- Amazon.co.jp ・本 (488ページ)
- / ISBN・EAN: 9784336060532
作品紹介・あらすじ
笑坂、女街道、分去れ……信濃追分の地理と風物を背景に、かの地で遭遇した不可思議な体験を描く「煙霊」「石尊行」。団地のそばの川を遡ることは時間を遡ることに似て、わたしの記憶はいつしか少年期を過ごした生まれ故郷の朝鮮北部へと導かれていく。望郷と断念の交錯する「二色刷りの時間」のなかでとらえた人間存在の喜劇性と不思議を、安らぎに満ちた筆致で描いた「思い川」。かつて信濃追分宿に実在し、隠れキリシタンであったがゆえに処刑されたという遊女・吉野大夫。二百年前の伝説を探し求め、定かならぬ伝承のラビリンスに足を踏み入れたわたしだったが、その正体はようとしてつかめぬまま小説は次々と脱線と増殖を重ねていく……谷崎潤一郎賞受賞作「吉野大夫」ほか、全11作を収録。
月報=金井美恵子・佐伯一麦・朝吹真理子
装画=タダジュン
装訂=川名潤(prigraphics)
感想・レビュー・書評
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傑作『挟み撃ち』以降、おもに1980年代の小説を収録している。
どれもこれも後藤明生っぽい人が登場するが、いわゆる私小説とはぜんぜん違う。とても風通しが良い。
それは彼自身の「楕円」の理論にもあるとおり、中心が2つあるからだ。つまり、語り手だけの視点が中心にならないように入念に回避される。
その方法というのが、他者の声、他のテクストをどんどん取り入れていくという手法。そして語り手を相対化する笑いの手法。
私がとくに好きだったのが「吉野大夫」という小説。
後藤明生氏が山荘をもっていた追分にむかしいたという吉野大夫という、昔の言い方でいえば「飯盛女」、つまり下女という名目ではあるが事実上の遊女についての小説。
彼女は隠れキリシタンかもしれず、追分で処刑されて、その墓が追分にあるという……
いかにも物語になりそうな話だが、後藤明生にかかるとそうはいかない。物語化がたくみに回避される。
これは後藤氏自身の興味の持ちかたにも表れていて、彼は吉野大夫に興味を持ちつつ、なかなか調査のために重い腰を上げない。この矛盾の力学の中で、話は「アミダクジ」式に脱線していくのだった。
私はこの小説を、GoogleMapsで追分の地図を見ながら読んだ。全然知らない土地だから、ちょっとした旅行気分も味わえた。調べながら気がついたが、本作は地理の説明がやけに詳しい。詳細をみるコメント0件をすべて表示