子どもの悲しみの世界 (ちくま学芸文庫 モ 1-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 1
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  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480082381

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  • フロイトの「対象喪失」について、文学作品や事例などを挙げて解説している。文章自体は非常に平易で、専門的な用語があまり使われていないのがいくらか物足りない感じもある。逆に言えば著者からすると、一般読者に向けて書いたのであろうが、「対象喪失」という言葉自体がその方面に興味がなければぴんとこないであろうから、単行本時はさして売れなかったようだ。学術文庫になっても、まあ、それほど売れ行きはよくはないだろうけれど。

    まず最初に気に入らない点は、精神科医は「健常者」という観点にいささかしばられている点である。健常か否かという観点に縛られると、それはそれで面白みがなくなる。狂気というものは健常の反対であるからして、そうしたものは全般的に押しやられる。著者があげる文学作品においても、対象喪失→回復という過程が主立ってあげられてその部分が評価されている。逆に、喪失→回復に至れなかったものは不幸であるといった形で締めくくられる。自殺は狭い考えに縛られているからだと断じる。まあ、著者もそのあたりはわかっているのだろうけれど、わかっていてあえてそういったふうに記述しているのだろうけれど、それでも、「健常志向」を推されるといささか不快になってしまうのも事実だ。著者は批判的にのせていたが、プリニウスの、「神さえ決して万能なわけではない。神は自ら欲しても、自殺することはできないのだから……」という台詞はなかなか愉快であるけれども、ね。

    しかし、対象喪失の、幅を「人から、もの、環境、身体の一部やイメージ、目標」まで広げてしまえば精神的な症状などは多くが対象喪失で捉えることが可能となるだろう。ロジャースによる、理想的自己と経験的自己のズレによって生まれるとする症状にしろ、「自己イメージの対象喪失」として捉えられてしまうわけである。また、「人」が含まれることで、「対象関係論」までもが取り入れられるのだから、実は対象喪失とは、包括的な概念でもある。また、対象喪失には分離不安も含まれる。とはいえ、対象喪失が誰にも起こりうることであり、その言葉自体に症状性は含まれていないが、分離不安は、この言葉自体が既に症状性を帯びている。また、対象喪失は実際の喪失であるが、分離不安は喪失するかもしれないという不安であり、主に対象は人間である。分離不安はマーラーが分離個体化という概念を提唱しているけれども、母親から分離し個人と至る過程である。この過程で誰しもが不安に陥るが、分離不安と言うときは、その不安が異様であり、結果として、症状が出現してしまうといった具合である。だが、対象喪失は不安ではなくて喪失であり、喪失にはありとあるものが含まれるため、人は生きる中で絶えず喪失を続けていると言えよう。

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