絵本 龍潭譚

著者 :
  • 国書刊行会
4.20
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (96ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336075383

作品紹介・あらすじ

神秘と蠱惑の桃源魔界を描いた、天才泉鏡花の華麗なる幻想世界に、鬼才の絵師中川学が挑む!!《昭和のはじめ、数多の鏡花本装幀に貢献した小村雪岱のそれに勝るとも劣らない、「令和の鏡花絵師」としての中川学の真価が、このたびの「龍潭譚」復刊によって、より多くの人々の耳目を集めるだろうことを、私は信じて疑わないのである。》(東雅夫・本書解説より)

感想・レビュー・書評

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  • 名家の少年、ある日遠歩きして迷ひて、神社前でうつくしき人に出逢いけり。以下少し引用す。 

     わが思ふ処に違はず、堂の前を左にめぐりて少しゆきたる突あたりに小さき稲荷の社あり。青き旗、白き旗、二、三本その前に立ちて、うしろはただちに山の裾なる雑樹斜めに生ひて、社の上を蔽(おほ)ひたる、その下のをぐらき処、孔(あな)の如き空地なるをソとめくばせしき。瞳は水のしたたるばかり斜にわが顔を見て動けるほどに、あきらかにその心ぞ読まれたる。
     さればいささかもためらはで、つかつかと社(やしろ)の裏をのぞき込む、鼻うつばかり冷たき風あり。落葉、朽葉(くちば)堆(うづたか)く水くさき土のにほひしたるのみ、人の気勢もせで、頸もとの冷かなるに、と胸をつきて見返りたる、またたくまと思ふ彼の女はハヤ見えざりき。何方(いずかた)にか去りけむ、暗くなりたり。 
     身の毛よだちて、思はず啊呀(あなや)と叫びぬ。 
     人顔のさだかならぬ時、暗き隅に行くべからず、たそがれの片隅には、怪しきものゐて人を惑はすと、姉上の教へしことあり。 
     われは茫然として眼を睜(みは)りぬ。足ふるひたれば動きもならず、固くなりて立ちすくみたる、左手に坂あり。穴の如く、その底よりは風の吹き出づると思ふ黒闇々(こくあんあん)たる坂下より、ものののぼるやうなれば、ここにあらば捕へられむと恐しく、とかうの思慮もなさで社の裏の狭きなかににげ入りつ。眼を塞ぎ、呼吸をころしてひそみたるに、四足のものの歩むけはひして、社の前を横ぎりたり。
    (第4章 あふ魔が時 より)

     特徴的な旧仮名旧漢字、文語体の、流れの末にふと現れる「おそろしきもの」。
     泉鏡花23歳の時の作なり。読み難いやうに思へるかもしれないが、絵本を読み聞かせるやうに音読したまへば、アナ不思議、すらすらと概意を知れり。

    と、いふ処で中川学の「絵」の一頁のあいだあいだに現れたる巧妙さおそろしさに慄(おのの)けり。中川学の絵、読みを助けたるを知る。その様、光琳の意匠、喜多麿の艶、写楽のキャラ推し、北斎の構図が憑りついた如く魅了せり。

    白いヤギと黒いヤギ氏の映画「君たちはどう生きるか」の元本ならんという説には、何方とも言えず。しかしながらYouTubeで本書パイロット版の後に、一点「君たちはー」のネタバレ番組が流れり。氏の独断偏見にはあらず。

    柳田国男「山の人生」を認める以前に、神隠し譚の典型なり。いや、妖隠し譚か。それとも、単なる迷子を親切なる女性の家に送りたもうた顛末か。あやかしか、はたまた少年の思ひ違いか、そはたれも知らず。

    • 白いヤギと黒いヤギさん
      私の独断偏見です(笑)
      何しろ宮崎駿監督作品では、前作の「風立ちぬ」は見ながら、
      「…これは宮崎さん、最後の最後に、自分自身の『ファウスト』...
      私の独断偏見です(笑)
      何しろ宮崎駿監督作品では、前作の「風立ちぬ」は見ながら、
      「…これは宮崎さん、最後の最後に、自分自身の『ファウスト』をやろうとしているのかなぁ」
      なんて妄想しながら見てた人間ですので。

      中川学さんのイラストがもっと多くの方々に見てもらえるといいですね。ちょっとお高い本ですが。
      自分が紹介した本が他の人の目にも止まるのって嬉しいですね。ありがとうございます。
      2023/10/22
    • kuma0504さん
      白いヤギと黒いヤギさん、
      中川学さんのイラストは、何処かにPCに向かって描いているとあったので、デジタル絵画なんですよね。
      デジタル化が、こ...
      白いヤギと黒いヤギさん、
      中川学さんのイラストは、何処かにPCに向かって描いているとあったので、デジタル絵画なんですよね。
      デジタル化が、ここまで浮世絵と相性が良いのか、と新たな発見でした。もちろんだからこそ、泉鏡花と相性が良いのでしょう。

      実は、泉鏡花を本格的に読むのはこれが初めてで、その文体と独特の世界観、特にこの作品は日本的な神隠し譚をきちんと小説化していて、そっちの方に関心が行ってしまったので、こんなレビューになってしまいました。

      他にも「性の目覚め」とか、いろいろあるとは思いますが、今回はこの辺で。いろんな人に読んでもらいたいですね。
      2023/10/22
  • 狂喜乱舞!
    2011年に定価3万円、完全限定200部で作成された本が安価(2750円)で再発された。これは買うっきゃない!エラいぞ国書刊行会!

