戦後日本の高等教育改革政策: 「教養教育」の構築 (高等教育シリーズ 135)

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  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784472403279

作品紹介・あらすじ

戦後の大学改革政策はどのような理念の下で、そしてどのようにして決定されたのか。アメリカ型をモデルとした「一般教育」や「単位制」が本来の精神からはずれ、高等教育改革が混迷していく過程を、未公開の一次史料や当事者へのインタビューに基づいて究明する。今日の高等教育と教養教育のあり方を原点に立ち返って論究。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は、戦後、当時のアメリカの新しい概念だった一般教育を取り入れる過程と、日本自らが再編する様子を史料から分析している。歴史的経緯を踏まえずに、今日の教養教育の在り方を考えても、堂々巡りなってしまうと思い、手に取ってみた。

    2004年4月、ハーバード大学では、「21世紀アメリカの高等教育と教養教育」に対応すべく、カリキュラム改革を断行した。これは1945年のハーバード委員会報告書『自由社会におけるゼネラル・エデュケーション』が提言した際の「責任ある市民」を念頭に、再び今日のそれを模索した。2005年の将来像答申でもアメリカの影響を受け「21世紀型市民」の育成を謳った。混沌とした不透明な時代を生き残るためには、複眼的洞察力と批判的精神を培う「リベラルアーツ・エデュケーション」が不可欠であるとしている。これは批判的思考力を高めるための自由技芸であり、教授法の変革も含まれた。

    戦後の高等教育改革は「再編」に終わった。ゼネラル・エデュケーション(一般教育)は、旧制大学予科・高等学校の教養教育と混同され、専門教育のための予備的なものと誤解され、現行の4年制を前期と後期に分けることに繋がった。
    前掲の『自由社会におけるゼネラル・エデュケーション』は、中等学校・大学の有機的連携を重視した。また、大学の大衆化の促進ともとれる「大多数の人の一般教育」が目的とされた。ここにエリート養成のためのヨーロッパ型のリベラル・エデュケーションとの違いがある。
    ゼネラル・エデュケーションは、リベラル・エデュケーションの歴史の1つに過ぎない。

    半世紀以上を経て、漸く教養教育の在り方答申で、「新たに構築される教養教育は,学生に,グローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対応し得る統合された知の基盤を与えるものでなければならない。各大学は,理系・文系,人文科学,社会科学,自然科学といった従来の縦割りの学問分野による知識伝達型の教育や,専門教育への単なる入門教育ではなく,専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知的な技法の獲得や,人間としての在り方や生き方に関する深い洞察,現実を正しく理解する力の涵養など,新しい時代に求められる教養教育の制度設計に全力で取り組む必要がある。」と述べられ、当時のCI&E教育課(総司令部民間情報教育局教育課)が示した「一般教育」の精神にたどりついた。

    著者は結章で、四年制大学の改革政策は、羅針盤もなく航海を漂流したようなものであった。そのため、制度上の崩壊にとどまらず、一般教育・単位制の崩壊に結びついたとし、高等教育の将来像答申における、教養教育は戦後一貫して模索が続いたことを率直に認めた、と結論付けている。学士課程教育答申でその趨勢が変わったかどうかは、なお研究を要するところと思えた。今、教養教育の在り方の再定義するタイミングにふさわしいはずだ。

    その他、メモしておきたいことは以下のとおり。
    アメリカでは、社会と一般教育の関係が議論される。平和を求めると一般教育の活性化が求められ、大恐慌等の不況の折には職業教育を優先させる。冷戦の影響下での科学技術政策振興の際には、専門教育が重視される。こうした議論の中でいわば重点分野が変移していくといえる。
    このことは、戦後日本に対してもいえることで、アメリカの使節団が、戦中のように政府に対して盲目的に従順するのではなく、批判的な精神が持てる市民の育成を望んだとしている。(pp.153関係)

    シカゴ大総長のハッチエンスが「一般教育」の仕組みを作った。意外なのは戦前の1939年に日本でも、敵国のアメリカの事例を教育審議会で議論されていたことだ。ちなみに、シカゴ大学の教養学士号の授与要件は、基礎的な知識、専門の知識と方法、人文科学、社会科学、自然科学、数学の知識、自己表現ができるかどうかの能力を測る7科目の「総合試験」に合格することだった。(pp.125関係)

    ハーバード大学に今でも継承されている「教養人(Educated Person)」のリベラル・エデュケーションの目標は、①偉大な思想を学んだ上で培われる謙虚さ、②人間性(人間の本質の理解)、③時代の変化に対応する柔軟性、④批判精神、⑤広い視野、⑥古典的・普遍的問題の倫理的・道徳的理解の6点にある。

    「7つの原則」は、1980年代後半から米国高等教育学会(American Association
    for Higher Education)の研究グループを中心に開発されたものである。この成果は、全米の大学関係者の間で最も認知度の高い教授法であり、現在でも全米をはじめ世界の多くの大学で活用されている。
    ●優れた授業実践のための7つの原則とその実践手法
    1.学生と教員のコンタクトを促す
    2.学生間で協力する機会を増やす
    3.能動的に学習させる手法を使う
    4.素早いフィードバックを与える
    5.学習に要する時間の大切さを強調する
    6.学生に高い期待を伝える
    7.多様な才能と学習方法を尊重する

    2011.10.29追記
    高等教育政策論(1)で37頁から76頁を読むよう指示があった。今回は政策の観点で読まないといけない。ちなみに前回は一般教育の産声に興味があって本書を読んだ。

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著者プロフィール

1945年、中国撫順市に生まれる。コロンビア大学東アジア研究所研究科修了。コロンビア大学大学院ティーチャーズ・カレッジ(比較教育学専攻)で教育学博士号取得。東京大学大学院で教育学博士号取得。現在、帝京大学高等教育開発センター長・教授。
主な著書:『米国教育使節団の研究』1991年、『新制大学の誕生―戦後私立大学政策の展開』1996年、『戦後日本の高等教育改革政策―「教養教育」の構築』2006年、以上玉川大学出版部刊、『ティーチング・ポートフォリオ―授業改善の秘訣』東信堂、2007年、訳書:マーク・T・オア著『占領下日本の教育改革政策』玉川大学出版部、1993年、他

「2011年 『学習経験をつくる大学授業法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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