- Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
- / ISBN・EAN: 9784413043618
作品紹介・あらすじ
いろいろな古代文明で、一週間を7日とする暦を使っている。ということは、神様は7日でこの世界をつくった、という神話ができる理由がある。人びとの生活のほうが先で、神話ができたのは後なのだ。暦に合うように神様は7日目に休んでいただかないと困る。神話より先に、人びとは7を大切にしていた、ということだ。その謎解きを、本書でしている。
感想・レビュー・書評
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非科学的だと思われているものは実は科学の発展に繋がった。占星術などから、天体を観察することで、天文学が生まれ、錬金術から、物質を実験するという発想が生まれ、化学がうまれ、不老不死を目指すことで医学が発展した。
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☆内容少
Sunday Monday
Wednesdayからは北欧の神名起源
古代ローマの暦→ユリウス暦→グレゴリオ暦 -
ニュートンもケプラーも自分の神を冒涜するような発見に愕然としたとか。また、コペルニクスが唱えた時点で、地動説は計算の精度も当時の天動説に劣っていたとか。なかなか思ってたんと違う話がたくさん。
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正直言って期待はずれでした。
肝心なところほど想像で書かれていることが多かったので。
あまり深みはないですけど、宗教と科学、宗教と数学、宗教と技術に関する記述はまずまずでした。
タイトルと中身の不一致はともかく、切り口は悪くないんですけどねぇ…。 -
新書文庫
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宗教,学問,芸術などが一体であった時代において,数学がどのように進化していったかを,様々な切り口で解説しており,面白かった。学者として有名な人には芸術家の側面があり,また芸術家として有名な人には学者としての側面もあるのだが,世間的に広く知られている代表的な業績によってどちらかに区分けされているということを知った。
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テキストが良くない。
内容も散漫な印象で、少し掴みにくい本だった。
知識としては得るところも多かったが、図画も少なく、ちょっと残念な出来。 -
生まれた時から1週間=7日を単位として生活していて、私が社会人になった時からは土曜日も休む週休二日制で暮らしています。ローマ人の物語を読んでいた時に、なぜキリスト教が爆発的に普及したのかという問いに対する私なりの回答は、キリスト教に入れば日曜日は午前中に礼拝した後、残り時間は仕事不要というものでした。私が当時の労働者だったら迷わずキリスト教に改宗したでしょう。
このようにして宗教と共に暦が導入されていったわけですが、この本では1週間はなぜ7日となったのか、月の名称のいわれなど、暦にまつわる話に始まって、西洋文明が発展したルネッサンスは、当時の先進域であったアラビアのお蔭であったという話もあり興味が持てました。
プラトンの時代に、数学の4科目に、算術・幾何学・音楽・天文学があり、動静の量、数(例:音楽は運動している数)を学ぶ別々の科目として規定されていたこと(p57)でした。音楽と数学が関連しているのは面白いですね。
また、個人的に地動説はどうも難しくてしっくりこなかったのですが、本当に止まっているのはどちらかという事実を判断することと、次に太陽がどこに「見えるか」を記述することは別問題、地球から見ているので地球が止っていると考えても差し支えなく便利(p173)という考え方は、私にとっては、今までの「もやもや」が晴れた気分でした。
以下は気になったポイントです。
・卑弥呼が殺された原因として、その時代に2回の日食があったがそれを卑弥呼は予言できずに権威を失墜、殺された(p24)
・ピラミッドをつくることで、労働した若者は、三平方の定理をしり、巨大な石を動かす技術をしり、重たいモノを持ちあげる道具を知ることになった(p29)
・古代エジプト人がキレイに見える形を考えているうちに、自然に黄金分割が図形の中に取り込まれたのだろう(p35)
・微分積分はニュートンがつくったというが正確でない、デカルト・パスカル・トリチェリ・カヴァリエリという人達の、考え方の流れの最後の詰めをニュートンが完成させた(p55)
・教育における数学の重要性に気づき、数学の4科目として「算術・幾何学・音楽・天文学」を選んだ、算術は静止している数、幾何は静止している量、天文学は運動している量、音楽は運動している数(p57)
・天文学者や数学者が10進法の位取りができるアラビア数字を使わなかった理由は、位取りができるバビロニア流の60進法には、細かい天文計算ができる小数点以下の書き方があったが、10進法は当時なかった(p65)
・東洋は陰陽の思想で、奇数が陽、偶数が陰、西洋でも奇数は割り切れないので、良い数と考える(p66)
・農作業の始まる月が1年の始まりで、年初は現在の3月くらい、日本でも1年の始まりは3月、太陽と地球の関係で起こる1年間の季節のズレの調整は2月で行った(p69)
・ピタゴラス派にとって、3と4を組み合わた数(足した7と、かけた12)は非常に大切な数(p83)
・計算ができる数字はアラビア数字のみ、それ以外の数字は基本的には記録用(p89)
・コペルニクスが地動説を提出したとき、ルター、カルビンのプロテスタントは一笑に付したが、カトリック系の科学者は研究しはじめた(p112)
・カノッサの屈辱(1077.1.25)において皇帝は破門を許されるが、その後反撃に移ってローマ教皇をバチカンから追い出す、さらにローマ市民によりローマからも追い出されて教皇は憤死した、皇帝も息子に裏切られ、ローマの町は荒廃していく(p121)
・キリスト教とイスラム教をつなぐ道は3つ、スペイン・シチリア・東ローマ帝国、これらの道を通って、イスラム教世界で発展した数学や科学がキリスト教にもたらされた(p143)
・ローマ時代、5惑星に対応する神様は、水星:商売の神マーキュリー、金星:美の女神ヴィーナス、火星:戦いの神マース、木星:最高神ジュピター、土星:農耕神サターン(p163)
・金曜日にキリストが処刑され3日後(日曜日)に復活、人間の罪を全て背負って磔になったキリストに感謝する日として、日曜日を神に祈り、神とともに過ごす日という意味の安息日とした(p168)
・天動説は、惑星の動きを記述するために 3000年間改良されてきたもの、太陽から各惑星までの距離もわからず、円軌道のモデルをつくったコペルニクスの地動説は、惑星の位置の計算の正確さでも天動説に負ける(p176)
・グレゴリオ暦は 1582年に施行され我々が使用しているが、カトリック国は採用したが、新教国はなかなか採用しなかった、カトリック国のほとんどは 1584年までに採用、ドイツは1775年、イギリスは 1753年、日本は1873年、ロシアは 1918年、中国は 1949年、ギリシアは 1924年である(p180)
・マヌ暦の最初の設定は、1月が現在の3月にあたるマルスの月、マヌ暦が改暦されると、1月をヤヌアリウス、2月をフェブラリウスにしたが、3月以降は変えなかったので、数字で命名した7~10月までの月がそのまま残って7月以降の月が、ラテン語の表す数値を2つずれた、7月も8月ももともとは数を表す名前がついていたが、シーザーとアウグストゥスが自分の名前を入れた(p198)
・3月から6月(当時の1~4月)は農作業とその実りを願う大切な時期なので、すべて神様の名前をつけた(p198)
・クリスマスイブに、クリスマスを始めるのは、夕方から一日を数える教会暦の方式に基づいている(p206)
2013年6月16日作成 -
新年度が始まり新しい環境に身をおかれている方もみえると思います。学生から社会人になり月曜日のつらさが重みを増している人もいるかもしれません。いろいろな思いで始まる1週間、なぜ7日と決められたのでしょうか?読み進めていくうちになるほど!と思わずにはいられません。数と暦の世界へさあどうぞ。