    「龍潭譚(りゅうたんだん)は泉鏡花23歳の時に発表した短編です。ある春の夕暮れ、主人公の少年は、躑躅(つつじ)が咲き乱れる丘で魔界に足を踏み入れてしまいます。行き惑う少年は、亡き母を思わせる美しい女人の庇護を受けて人間世界に戻りますが…。

    …以下、私の勝手な思いこみ
    宮崎駿監督作品「君たちはどう生きるか」は、このイメージを広げた映画だと思って見ていました。迷い込んだ冥界、跳梁跋扈する魔物たち、亡くした母を思わせる妖艶な女性、その足元に降り立つ鷺 等々…。今だに共通項を感じて離れられません。


    …なお、2011年に限定出版された時に、金沢泉鏡花記念館で上映されたこの本のイメージ動画は、今もYou Tube で「龍潭譚 Ryutandan」として見られます。中川学さんのイラストの素晴らしさをぜひ味わってみてください。超お薦めです!

    • 白いヤギと黒いヤギさん
      kuma0504さん、コメントありがとうございます。
      あくまでも私個人の思い込みです(笑)映画館では、「君たちはどう生きるか」に関する先入観...
      kuma0504さん、コメントありがとうございます。
      あくまでも私個人の思い込みです(笑)映画館では、「君たちはどう生きるか」に関する先入観も事前情報も何も無しで見始めたので、私の記憶の中にあったこの小説が勝手に結びついた…って感じです。
      …とにかく私は中川学さんの描くイラストが好きで、見つけると片っ端から手に入れているのですが、限定出版だったこの本は手に入らなかったのです。それが簡易化されているとは言え、再発されたのが嬉しくて、一人で盛り上がってしまいました、お恥ずかしい。
      うまく図書館に入るといいですね。
      2023/10/02
    • shifu0523さん
      レビューを拝見して、手に取りました。題字からして雰囲気たっぷりで、素敵な本でした。ご紹介ありがとうございます。お礼まで。
      レビューを拝見して、手に取りました。題字からして雰囲気たっぷりで、素敵な本でした。ご紹介ありがとうございます。お礼まで。
      2024/02/05
    • 白いヤギと黒いヤギさん
      shifu0523さん、レビュー、読ませていただきました。この本を手にして下さる方が増えてとても嬉しいです。紹介した甲斐があったことで、とて...
      shifu0523さん、レビュー、読ませていただきました。この本を手にして下さる方が増えてとても嬉しいです。紹介した甲斐があったことで、とても幸せな気持ちになりました。ありがとうございます。
      2024/02/05
  • 泉鏡花、そして繪草子『龍潭譚』の魅力とは?泉鏡花記念館学芸員 穴倉玉日(あなくら たまき)さんインタビュー:繪草子「龍潭譚」
    http://www.ryutandan.net/interview/anakura.html

    泉鏡花×中川学:繪草子「龍潭譚(りゅうたんだん)」
    http://www.ryutandan.net/

    ホーム - kobouzu.net
    https://www.kobouzu.net/

    絵本 龍潭譚|国書刊行会
    https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336075383/

  • 妖艶な絵、流麗な文体。
    文語の美しさについ声に出して読みたくなる。
    その文体にぴったりの美しい絵。
    ため息が出る。

  • 泉鏡花の世界・・・中川学の絵・・・。
    現代語訳になっていないのが良い。
    全部理解できなかったけれど、
    錆びの味がするような美しい世界観だ。
    絵本になっている鏡花の本を探してみようと思う。

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著者プロフィール

1873(明治6)年〜1939(昭和14)年)、小説家。石川県金沢市下新町出身。
15歳のとき、尾崎紅葉『二人比丘尼色懺悔』に衝撃を受け、17歳で師事。
1893年、京都日出新聞にてデビュー作『冠弥左衛門』を連載。
1894年、父が逝去したことで経済的援助がなくなり、文筆一本で生計を立てる決意をし、『予備兵』『義血侠血』などを執筆。1895年に『夜行巡査』と『外科室』を発表。
脚気を患いながらも精力的に執筆を続け、小説『高野聖』(1900年)、『草迷宮』(1908年)、『由縁の女』(1919年)や戯曲『夜叉ヶ池』(1913年)、『天守物語』(1917年)など、数々の名作を残す。1939年9月、癌性肺腫瘍のため逝去。

「2023年 『処方秘箋  泉 鏡花 幻妖美譚傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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