- Amazon.co.jp ・本 (672ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334754587
感想・レビュー・書評
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「しがらみ」の語感に義理人情を連想していたのだが、個人が抱えるどうにも抜け出せない非合理性の話のようだ。フィリップ君の「しがらみ」が悪い方向に発火する相手がいったんは上巻で去っていったのだが、下巻で立ち戻ってきてたいへんな恐怖刺激があった。わたしは己の非合理性を憎んでいるので、フィリップ君がおかしくなる事態もストレスなのだ。彼は基本的には非常に抑制的なのに、ときどき燃え盛る炎に自覚しながら飛び込んでいく。おっかない。
下巻も後半になると、まだ二十代のフィリップ君が、ときおりずいぶん冷徹な考えかたをするようになってしまった。苦労するってこういうことかもしれない、とはいえ気持ちはまだ柔らかくて理性と感情のずれが味わい深いわね、としみじみしながら読んでいたのだが、最後の最後にまた狂気のふるまいに出てドン引きした。ああいうのは100年前でも駄目だろう。そんな都合のいい話があるか。なんなんだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
上下巻読了。
前々から読んでみたかった本だった。新訳が出たので読んでみた。
モームの短編集は読んでおり、シニカルで的確な人間描写に感心したのだが、これもそうで、本当にモームって冷たい人だなと感じた。
面白さという点では、発表当時ベストセラーになったというのも頷けるストーリー運びで、特にミルドレッドが出てきてからはページを捲る指が止まらなかった。
ただ、短編は、彼の冷たい観察眼に違和感はなかったのだが、本作では(もちろん意図して)フィリップはビルドゥングスロマンの主人公らしく、ストレートで感情移入しやすいように描こうとしているのに、度々モームらしい人を嘲るような辛辣な意見が描かれ、その溝を埋めることは最後までできなかった。
もしフィリップがモームのような辛辣な人ならファニー・プライスをあそこまで助けないし、クロンショーの最後を看取ることもないだろう。ファニーやクロンショーに何度も手をさしのべるほどの人間なら、あんな冷酷な観察眼は持たない。男性に対しては愚かさと人の良さを描くが、女性に対してはさらに辛辣で、フィリップに尽くしてくれた伯母に対してもひどいものだし、ミス・ウィルキンソンなんか可哀想になるほど。
ミルドレッドに関しては、これ、モデルは男だったんじゃないの?と思った。オスカー・ワイルドも悪い男にメロメロになって全てを失ったが、それに似た体験をモームもしたのでは?と。
翻訳は素晴らしかった。巻末で翻訳者自身も書いているが「ピクチャレスク」に様々な訳語を当てていて、それによって読者もピクチャレスクの概念が理解できるようになっている。
注釈も非常に分かりやすく、満足できる新訳だった。
こういう大作は、私はきちんと把握できるようにメモを取りながら読むのだが、(作家の略歴が載るのはままあることだが)最後に主人公フィリップの略歴まで載っていて、メモ取らなくて良かったじゃん、と思った。本当に親切(すぎる?)。
モームは短編の方がいいな、というのが個人的な感想だが、これはこれで読んで良かった。 -
期待と失望の繰り返しだった日々から少しずつ前進し、かと思えばいともあっさりと「やめときゃいいのに」の状況に身を置くフィリップ。自分に向けられる厚意にはわりと無頓着なのに、つれない相手に尽くし、そのくせ尽くした見返りを求めてしまう彼の行動には共感できる部分もあって、自分の中の醜悪な部分を暴き出されているような気分になる。人生はどこまでもままならないもの。けれども、そうした苦難の中にフィリップという人物が醸造されていく道のりには深い感銘を覚えた。
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「主人公何してんの…?」と心配しつつ読み進めました。