思春期ポストモダン: 成熟はいかにして可能か (幻冬舎新書 さ 4-1)

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 24
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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344980594

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりのたまきです。

    率直に言うと、微妙。

    焦点はおおざっぱに言って「若者」、その内「不登校」「ひきこもり」「摂食障害」などなど、まあそこそこ釣れそうなのが揃ってます。
    若者問題と精神分析、なんて超絶食い荒らされた果実って感じがするけど、まあたまきっぽく書かれてますw

    でも徒手空拳という感じがする。
    エアdisともいう。

    そして書かれたのが2007年だから、少しやっぱり、今読むには遅かった。
    今はもう、この本で言われていることが新しくともなんともなく、だいぶ常識のように思われているのでは。
    少なくとも、ひきこもりを病気だと考えている人は相当少ないんじゃないかなぁ・・・どうかなぁ・・・。

    「病因論的ドライブ」という言葉が頻繁に使われていますが、とにかく個人・家族・社会などにおける問題は、それ自体に病理があるのではなく、関係性が悪くて症状が出るのだ、という話。
    どの問題に対してもそういう話が当てはまるでしょ!ということです。
    まぁそうですね、うん、言われてみればそうだね、と思うけど、そもそもそんなに大発見という感じがないねー・・・

    『ネットは個人を匿名化し、その欲望だけを純粋に抽出するという機能を持っている』p106
    『「外見に気を遣う」ということは、人間関係にちゃんと配慮できている証拠』p139
    だそうな。
    この二行だけ気に入りました。
    あとはまぁ・・・うん。という内容。
    悪いわけではなかったけど、終始ドヤ顔な本でしたねw

  • 本書は、若者というものをあらためて考える必要があるのではないかという懸念から出発し、本書のサブタイトルでもある、いかにして成熟は可能かという疑問をひもといて、精神分析の視点から結論立てていく内容になっています。

    内容に関しては哲学を知っている方なら入りやすいと想います。
    知らない方は知らないキーワードなどがでてくるのでググってください。

    詳しくは下記のURLのブログにまとめて分かりやすく解説しているので参考にどうぞ。

    http://amba.to/mKXsDX

  • 筆者の言葉の作り方がなかなかいい。

    この本の主題は、「病因論的ドライブ」というもの。
    この本も、「思春期ポストモダン」という名前に惹かれて買った。

    その病因論的ドライブとは、「環境」も悪くなく、「個人」も病気では
    ないが、社会環境と自分の関係性により、問題になるということ。
    ただ、それは、関係性の問題ではなく、継続的に負のループに
    入ってしまうことで、問題を引き起こすことだという。

    つまり、ちょっとした理由で学校に行けなくなった人が、
    そのままひきこもってしまい、
    ひきこもっていることで社会に出ていけなくなり、
    それがさらに自分へのマイナスのイメージになり、
    さらに社会に出ていけなくなり、
    暴力をふるうようになる。
    というような問題のこと。

    筆者は精神病のお医者さんなのだが、すごく哲学的な本だと思う。

    昔は、生き延びることが命題であって、子供は中学卒業ぐらいには、
    独り立ちすることを求められた。
    もっと過去にさかのぼれば、15歳で元服し、大人の仲間入りをした。

    しかし、現代では、大学を卒業するまで独り立ちはしない。
    人は、幼い頃は親と自分との関係性にアイデンティティを持つ。
    しかし、思春期になって恋愛をしたりする中で、自分というアイデンティティ
    を持たなくてはいけなくなり、自分で自分の常識を考えていくことになる。
    ここで、成熟するための社会が昔はあった。

    しかし、現代では、大学を卒業し、社会に入っても、最初は育てられ、
    なかなか独り立ちとはいかない。だから、成熟年齢が上がっている。
    そこに解答のある問題をひたすら解いてきた経験が相まって、
    白か黒でしか判断できない未熟さが若者の中ではびこる。


    とのこと。

    あと、おもしろかった文章の引用。

    イタリアのマザコンは母親にひっぱたかれても尊敬し続けるが、
    日本のマザコンは母親を殴りながら甘え続ける。

    思春期を勝ち残るのは、極めて要領のよい「自分探し系」か、
    ルサンチマンをバネに向上心を捨てなかった「ひきこもり系」のいづれか、
    ということになる。

    ----------
    他の人のレビュー
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071218/143355/?rt=nocnt
    http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50963074.html
    http://blog.livedoor.jp/henry_mania/archives/1347147.html

  • 社会の成熟と個人の成熟は反比例するというのは納得出来た。また著者はラカン派精神分析の立場であり、「人間みなビョーキ」という見方もあるというのは面白かった。

  • 2010.12.14.

  • 関係をいじれば状況が変化する。
    http://takoashiattack.blog8.fc2.com/blog-entry-780.html

  • 「心理学化する社会」と一緒に読んだのだが、今の社会には「思春期の『こども』」を守る仕組みが欠如している。

  • [ 内容 ]
    メール依存、自傷、解離、ひきこもり…「非社会化=未成熟」で特徴づけられる現代の若者問題。
    しかし、これらを社会のせい、個人のせいと白黒つけることには何の意味もない。
    彼らが直面する危機は、個人の未熟さを許容する近代成熟社会と、そこで大人になることを強いられる個人との「関係」がもたらす病理だからだ。
    「社会参加」を前に立ちすくみ、確信的に絶望する若者たちに、大人はどんな成熟のモデルを示すべきなのか?
    豊富な臨床経験と深い洞察から問う、若者問題への処方箋。

    [ 目次 ]
    序章 若者は本当に病んでいるのか
    第1章 思春期という危機
    第2章 欲望を純化するネット社会
    第3章 境界線上の若者たち
    第4章 身体をめぐる葛藤
    第5章 学校へ行かない子どもたち
    第6章 ひきこもる青年たち
    第7章 「思春期」の精神分析

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • あー現代社会の基礎知識ですねー。

  • 時間がなくて平積みの中からあわてて買ったにしては面白かった。…ように思う。
    引きこもりや不登校を単に1つの問題にのみ帰属するのは間違いだと思うので(個人にも養育者にも、どちらに偏ってもいけない、ということ。かといって安易に社会制度の所為にするのは問題を丸投げしてる気がして好きじゃないし)、実際の臨床家が社会学的アプローチをとっているのは、現場に裏打ちされている気がして好感をもった。

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著者プロフィール

斎藤環(さいとう・たまき) 精神科医。筑波大学医学医療系社会精神保健学・教授。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)共同代表。著書に『社会的ひきこもり』『生き延びるためのラカン』『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』『コロナ・アンビバレンスの憂鬱』ほか多数。

「2023年 『みんなの宗教2世問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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