哲学の誕生: ソクラテスとは何者か (ちくま学芸文庫 ノ 7-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480097941

感想・レビュー・書評

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  • ソクラテスの生きた時代は、ソクラテス・プラトンだけが突出していたのではなく、同時代に生きる思想家たちの大きな潮流の一環として位置付けとして再認識すべきとして、紹介しつつ、後代における主にソクラテス思想の受容の仕方を紹介した著作。

  • 納富信留『哲学の誕生』ちくま書房,2019(初出2005)

    だいじな本である。ポイントはソクラテスの「無知の知」というのは誤りだし、問題が多いと論証しているところだろう(第六章)。教員採用試験の用語集とか、高校の倫理の教科書もそのうち書き換わるんじゃないかな。(もう書きかわっているかも)

    (プラトンの)『ソクラテスの弁明』で言っているのは、原文にもとづくと「知らないと思う」(不知の自覚)という透明な自覚で、この意味で『論語』の「知らざるを知らざるとなす」と同じだそうである。それで、「知」を二重化する「無知の知」というような「メタな知」ではないそうだ。そもそもソクラテスは対象をもたない「知」を認めていないのである。日本で標語のようにいわれている「無知の知」は明治以来の哲学の受容のなかで、禅や儒学の下地のうえで言われだした誤解なんだそうだ。要するに、ソクラテスはそんなに難しいことを言っていないのだけれど、実行するのは難しいのである。ついでにいうと「悪法も法なり」は「厳しい法も法である」という意味とのこと。

    第一章は、ソクラテスが毒杯をあおいだところを書いている『パイドン』の舞台が、ピタゴラスと関係があると指摘していて、「哲学者」(知を愛し求める人)という言葉をつかったのはヘラクレイトスという人で、ピタゴラス派の「博学」を批判した言葉だったそうだ。プラトンにはピタゴラス派の影響がある。ちなみに哲学のはじまりをタレスとするのはアリストテレスの『形而上学』に書いてある意見で、文献的にはピタゴラス派を指す方が有力なようである。

    第二章・第三章は「ソクラテス文学」というジャンルがあったことを書いている。ソクラテスの死後、いろんな人がそれぞれの立場からソクラテスについて書いており、プラトンもその一人だった。それで、クセノフォンとかいろんな断片もみていかないといけないという話で、学問のやり方の話が主となっていると思う。プラトンの『ソクラテスの弁明』も決して歴史的ソクラテスをそのまま書いたものではなく、プラトンの創作として扱わなければいかんそうだ。もちろん、創作だからといってデッチアゲではなく、ソラクテス裁判の「真実」を探究するものである。

    第四章は、ソクラテス裁判の背景を書いている。前404年、ペロポネソス戦争でアテナイが負けて、スパルタ王の後援をうけてアテナイにクリティアスらの「三十人政権」ができた。この政権は裁判にかけずに殺された人もふくめて、1500人も市民を弾圧して殺したのだが、一年でこの寡頭制が打倒され、民主制が復活する。ソクラテスの処刑(前399年)の時期には民主派の復讐心が渦巻いていた。ソクラテスの罪状は「瀆神」のほうはあまり問題にならず、「若者を堕落させた」ことが主になるんだが、この「若者」が「三十人政権」を指導したクリティアスだったり、アルキピアデスであったりしたそうだ。なんとなく、プラトンの民主制ぎらいが分かる気がする。

    第五章はソクラテスとアルキピアデスの関係を書いている。アルキピアデスは美男で雄弁で金持ちという「アイドル」のような人なんだが、ペロポネソス戦争の和平を邪魔して、シチリアから包囲して全ギリシアを支配しようとする作戦を考えて、アテナイのために戦い、気にくわないことがあって裏切ってスパルタに走り、「そこまでやるか」と思うくらいアテナイ軍の攻略法を教えてたりした。だけど、スパルタでも王妃を誘惑して孕ましてしまい、暗殺指令がでて、ペルシアに逃げてペルシアも手玉にとった。里心がでてアテナイに戻ったときは、なぜか英雄扱いされた。とにかく善にも悪にもふりきれた人だったらしい。この人を教育したかどでソクラテスは断罪されるんだけど、アルキピアデスはソクラテスの魅力が分かっていて、「一生そばにいるしかない」はめになるんで、ソクラテスを避けたそうだ。だから、アルキピアデスについてはソクラテスに政治目的で近づいた「ほんとうの弟子ではない」という弁護は、弁護になっていないんじゃないかという指摘がある。

    補遺はソフィストと哲学者をわける発想は「ソクラテス文学」の作品群のなかでも、プラトンに独特な点で、この意味でプラトンの創作だそうだ。ソクラテスの時代はこんな区別はなかったと指摘している。

    全体的にソクラテス裁判の歴史的背景がしっかり書いてあって、古典屋の仕事だなと思った。おもしろかった。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/737633

  • 哲学者として有名なソクラテスに対する考察本。
    有名な『無知の知』が、「知らない事を知っている人の方が知らない事を知らずに語る者より優れている」という論ではない説明がとても面白かった。
    ソクラテスの著作は何もないので、その思想は弟子や知人というフィルターを通じてしか残っていないため、そこから吟味する必要がある、という主張なのだが、正直前半は読み飛ばしてしまった・・・。

  • 最新の研究成果が導入され、人口に膾炙したソクラテス理解を誤りとして指弾している。厳密な学問的態度を貫くため、文献の一字一句を詮索するのはある意味仕方ないだろう。それより私にはソクラテスを巡る知的攻防が、ソクラテスの生前においても死後においても沸騰していた様子が浮き彫りにされていて、面白かった。当然ソクラテスも聖賢の称誉を始めから得ていた訳ではなく、ソクラテスの生前の活動を基軸としながらも、死後において弟子達がソクラテスを巡る誤解や紛争を乗り越えて、真実に近づく形でソクラテス理解を確立したからこそ、我々はソクラテスに学ぼうと発奮するのである。とはいえ、少なくとも私にはソクラテスがしたような悠長な議論をする時間はないし、言論に専心する以上に働いて生活をしていく重要性を重く見ている。その点を踏まえて、ソクラテスに何を学ぶのか、この問いは真剣になされるべきだ。

  • ブログ更新:『哲学の誕生 ソクラテスとは何者か』納富信留
    そこでネックになるのがソクラテスはどこまでがソクラテスでどこからがプラトンの創造なのかという問題である。プラトン作は初期・中期・後期と後の研究者によって分別され、初期の対話篇に登場するソクラテスが史実に近く、中期以降になるとプラトンが独自の哲学をソクラテスに語らせるようになっていった、という理解がオーソドックスである。私もそんなものだと思い、初期の対話篇に価値を置いていた。
    http://earthcooler.ti-da.net/e9800316.html

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著者プロフィール

納富 信留(のうとみ・のぶる):1965年生まれ。東京大学大学院教授。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院古典学部博士号取得。専門は西洋古代哲学。著書『ギリシア哲学史』(筑摩書房)、『ソフィストとは誰か?』『哲学の誕生――ソクラテスとは何者か』『新版 プラトン 理想国の現在』(以上、ちくま学芸文庫)、『プラトンとの哲学――対話篇をよむ』(岩波新書)、『世界哲学史』全8巻+別巻(共編著、ちくま新書)など。

「2024年 『世界哲学のすすめ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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