- Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
- / ISBN・EAN: 9784414400960
感想・レビュー・書評
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気になっていた本。やっと読めた。
「臨床心理学」とは何なのか。
他のケアシステム(野の医者)を知ることで,治療とは何か,臨床心理学との違いは何かを探っていく。
読み終わった後にこの題を見て,ある意味で総括になっているんだなと思った。
「宗教の末裔であり学問である」のが臨床心理学。
クライエント側からしたら学問である必要はないんだろうけど,それでもこの資本主義の世界で治療者とクライエントでない人にもその意義を説明してお金を出してもらうには,学問であることが大きな力を持つ。
・野の医者は自らが患者であり,治療行為が自らをも癒やす
・野の医者の治療とは軽い躁状態まで回復すること(精神分析の場合は悲しみをきちんと消化し,しっかりと悲しめるようになること。松木先生の帯にも)
治療者の技法にどれだけクライエントを巻き込めるかが治療成果を左右する。だから野の医者は喋り倒すし,臨床心理士は治療機序を詳しく書き込む。クラインマンの説明モデルとポストモダンについては普段からボスにも言われていることだけど,文化要因(経済水準,産業,性役割,宗教など)と説明モデルの関連について調べてみたいなあ。 -
やはり似たようなことを考えるひとはどこかしらにいるわけで。そういう意味で、この本を手渡されたときは何だか安心した。
いわゆる在野の治療者というものから、一応学問的なものであるとされる臨床心理学を照らし出してみようという試み。在野ということで、宗教から心理学やら何やらまで拾えるだけ拾う。だが、どれにも言えることは、ひとつ、「信じる」という一点で成り立っているということだ。霊を信じるか、気を信じるか、イワシの頭を信じるか、認知を信じるか、信じるものに違いはあれ、何かを信じていることには変わりない。治療とは信じることから始まる。同じ事を、なだいなだは宗教を求めるひとの心から、明らかにした。
どうやら、何かを信じるということなしには生きることはできないようだ。では、なぜ信じることが可能なのだろうか。この驚くべきことがいまだに置き去りにされてしまっている。どんなに信じるメカニズムを、治療のメカニズムを明らかにしたって、結局それらを「信じている」というところからは逃れられない。ユングはだからこそ、「集合的」無意識なのだと言ったのだ。自分を超え出た何か。仏教なら弥陀の本願とでも言おうか。キリスト教なら、主というものか。彼らがすごいところは、そういう存在しない存在が、今のこの自分という存在を存在可能にしていると言ったところにある。「あちら側」というのを使ったというところに力があるのだ。
心の治療は時代の子だと筆者は言う。だが、マーケティングなどというものは、今に始まったことではない。それこそ、ひとがものというものを知ったその時から、あったといっても過言ではない。そして、誰が今はマーケティング重視だからと言って心の治療を始めるだろうか。たしかに、自らが傷を負い、治療を受け治療者となり、再び治療者を育てることで自分が治療される、そこには売り手と買い手の市場のようなものが見える。だが、マーケティングは結果的にそういう形をとっただけに過ぎない。心の治療をするのに、そのような形をとることの方がすごいことではないか。時代というものをどうして心の治療が感じ取れるのか。
ひとりの治療者にそのようなことを求めるつもりは決してないが、必ず同じところに行き着くはずだ。なぜ悩むのかではなく、なぜ悩むことができるのか、どうして悩んでいるとわかるのか、こういったことを考えていかなければ、数千年前と何一つ変わっていない。 -
臨床心理士が野の医者(スピリチュアル・ヒーリングなどを行う人々)の治療とは何かを調べるアカデミックエッセイである。
こう書くと野の医者を否定している意見が連なるのではないかと思ったがなんとも言えずグレーな意見が続く。
それは著者のフィールドワークを行っていた時期とも関係している(就職浪人中)
なので彼自身は西洋医学では解明できない自分の進路を雷にうたれたようなスペシャルな事(啓示)がおきて、おぉー野の医者にはそれなりのミラクルが起きるのだと言いたい気持ちが勝っている。
だが起きない。
面接で落とされ続ける。
神々しい預言者は表れない。
何人ものイベントや野の医者に会い続ける。
そこで彼は野の医者のシステムや治療によって得られるものは何かの仮説はポツポツと手に入れ始める。
そのバラバラであったピースを並べ替えた時に彼は自分を癒すという壮大なカウンセリングの成果を手に入れる。
心の治療とは何か?
その大きすぎる難問が解けたわけではない。
ただ考え続けてのたうちまわった著者の前に現れたものは何とも素晴らしかった。 -
笑える学術書を著そうとした著者の、チャレンジ精神に敬意を表します。
時々笑わせながら、でもきっちり自分の主張は伝える野心作。心理学科に入ろうかと思っている若い人に読んでもらいたいです。 -
自分にとって、臨床心理学のバイブルとなりそうな本。
軽薄なもの、不真面目なものが大切である。
資本主義の中で、いや、人間社会の中で生きていくためには、
「自分に見合った」「フツーに」生きることがシンプルかつ究極の答えなのではないか。
心を病む人は、真面目な人だと言われており、自分の師の一人はそう一刀両断してしまっていた。あながち間違いではないのだろう。そんな人が「フツーに」生活するために、「軽薄さ」そして「笑い」が大切なのだ。
自分に見合ったフツーに生きられるようになり、自分の居場所ができること、これがきっと心の治療だ。 -
自分は心の治療をする立場ではなくカウンセラーを目指すものである。しかし、この本を読んで技法や理論をすぐに使いたがることは止めようと思った。「無理やり支援」にならないよう相手に寄り添う姿勢を大切にしたい。もちろん、学びは継続する。
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4.1