夢みる宝石 (ちくま文庫 す-31-1)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480439130

作品紹介・あらすじ

家出少年ホーティなどはぐれ者たちによる、不思議な「夢みる」水晶をめぐる幻想冒険譚。愛と孤独の作家スタージョンの名作SF、新訳で待望の復刊!

感想・レビュー・書評

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  • 孤児のホーティーは冷酷な養い親の元を逃げだし、飛び乗ったトラックでカーニバルの人びとに出会う。身分を隠してカーニバルに溶け込んだホーティーだが、養育係のジーナはホーティー自身も知らない彼の正体に気がついていた。カーニバルの団長〈人喰い〉モネートルが企む邪悪な計画からホーティーを救おうと画策するジーナだが……。優しさと人間らしさをめぐる幻想的なSF小説。


    スタージョンの最初の長篇ということで、終盤の怒涛の説明台詞といいご都合主義的な展開といい、完成度が高いとは言えない作品だと思う。けれど、この物語に描かれた優しさが好きだ。児童文学のようでありながら、辛い目にあった人の心をあたためるさりげない優しさのひとつひとつを取りこぼさずに拾っていく文章が好きだ。人間性と優しさの表現を音楽に託す音楽讃歌なのが好きだ。
    ジーナは人間らしい尊厳を持ち、ホーティーにも同じように生きることを教えた。だが、ある意味で彼女を人間にしたのはモネートルだとも言える。ジーナはモネートルに支配され、自由を奪われていたが、自分一人に"人間らしく"語りかけるモネートルをどこかで憎みきれなかったのだと思う。ホーティーがケイとブルーイットに愛憎を振り分けて人間性を獲得したように、ジーナはモネートル一人に相反する感情を抱き続けることで〈完成〉した。おそらくモネートルはジーナをこそ水晶との仲介者にしようと教育してきたのだろう。でもそれは諸刃の剣だった。
    水晶たちを生物兵器化して各地に疫病をばら撒くモネートルは巨悪だが、それに対して卑近で矮小などこにでもいるクソ野郎ブルーイットの邪悪さたるや、本当に忌々しい。ケイへのセクハラ・モラハラシーンが真に迫ってストレスフルなので、そこで一旦読むのをやめてしまうほどだった。語り手が一貫してケイの側につき、不快感と苦しみに寄り添ってくれるのが救いだな……と思いつつ読み進めると、いつのまにかホーティーの復讐劇が始まっている。
    ホーティーからブルーイットへの復讐劇は作中で一番直接的な暴力が描かれる。同時に、描写が一番スタイリッシュで、ブラックな笑いがちりばめられた印象的な章だ。ホーティーがこんなことをするのはショッキングでもあるのだが、ジーナはブルーイットへの復讐心も彼を人間にするために必要なものだったと言う。クソ野郎がやられてスカッとするというだけではない、人間性の昏い部分が描かれている。
    水晶人という無性的な設定がありながらジーナの愛情を女性的なものとして表現しているところや、ジーナの見た目が結局「普通の人間の娘」になること、個よりも優先すべきものとして種の保存が説かれることなど気になる点はあるものの、本作には優しさを書き記すための文体があることを教えてもらった気がする。

    「だれにも言わないよね?」
    「言わない。袋にはなにが入ってるの?」
    「なんにも」
    見せるように迫られたり、袋をつかまれたりしたら、ホーティーが彼女と会うことは二度となかっただろう。だがケイはこう言った、「お願い、ホーティー」
    (p.20)

    これだけで八歳のケイがホーティーを人間として尊重したことがわかる。養家をでたホーティーが噛み締めるように味わう優しさのいちいちが、くどくない簡潔な文章で読者の心にも染み渡るのだ。
    しかし、ジーナとホーティーがカーニーの外で"人間らしく"生きていくには「普通の人間」のようにならなくちゃいけない、ということへの懐疑は、この作品にはない。その先に進むにはキャサリン・ダンの『異形の愛』が必要だ。

