還暦以後

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480818218

作品紹介・あらすじ

法然、杉田玄白、貝原益軒、勝海舟、徳川慶喜、西太后、谷崎潤一郎…。彼らが生き抜いた「還暦」後の人生とは。

感想・レビュー・書評

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  • Beyond 65(65歳を超えて)
    2022年5月の誕生日で65歳となり第一生命を去る日が目前に迫ってきました。5年にわたって連載してきたこのブックガイドもいよいよ最終回。私自身40歳になる直前に第一生命に転職し以来25年、お世話になった先輩方はみんな定年退職し、同僚たちは老後の人生を考える日々、後輩たちとは年ごとに年齢差が広がり自分の子どもより若い世代が入社してくると、さすがに世代交代の必要性を感じます。定年とはそうした新陳代謝のための便利な制度なのかもしれません。

    生命表を調べると65歳男の平均余命は20年、平均健康余命は15年。つまり、80歳頃までは健康で生き、その後5年間で健康をそこないつつ85歳あたりで死亡するというのが平均像ということになります。そう考えると、今の私の人生のテーマは80歳までの15年間をいかに過ごすかということになるのでしょう。60歳を過ぎた読者にもぴったりのそんな本を紹介します。

    (1) 偉人はだれもが、還暦を過ぎて輝く!?

    高齢化する団塊世代をあてこんでか、老後の生活をテーマにした本がやたらに増えてきました。「定年後をどうすごすか」「定年後は本を読もう」「死に方」などなどいかにも小市民的な感じが否めません。

    「還暦以後」は、そんな定年本と似たようなタイトルですが中身はまったく違います。還暦をキーワードに歴史上の人物たちが、どのように還暦を迎え、どのようにその後の人生を送ったのか。江戸末期から戦後まで、人物相互の関係性を保ちつつまるでしりとりのように繋げに繋げた還暦後の人生27人分のヒストリー。

    あとがきに著者自身が書いているように、途中で方向性が似通ってきて読んでいて中だるみすることもあるので、そうなったら伊藤整あたりまでいったん飛んで、やや新しい人たちの還暦後やらエロスやらを読んでリフレッシュ、そうするとまた途中の人たちを楽しむことができるようになります。

    「還暦」というだけあって、また著者が幕末・明治がメインの研究フィールドであるからか、明治の改暦の前後での日付の考え方や、干支についてかなりこだわりがあるようで、最初はそれがわずらわしいですが、最後まで読むとそれもまた味わいなんだと思え個人的にはベストな老後本です(文庫本も出ています)。

    (2) 読む・打つ・書く・・・現代の方丈記?


    2冊目の著者の三中(みなか)先生は1958年京都市生まれ。東大農学部出身で進化生物学の研究者。農水省系の独法の研究員・・・というのは仮のお姿、と言っていいのか。そもそも、東大の理系のオーバードクターとは、そういう職におさまるものなのかもしれません。

    タイトルを読み下すと「本を読む、書評を打つ、本を書く」ということらしいです。職業人としての職場(ファースト・プレイス)、家庭人としての家庭(セカンド・プレイス)、だけでは知性のおさまりがつかないゆえのサード・プレイスとして「読む・打つ・書く」の知的生活を探求します。そのノウハウがかなり具体的に書かれています。「工学部ヒラノ教授」シリーズ(今野浩氏:次項)の別バージョンという趣きです。

    「読む」「打つ」は、同年代で理系の私にも参考になりました。かなりストイックな感じもしますね。「書く」のほうは「ヒラノ教授」もそうですが、やはり若いころから本を書いていて出版社との関係などがあれば出版という結果がモチベーションになりそうですが、一般人がブログを書くレベルでは継続するにはそれなりの根気が必要そうです。

    そういう意味では、地味な分野の若手の理系研究者にとって実験やフィールドワークに追われてそれどころではないという状況でなければ、三中先生のライフ・スタイルはまあ、ひとつの理想かもしれません。特にインターリュード(1)に書かれた「ローカルに生きる孤独な研究者の人生行路」あたりの文章は、徒然草や方丈記にも通じるものがあります。

    定年や老化を乗り越えて三中先生のサード・プレイスがどう進化していくのか、続編を期待しています。

    (3) そして、ひとりになっても・・・ヒラノ教授の日々

    1940年生まれのヒラノ教授こと今野さんは現在82歳。彼が書き続けているヒラノ教授シリーズは理系人生の大先輩として半分くらいは読んでいます。「終活大作戦」「最後のメッセージ」でさすがに終わりかと思っていました。ところが、まさかの新作。奥様と娘さんを看取り、孤老の人生は粛々と続いていたのですね。理系人生の最終盤のさまざまを先行して疑似体験できるのでありがたいといえばいえるかもしれません。

    今野さんは現役時代「数理計画」が専門だったということもあるのでしょう、すべての行動が理屈が通っていて計画的。奥様や子供さんたちにとっては息苦しい部分もあったのではないかと思うところがないではないですが、孤老となった今こそヒラノ先生のフルパワー炸裂です。この本の後、2020年、2021年とさらにこのシリーズの新刊が出ていることにさらにおどろかされます。

    介護保険制度や介護施設、医療との関係性などこれからヒラノ教授の後を追う高齢者の参考になる情報も多いです。一方で、研究生活回顧談のパートでは現役の研究者や学生に参考になる経験談もたくさんあります。そうそう真似できるものでもないですが、いくつか書き抜いておくと・・・

    「たとえ自分でやったほうが早い仕事でも秘書に任せて、自分にしかできない仕事に時間を割く方が賢明である。何をやっても誰よりも上手にできる人は、誰かに任せればいい仕事でも自分でやってしまいがちである。この結果、自分でなければできない仕事に割く時間が少なくなってしまう。これはまことにもったいないことである。」P121

    「研究者は二つのテーマを持っているときに、最も生産性が上がると言う。テーマAがデッドロックに乗り上げた時は、テーマBに乗り換える。そしてテーマBの作業が一段落した時はAに戻る。AとBを行ったり来たりしているうちに、AもBも完成するという仕組みである。物書き作業の場合も同じで、この方式を採用するとウツにならずに済む。」P194

    「いつになったら答えが出るかわからない大問題に取り組むより、身の丈に合った問題を見つけて、それなりの結果を出すという生き方もあること、優秀な人が束になって取り組んでいる分野には近づかないほうが賢明であること」P195

    終戦後の世界に育ち、高度成長期とともに生き、日本の衰退の中で人生の終末に向かって生きる、昭和10年代生まれとはそういう世代なのですね。団塊世代は終末がどうなるのかまだまだ長いその後の世代も、アフターコロナの長い日々をどう生きることになるのかも、まだまだ書き続けてほしいものです。

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