日本の「哲学」を読み解く―「無」の時代を生きぬくために (ちくま新書)

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著者 : 田中久文
  • 筑摩書房 (2000年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480058690

日本の「哲学」を読み解く―「無」の時代を生きぬくために (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 西田幾多郎、和辻哲郎、九鬼周造、三木清の4人の哲学者たちが、いかにして日本独自の哲学を築いていったか、それらの思想形成はどのような影響によるものか、そして思想がカタチとして発展するにつれて、結局は彼ら自身が形而上学の罠に嵌ってしまう過程などに触れられています。記述やアプローチに目新しさはありませんが、解説が非常にオーソドックスなので、「日本近代哲学史」の入門書としてお勧めです。

  • 西田幾多郎、和辻哲郎、九鬼周造、三木清らの「無の哲学」の系譜をたどり、彼らの限界とその思想を現代に生かす道筋を論じている。西田哲学の解説だけは若干こなれていない印象を受けるが、「無」を中心概念とする日本の哲学の全体像が、かなり明瞭につかめるように思う。

    西田は、私たちの意識の根底に「絶対無の場所」が存在すると考える。後期になると、この「絶対無の場所」は、具体的な現実における人間と世界との動的な関係を成り立たせる働きとして捉えなおされる。だが「絶対無の場所」は、意識の根底にある究極的な形而上学的原理という性格を払拭することはできなかった。だがこのことは、何ものも前提してはならない「哲学」の立場にとっては問題であると著者は考える。

    和辻は人間存在を「間柄」の中で把握しようと試みた。彼は、「個人性」と「全体性」とは、どちらもそれ自体では存在できず、たがいに否定しあうような仕方で成り立っていると考えた。こうした相互否定的な関係を、彼は「空」と呼ぶ。だが和辻も、「空」を形而上学的原理にしてしまったと著者は批判する。和辻は「空」を、人間がそこから出てそこへ戻ってゆく「故郷」と呼んでいるが、ほんらい「空」は、既成の倫理をつねに批判する「否定の運動」として捉えられなければならなかったはずだと著者は考える。

    九鬼は『「いき」の構造』の中で、江戸の遊里で生まれた美意識である「いき」についての考察を展開した。彼は、たがいに接近しながらけっして一つに結ばれることのない男女の緊張関係に「いき」の本質を見いだす。こうした発想は、彼の主著『偶然性の問題』にも引き継がれる。そこでは、偶然的な生を送る個人が出会っては別れてゆく「運命」と真摯に向き合う生き方が論じられた。ところが晩年の九鬼は、そうした「運命」を日本的な「自然」の内に溶かし込むことで、個と個の間に張り渡された緊張関係を弛緩させてしまったと著者は批判している。

    最後に三木は、動物とは異なって環境から解離しているために、たえず新たな「技術」を作ってゆかざるをえない人間のあり方を「虚無」と捉えた。だが彼は、現実の中での人間存在のあり方を意味する「虚無」と、宗教性を帯びた「無」の思想とのつながりを明確にすることはできなかったと著者は考える。

  • 日本の哲学者による、
    日本の考える哲学。

  • [ 内容 ]
    はたして、日本に独創的な哲学など存在したのであろうか。
    明治以降、西洋思想の輸入に明け暮れていた日本。
    しかし世界恐慌を機に、模範としていた西洋近代の諸理念が崩れていった一九三〇年代、日本でも初めて独自の哲学が生み出されていく。
    それは、いかなる形而上学原理をも前提としない「無」の哲学であった。
    そこには、すべての価値観が色あせた時代にあっても、なお「生きた力」となりうるものが潜んでいるのではなかろうか。
    西田幾多郎・和辻哲郎・九鬼周造・三木清ら、日本の哲学山脈を形づくった四人の思想をわかりやすく解説し、現代を生きぬく知恵を探る。

    [ 目次 ]
    第1章 西田幾多郎―「無」の哲学の創成(最も確実な知識を求めて;創造的自己としての「自覚」;意識の根底にある「無の場所」 ほか)
    第2章 和辻哲郎―「間柄」の底にある「空」の運動(美と倫理の間;人間存在と「空」;否定の運動 ほか)
    第3章 九鬼周造―「無」としての「偶然性」(出会いと別れ;「いき」の倫理学;「偶然性」への問い ほか)
    第4章 三木清―「虚無」からの形成(「中間者」としての人間;「闇」としての「基礎経験」;歴史を作りだすもの ほか)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 西田の「無」を中心に4人の哲学を概説し、かつ批判的検討を加える。わりと読みやすい。伝記的要素は少ない。

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日本の「哲学」を読み解く―「無」の時代を生きぬくために (ちくま新書)の作品紹介

はたして、日本に独創的な哲学など存在したのであろうか。明治以降、西洋思想の輸入に明け暮れていた日本。しかし世界恐慌を機に、模範としていた西洋近代の諸理念が崩れていった一九三〇年代、日本でも初めて独自の哲学が生み出されていく。それは、いかなる形而上学原理をも前提としない「無」の哲学であった。そこには、すべての価値観が色あせた時代にあっても、なお「生きた力」となりうるものが潜んでいるのではなかろうか。西田幾多郎・和辻哲郎・九鬼周造・三木清ら、日本の哲学山脈を形づくった四人の思想をわかりやすく解説し、現代を生きぬく知恵を探る。

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