  • 何かの本の感想でここにも何度か書いたかと思うけど、私のSF原体験、小学生のとき、ドラマの「七瀬ふたたび」を観て、なんて悲しいんだろうなのにどうしてこんなに心惹かれるのだろうと終わったあとしばらくぼうっとしてしまった、それを思い出させる懐かしい物語だった。
    ハリーポッターみたいな不遇の孤児がサーカスの異形な者たちに拾われるというはじまりからして物語にひきこまれた。水晶のしくみは完全には理解できなかったし、え、「人喰い」って水晶人だったの?とビックリしたくらいだけど、独自の世界観に幻惑されたし、最後の最後に「受容型のテレパス」(p265)なんていうワードが出てきたときにはそりゃもうシビれた。疎外された異形&異能者たちの死闘とか大好物なんだよ…。小人のジーナにせよ、ホーティーの幼馴染のケイにせよ、女性の描かれ方が抑圧されつつも毅然としてるのも良かった。人間じゃなくたって人間たろうとしたジーナへのホーティーの祈りが届いて迎えるハッピーエンドは舞城じゃないけど「愛は祈り」だよね…。

  • スタージョン「夢みる宝石」ちくま文庫、新訳版読んだ。やはりクライマックスの展開の文章、かなり難物だと思われ、この版ではちょっときつい。永井淳 訳を読み返してみるとクリアカットに訳されているのが分かる。原文はいまは掘り出してこないとすぐ読めないが、念のためあとで参照してみたい。
    たとえば、これ、クライマックスを映像化するとして、どういうふうにコンテ切るのか考えると、永井淳訳はかなりうまく「できる」。新訳はその点ややこころもとない感じがあるのだ。原文はどうか、永井淳氏にサポートされているのかどうかは確認しなければならない。
    スタージョンの文体って、かなりクセがあるのだけど、なんとなく「分かって」しまうのだよなあ・・・ 永井淳 訳ではひょっとしたら訳文に助けられているのかもしれないけど、「ビアンカの手」原文で読んだら、細かい部分は分からないまでも、なんとなく読めてしまったことがあるので、たぶん原文に固有のクセだろうと思うし、翻訳でうまく伝わらないリスクもありそう。
    たぶんスタージョンのコンプレックスみたいなのが分かる人とそうでない人で、受容体の生え方が違ってるのではないか・・・。「ジョリー、食い違う」のラスト一文とか分からない人には全く分からないのではないか、とも思うな・・・
    スタージョンは「人間以上」よりも「コズミック・レイプ」子どものころに読んでうわーと思ったのだが、もういちど死ぬまでにきちんとどこかで読み直しておかないといけないなあ・・・。

  • 捨て子のホーティーは孤児院で育ち、アーマンド・ブルーイット夫妻の養子になった。しかしブルーイットは議員選挙に立候補するため偽善をおこなっただけ、落選してからホーティーを邪険にしている。8歳のある日、蟻を食べているのを級友にみつかったホーティーは学校で叱責され、それを知ったアーマンドはホーティーを虐待。ホーティーが孤児院時代から大切にしているビックリ箱の人形ジャンキーを踏みつぶし、さらにホーティーをクローゼットに閉じ込めようとして失敗、ホーティーは左手の指を三本挟まれ指はちぎれてしまった。大怪我を負いながらもアーマンドの隙を見てホーティーは逃げ出す。

    一つ年下の優しい女の子ケイにだけ別れを告げ、ホーティーは偶然みかけたトラックの荷台に飛び乗る。そのトラックに乗っていたのは巡業カーニバル(移動見世物小屋)の面々。ホーティーが太った少年だと思ったハバナ、アルビノの少女バニー、そして美しいジーナはみんな侏儒だった。運転手は緑色の肌のワニ革男ソーラム。ホーティーは彼らに連れられ、ジーナの提案で女装してジーナの従妹を名乗り、カーニバルのボスのピエール・モネートル=通称「人喰い」の下で働くことになるが…。

    カーニバルが大好物なのでそれだけでもうドキドキワクワク。心優しきフリークスたちに守られて捨て子の少年は居場所をみつけるも…波乱万丈の展開が待ち受けている。以下ネタバレ備忘録。


    人喰いピエール・モネートルはもともと医者だったが、ささいな失敗を誹謗中傷され病院を去ることになって以来、すべての人間を憎悪している。さまざまな辛酸を舐め、もと医者の能力を生かして研究所で働いていたときに、彼はある物質をみつける。それこそがタイトルになっている「夢見る宝石」。見た目は小さな水晶のようなものだが、おそらく地球上の物質ではなく未知の生命体。彼らは植物や動物を模倣してものを作り出したりする不思議な力を持っており、その行為に目的や意味はない様子。ゆえに人喰いはそれを水晶が見ている夢のようなものだと考える。夢ゆえに不完全で、模倣も創造も完璧ではない。

