- Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480511300
作品紹介・あらすじ
うちに秘めた理想への郷愁--。映画の可能性に応える詩的論理とは何か。映像の詩人がおよそ二十年に及ぶ思索を通し、芸術創造の意味を問いかける。
感想・レビュー・書評
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「身近な人の愛に、つまり身近な人々が自分に与えてくれたものにたいして、何によっても報いることができないと考えている人の苦悩について、語りたかったのだ。」
ソ連の映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの自伝。
上の引用は、映画『鏡』の制作動機について語られた言葉だ。
彼の映画を観て、この本を読み、映像などで人となりを見て感じるのは、これほど優しい人を自分は他に見たことが無い、ということだ。
このような人がこの世に存在する(した)と知ることは感動的な体験だ。
唯一無二の人格であり、彼から、芸術としての映画の偉大さを感じる。
本著は、タルコフスキー監督の自伝として、制作動機、映画監督の仕事の技術的側面、芸術論などについて書かれている。
著作というより、とても長いインタビューのようだ。
訳も名訳と思われ、深く考えられた言葉を生き生きと伝えてくれる。
最近日本で上映されたものも含めて、彼の映画を「美しい」という言葉で表現したり、高尚なものとすることに、少し違和感を感じる。
むしろ、土の上を歩み、水に濡れ、冷たさや痛みを感じるような、誰もが知っている生々しい体験に訴えているように見える。
本著からも、映像の美を当然前提としながらもそれは本質ではなく、それはあくまで一つの技術のようなものであると感じられた。
『アンドレイ・ルブリョフ』を観たいとずっと思っているが、観てしまったら二度と他の監督の映画作品を観られる自信がなく、躊躇している。
トルストイの小説『戦争と平和』がそうであったように。 -
記録
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実に「濃い」1冊。思弁的であり、かつ愚直すぎるほど真面目に哲学的に映画を考察し、映画に欠かせないエレメントとしての時間について考え、果ては映画と観衆との関係について率直に切り込んでいく。ここまで濃厚に思考を煮詰めた果てにあるのがあの珠玉の名作群なのだな、と思うと唸ってしまう。私は東西冷戦が終わった頃くらいに物心ついたという、そんな年齢の人間なので当然タルコフスキーが生きた時代のシビアさなんてわかるわけもない。だが、そんな中でも全体主義国家の中で良心をくすぶらせ、自分を信じて映画を撮った姿が鮮やかに蘇る本だ
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タルコフスキーによる映像論であり、芸術論であり、人生論としての一冊。
監督した作品を中心にあらゆる思索が巡ってゆく。それはあたかもタルコフスキーの詩的な映画を観ているようでもあり、濃密な読書体験だった。
日本の詩や黒澤明への愛着、演出や映画内時間についての哲学、それぞれの作品への言及等々。タルコフスキーの映画が心に触れた方であれば必読かと。