破壊の女神―中国史の女たち (ヒストリー・ブック・シリーズ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784403240416

作品紹介・あらすじ

本書は、古代から近代に至るまで、約三千年に及ぶ中国の歴史のなかで、実在・虚構を問わず、特記すべき女たちをとりあげ、その生の軌跡をたどったものである。

感想・レビュー・書評

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  • ほんの数人のことではあるけれど、『破壊の女神』にとりあげられた女の人生に深く関係する人物が、先日読み終えた『酒池肉林』に登場した人物だった……ということがあったりして、ときに『酒池肉林』に戻ったりしながら、興味深くこちらの本も読むことができた。

    『酒池肉林』では、絶大な権力をおさめた天子たちが、独裁者の内なるブラック・ホールというべき心の空洞を埋めようと、もの狂わしいほどの壮絶さで奢侈をエスカレートさせていったことが描かれていた。
    今回井波律子さんは、「方法こそさまざまだけれど、いずれも既成観念や社会通念に抗い、これを壊した存在、ある意味「破壊の女神」たち」を登場させた。
    『破壊の女神』は、古代から近代に至る中国の歴史のなかで、実在・虚構を問わず、特に重要な女たちをとりあげ、その生き様をたどったものである。

    第1回から第4回までは、古代から中世に至るまで、おのおの権力機構の中枢と、何らかの形で深く係わった女たち。
    第5回から第10回までは、主として中世から近世に至るまで、時代状況と鋭く切り結びながら、あくまで周辺的な存在として生き抜いた女たち。
    最終回の主人公は、中国の王朝時代の幕引役、清の西太后。
    について記されている。

    なかでも第2回「女たちの漢王朝」と第4回「北朝の女たち──独孤皇后から則天武后へ」は、かなり読みごたえがあった。

    第2回「女たちの漢王朝」では、漢王朝のトップレディは、任侠の親分の娘だった呂后を嚆矢として、そのほとんどが低い階層の出身であったことが説明されている。「彼女たちは絶対権力者たる皇帝に愛され、その後継者を生むことによって、自らの地位を確保し、夫たる皇帝の没後、隠然たる母の力・祖母の力を発揮し、いわば王朝の大地母神として君臨することをめざした。」のだという。
    漢王朝は庶民出のトップレディが、すこやかに上昇をつづけることができた時代は、奇しくも漢王朝が隆盛に向かう時期と一致するが、皇后の悲劇あるいは破滅が続きはじめると、王朝じたいも下降の一途をたどったらしい。「こうした事実は、漢がいかに深く女性原理に浸透された王朝であるか、逆証明するものだともいえよう。」と井波さんは述べられている。

    第4回「北朝の女たち──独孤皇后から則天武后へ」では、独孤皇后が北朝隋の中国全土統一の原動力となり、彼女の描いた軌跡を力強く受け継いだのが則天武后だと描かれる。
    遊牧民族を中軸とする北朝の女性は、概して活発かつ行動的で、家の内部において夫を凌駕する強い力をもつケースが多いそうだ。
    14歳で文帝と結婚した独孤皇后もそうした北朝の元気な女の典型だった。夫文帝とつねに1対1の対等な関係にあることをモットーとした独孤皇后は、宮女と関係を持った夫を締めあげたばかりでなく、息子から親族・重臣にいたるまで、男女関係にルーズな者をやみくもに憎悪し排斥した。
    そして中国史上、ただ1人の女帝となった則天武后も北朝の女だった。
    一宮女から半世紀かけて、ついに皇帝にまでなった則天武后には、社会に風穴をあけた変革者、冷酷な陰謀家、醜聞まみれの淫女などなど、想像を絶する多面性に加え、名称や文字に異様に拘るなどミステリアスな側面もあったらしい。
    則天武后については、わたしは以前に山颯『女帝 わが名は則天武后』を読んでいて、フィクションではあるけれども彼女の内面を窺い知ることができたと思っている。そのときのブクログでの感想を読みなおすと、偶然にも山颯の文章に「破壊」の2文字が見つかり驚いた。
    「北朝遊牧民族の血を引くこれらの女たちは、荒馬に乗って草原を駆けぬけるように、颯爽と男たちの世界をつきぬけたのだった。」と最後に井波さんは綴る。

    男たちが「地獄の思いで遊んでいた」のなら、女たちが抱いた思いは何だったのだろうか。

    ──私が自分の世界を築くために、彼らの世界を破壊することを。──
       山颯『女帝 わが名は則天武后』より

  • 中国四千年の歴史を彩る女性たちを列伝形式で自在に語る井波さんは水を得た魚のようです。無頼漢あがりの劉邦が築いた漢帝国は、任侠の親分の娘だった呂后を嚆矢として出自の卑しい皇后が多く、母性を活かし大地母神として君臨することを目指した。漢は女性原理が浸透した王朝であると喝破されています。明代の才色兼備男装の娼妓柳如是の奔放不羈な人生は初めて知りました。魅力的な人物です。コンパクトな冊子ですが情報満載。欲を言えば、俠女や悪女も架空でなく、実在の人物で知りたいですね。

  • いやはや中国史に登場する女性はスケールが大きいです。「顰に倣う」で有名な西施は呉王夫差に殉じた物静かな絶世の美女のイメージしかありませんでしたが、呉滅亡後の商人となった范蠡との恋物語伝説があるというのは楽しい話です。西施の幸せを願いたい心境です。隋文帝の独孤皇后が夫文帝・子息煬帝を完全に耳じり、実権を握っており、後の則天武后に影響を与えたと思われること。唐・蔡?、北宋・李清照などの天才女詩人が申し合わせたように不幸な生涯をたどったこと。纏足が5代の南唐に始まり、北宋時代に一気に普及したのと同時的に女傑が活躍したとのこと。『楊家将演義』に出てくるという木桂英、杜月英、竇錦姑、鮑飛雲などの楊家の美女勇士の話しも実に楽しいです。そして『唐代伝奇』や『聊斎志異』に登場する聶隠娘、十一娘、十三娘などのカッコいい侠女たちも素敵です。彼女たちは正史に出てくるわけではないので、勿論、実在人物ではなく、脚色された伝説的人物といって良いでしょうが、日本とスケールが違います。チャン・ツィイー主演映画LOVERSのヒロインそのものです。悪女としては『金瓶梅』の潘金蓮が、『水滸伝』の武松に殺される姦淫の兄嫁そのものであり、殺されなかったらどうなったか、というパロディであるというのも楽しいです。この他、明末に強靭な知性と精神力で清に抵抗した柳如是、清の西太后など豪傑が多いです。一方、少女マンガ的な『紅楼夢』に登場する架空人物ですが、林黛玉と薜玉釵の対比などもあり、実に幅広く中国史の女性を取り上げており、知らなかった世界を随分知りました。

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著者プロフィール

中国文学者。国際日本文化研究センター名誉教授。07 年「トリックスター群像」で第10 回桑原武夫学芸賞受賞。主な著書に個人全訳「三国志演義」( 全4巻)「世説新語」( 全5巻)「水滸伝」( 全5巻) など。20 年5 月逝去。

「2021年 『史記・三国志英雄列伝 戦いでたどる勇者たちの歴史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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