    人喰いは憎悪の精神波のようなものを水晶にぶつけることで、彼らを痛めつけコントロールする能力を持っている。巡業するカーニバルで各地をまわりながら新たな水晶を探し、水晶たちを支配してフリークスを生み出させていたのだった(厳密には最初からフリークスを作ろうとしたわけではなく、不完全な結果ゆえそうなっただけ。カーニバルのメンバーの幾人かは人喰いがこうして創り出した)人間を憎んでいる人喰いは、この水晶の力を利用するため、水晶と意思疎通できるものを作り出し、水晶を想いのままに操ることで人類を滅ぼしてやろうと考えている。

    そんな人喰いが唯一これらの出来事を打ち明けていたのが侏儒のジーナ。ジーナはホーティーの大事にしていた人形ジャンキーの目がこの水晶の仲間であることに気づき、ホーティーこそが人喰いの求めている人材であることを察して、ホーティーを女装させ「灯台下暗し」人喰いの下で働かせることにしたのだった。

    そうして10年の歳月が流れる。ホーティーは普通の少年のはずだったのに、なぜか成長せず子供の姿のまま。アーマンドのせいでちぎれた指は、元医者の人喰いが治療してくれたが、実は新しい指が生えている。ジーナはそのことを人喰いにバレないよう細心の注意をはらいながら、この10年間ホーティーにさまざまな勉強をさせてきた。だがついに人喰いがホーティ―の指を怪しみ始め、ジーナはホーティーをこっそりカーニバルから逃がす。

    2年後…かつてのホーティ―の初恋相手ケイは19歳になっている。弟の学費のため弁護士事務所で働いているが、とある判事からセクハラを受けている。彼はケイが21歳になったらもらえる遺産の書類の不備などをあげつらい、ケイを言いなりにしようと執拗に絡んできているのだが、その男の名は…アーマンド・ブルーイット!そう、ホーティ―を虐待していたあの義理父。一緒にホーティ―を虐めていた妻に先立たれ、やもめになったアーマンドはケイを自分の秘密部屋に連れ込もうとするが、見知らぬ青年がケイを逃がし、身の振り方をアドバイスしてくれる。

    アーマンドは秘密部屋でケイが待っているとウキウキやってくるが、そこにいたケイは実はニセモノ。アーマンドの前で自分の左手の指を三本切り落としてみせ、アーマンドは恐怖に震え上がる(それはかつて自分がホーティ―にしたことだから)。アーマンドは恐怖に慄きながらもケイの行方を追い、本物のケイのほうは自分を助けてくれたのはホーティーではないかと思い、かつてカーニバルのトラックに消えたホーティ―の行方を探し、ついに人喰いのカーニバルを突き止める。しかしこの一連の事件のせいで人喰いはホーティ―こそが自分の求めていた水晶と意思疎通できる存在だと思い至り、それを隠していたジーナを痛めつけ、バニーやソーラムを催眠術で操り…。

    カーニバルから逃げ出したあとホーティ―はどんどん成長(ずっと子供だったのは自分の意思で成長を止めていたから。ブリキの太鼓のオスカルを思い出す)今は立派な二十歳の青年になっているが、水晶の力を操れる彼は、切り落とした指を何度も生やせるだけでなく自分の肉体すら作り変えることができるので、ケイに変装してアーマンドに復讐したのだった。しかし人喰いにすべてバレた今、人喰いはホーティ―を手に入れようと必死。逃げてきたジーナに危機を知らされたホーティ―は人喰いと対決することになる。

    タイトルになっている夢見る宝石(水晶)の原理はSF的だけれど、それ以外の道具立てはダークなゴシックファンタジー。とにかく登場人物たちが魅力的で、悪役ながら人喰いは一本筋が通っていて悪の魅力全開、カーニバルの団長にして一種のマッドサイエンティスト。そしてホーティ―を守ろうとする侏儒たちやソーラム。彼らはフリークス扱いされているが、内面はとても「人間的」。序盤の、ホーティ―が初めてハバナと会ったとき、彼がホーティ―の怪我を心から心配してくれて、それまで指がちぎれても泣かなかったホーティ―がずっと泣きじゃくる場面など、心に残るシーンがいくつもあった。終盤、そのハバナの最後の願いのためにホーティ―が危険を顧みずに歌い、そのホーティ―の行動がソーラムの心を動かす場面などもとても好きだった。

