きすぎます!
    ただ③巻は「あっ!」という間に読み終えてしまいました。。咀嚼できるだろうか。
    『罪と罰』通してのヒットワードは“しらみ”です。

  • ドスト氏が重すぎて、当分は軽めの本を読みます。

  • やっと罪と罰読み終わった!なんか女キャラばっか優しくて、というか自己犠牲に快感を覚えていて、宗教性の違いなのかなと思った。ソーニャ母が葬式にて貴族の娘である自分に相応しいもてなしや客を望むのにあまりにもひどい客人ばっかで混乱に満ちたシーンが気に入った。

  • 太宰治もそうですが、世間が言うほど別にさほど暗くはない。
    大学の授業で「ドストエフスキーなんて読んでいる学生はこの中にいないと思いますが...」とか教授が言っているのを聞きながら読んでいました。
    翻訳本に不慣れなときに読んだため、当時大分骨を折って休み休み読みましたが、ラスコーリニコフの心理描写は面白いです。彼の一見非常に矛盾した行動の数々を見ると、善人も悪人も大した区別はなくひとりの人間の中にどちらも同居しているのが普通なのだろうなと感じます。

    結末が若干納得できておらず....直前まで神も信じず罪に対する反省もなかったラスコーリニコフが、ソーニャを愛し、神を愛したという結末になるのがどうも腑に落ちていません。後半息切れして読んだ私の勘違いなのか........機会があればもうすこし調べるなり読み返すなりして考え直したいです。

  • ようやく読了。長かったけど最後の方は展開が早く一気に読んだ。面白かった。ラスコーリニコフの心情描写の細かさはまさに芸術的。ポルフィーリとのにらみ合い、腹の探り合いが味があって面白い。
    ラスコーリニコフの狂信的な信念からの犯罪、自白という泥沼状態からソフィアとの愛によって浄化される様は圧巻。ラズミーヒンとドゥーニャの兄に対する愛もまた暖かい。
    それにしても世の中を変えてきた革命者が多くの死者を生み出しても罰せられず歴史に名を残してきたのに、凡人は罪を犯したら必ず罰せられるという理不尽な世界の有り様を問題提議している。罪とは一体なんなのか?愛する人を悲しませる行為をずっと心の底から涌き出てくる後悔という形で抱えてきたラスコーリニコフの描写が一つの答えなのかもしれない。

  • 1巻と2巻は2週間くらいかけて何とか読み終えたけど、この3巻は朝から晩までかけて1日で読み終えてしまった。
    今さっき読み終え、まだ虚無感が残っている。今まで読んだ本の中でトップクラスに心にズシンと来る1冊だった。
    色んな知識人がこの作品をべた褒めしてるから、そのバイアスがかかってるとは思うけど。

    登場人物が全員好きだった。
    ルージンも勿論悪役で性格も悪いんだろうけど、動機はどうであれ、主人公と揉めなければいい人で終わりそう。現実世界でいい人だと思われてる人でも、ルージンみたいな人沢山いるんだろうな。心では相手を見下してる人。

    スヴィドリガイロフもいいキャラしてた。突然現れた謎の人物。心の魂胆を見抜かれ主人公と対立するけど、最終的にはドゥーニャに拒絶され自殺。小さい子を助けたりしてる描写から、ルージンみたいな心からの悪人では無いんだろうね。
    本当に妻を毒殺したのかどうか、彼の自殺に至るまで心理プロセスなど、まだまだ読み取れてない部分も沢山あるので、時間と気力があればまた考察してみたい。多分しないと思うけど。

    結局ナポレオン主義は間違ってたのかな?それとも間違ってる間違ってないとかの次元の問題じゃないのかな?
    エピローグの疫病の話から読み取れるように、みんなが皆ラスコーリニコフみたいな考えになったら世界は崩壊する。
    選ばれた人間というものが神様によって明確に教えられていれば、このシステムは正しく働く。
    でも功利主義的な考えが常に正しいとは限らないし難しいね。

    ラスコーリニコフが警察署で自首するシーンが自分の中でピークだったから、エピローグは個人的に蛇足だった気がする。自首するシーンで心臓バクバクだったのに、心が安らかになっちゃった。
    まあ主人公の再生のの気持ちが見れたのは嬉しいし、あった方が作品として綺麗に終わるのは分かるけど。

    他にとカテリーナさんの発狂シーンや、ラスコーリニコフの「協同組合」の看板のシーン等々お気に入りのシーンが沢山ある。
    付箋を貼っておいたのでそこだけでもまた読み直したい。

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