からだの文化人類学: 変貌する日本人の身体観

著者 :
  • 大修館書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784469212938

作品紹介・あらすじ

こわれたからだ、こわれた人間関係。日本人はなぜこんな形で遺体にこだわるのか。摂食障害やからだへの暴力がなぜ増えるのか。生も死も医療化していくなかで、揺れ動く日本人のからだを読む。

感想・レビュー・書評

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  • 5章
    遺体は見せびらかしされ、亡くなった人が生き残った人々に見ることを要請している、周囲は見ることを強制されている。遺体の存在は絶えず遺族を始め周囲の人々に意識され、香を炊いたり水を変えたり火をつけたりする度に人々は頻繁に遺体に接近することになり、見ることになる。死者に主体性があると想定すると、死者が遺族に供物を捧げ、遺体を見るように要請している。魂が体から離れやすい、そして離れてからになった体には魔物が入りやすいという考え。一方火葬され骨壷に収められた遺骨には死者の霊魂がしっかりと沿っていて、遺骨と霊魂の関係は安定した状態にあるとみなされている。遺体の見せびらかしは個人の存在における体が持つ意味をいった暴きそのうえで周囲の人々に生じた混乱や困惑を収めるためのプロセスの重要な第一段階であると筆者は考える。〇見せびらかしは死亡した人が存在し続けることを示すと同時に、存在の内容に変化が生じたことを強調することによって、死というものの意味を生き残ったものに明示している。
    〇葬儀での不自然な行為は、死や遺体の存在を特別なものであると印付けするうえで、簡単で印象深いものはない。霊魂は完全に自由ではなく、身体と霊魂との関係の変化が強調されてきた。そしてその変化が順序よく行われることが、死者としての資格を得るうえで重要とされる。
    〇生き残った人が亡くなった人から遺体を通してメッセージを受け取るが、核家族化や生前接した経験が少ないと、葬式において遺体が顕されることは少なくなる。また、散骨などで自分の周囲に置かない、死後の個人の存在の持続に否を唱える人々が生じることを示している。

  • 過去の日本人がどのように身体と命をあつかってきたか、現代の日本人がどのように身体と命を取り扱っているか、その理由はどこにあるのか考えさせられる本。批判など一切されていないが、身体と命を大切にしなくなってしまった日本人を憂う温かな視点を感じます。

  • 分類=文化人類学・身体。05年3月。

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著者プロフィール

波平恵美子(なみひら・えみこ):1942年福岡県生まれ。九州大学卒業、米国テキサス大学博士課程Ph.D取得、九州大学大学院博士課程単位取得退学。佐賀大学助教授、九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)教授、お茶の水女子大学教授を経て、現在、お茶の水女子大学名誉教授。専門は文化人類学、ジェンダー論。著書に『ケガレの構造』(青土社)、『ケガレ』(講談社学術文庫)、『文化人類学 カレッジ版(第4版)』(編著、医学書院)、『病と死の文化』『日本人の死のかたち』『医療人類学入門』(いずれも朝日選書)、『いのちの文化人類学』(新潮選書)、『からだの文化人類学』(大修館書店)などがある。

「2022年 『病気と治療の文化人類学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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