    ラスト、てっきりケイとくっつくのだと思っていたホーティーがジーナを選んだのは意外でしたが、納得といえば納得。ギレルモ・デル・トロあたりがあたりが映像化してくれたらとても面白そう。

  • 読み終わるのが惜しい!と思いながら読みました。
    カーニバル、サーカス、フリークス。。。
    団長のモネートルはラスプーチンみたいな容貌を想像しながら読みました。
    自身で道を切り開く物語でもあり、愛すべき人はすぐそばに居てると言う愛の物語でもあり、復讐は必ず遂げられると言う物語でもありSFでもあり。
    映像化するととても面白そうです。

  • SF作家シオドア・スタージョン(1918~1985)が1905年に書いた処女長編小説。水晶(のように見える)の生物が夢みることで他の生物(人間をふくめて)生み出すという突拍子もないアイデアを基にした不思議な冒険小説でありボーイ・ミーツ・ガールの物語である。そのファンタスティックな語り口が魅力的だ。

  • スタージョン『夢みる宝石(The Dreaming Jewels,1950)』
    新訳を読了。
    寂しがり屋の人間嫌い、
    ないものねだりの変人スタージョン(←個人の見解です)の
    処女長編……というほど長くはないSF幻想ビルドゥングスロマン。

    孤児の少年ホートン、通称ホーティは
    ブルーイット夫妻の養子だが、孤独だった。
    野球の最中に蟻を食べた(!)ことを糾弾されたホーティは
    養父アーマンドと揉み合いになり、
    クローゼットの蝶番に左手の三本の指を挟まれて重傷を負った。
    ホーティは心の支えである玩具、
    びっくり箱人形のジャンキーを引っ掴んで脱出し、
    仲良しの少女ケイ・ハローウェルにだけ別れの挨拶をして、
    咄嗟の思い付きでトラックの荷台に飛び乗った。
    そこにはカーニー(巡業見世物)のメンバー、
    少年のようで少年でない太っちょのハバナと
    アルビノのバニー、浅黒い肌をした小さくて美しいジーナ、
    聾唖の〈ワニ革男〉ソーラムがいて、ホーティに優しく接してくれた。
    ホーティはジーナの手で女装し、
    彼女が考えたセリフを即座に覚えて暗誦すると、
    妹キドーとして芸人の仲間入り。
    一座のボスは通称〈人喰い(マンイーター)〉。
    元は医者で人間を憎んでいるという本名ピエール・モネートルは
    意外にも優しくホーティの傷を手当てしてくれたのだが、
    内心には恐ろしい企みがあった……

    ……と、そのまま見世物カーニヴァル内で
    話が進むのかと思ったら違った。

    無垢なホーティの純真、
    マッドサイエンティスト〈人喰い〉モネートルの妄執と野望、
    医師を目指す弟を支えるケイの献身とホーティへの思慕、
    そして、何といってもホーティのためなら
    自己を犠牲にするのも厭わないジーナの深い愛、
    それらが、夢に見たものを実体化させる力を持った
    奇怪な水晶の謎を巡って絡み合う物語。

    若干“痛い”描写もあるし、何人も死んでしまうのだけど、
    意外にも心温まるエンディングを迎えたのでホッとした。

    何故ホーティが蟻を食べたのか、
    終盤でちゃんと(本人も知らなかった)理由が
    明かされたところがツボだった。

    もう少し詳しいことを
    後でブログに書くかもしれません。
    https://fukagawa-natsumi.hatenablog.com/

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著者プロフィール

シオドア・スタージョン(Theodore Sturgeon):1918年ニューヨーク生まれ。1950年に、第一長篇である本書を刊行。『人間以上』(1953年)で国際幻想文学大賞受賞。短篇「時間のかかる彫刻」(1970年)はヒューゴー、ネビュラ両賞に輝いた。1985年没。

「2023年 『夢みる宝石』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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