- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488011178
作品紹介・あらすじ
ある日突然、部屋の中に巨大な鳥が現れる「ロック鳥」、旅行から帰ったら、自分が死んだと知らせてきた女がいたという話を聞く「六月半ばの真昼どき」、見た夢と現実が区別がつかなくなっていく少女を描く「ジェニファーの夢」、間違えて違う船に妹を乗せてしまった兄のもとに、常軌を逸していく妹の手紙が届き続ける「船の話」。日常に幻想が忍び込み、人間心理の恐さが背筋を震わせる。戦後ドイツを代表する女性作家の粋を集めた、本邦初訳7作を含む全15作の傑作短編集!
感想・レビュー・書評
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不安感がたまらない一冊。
15編が織りなす幻想物語。
すごく好み、ハマる世界観だった。
スタートの「白熊」から、何が起きているのか、夢なのか、暗闇の中のとてつもない不安感がまとわりつくのがたまらない。
しかも日常のひとコマを描いているから余計にざわざわとさせられた。
どれも粒ぞろいだけれど「船の話」「幽霊」「いいですよ、私の天使」が印象的。
読み進めるほど増していく不安感と恐怖感が絶妙だったと思う。
こういう終始曖昧な地に足が着いていないような時間、そこにぱらりと怖さひと匙加わるような世界観が改めて好きと実感した。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1901年生まれのドイツの作家、カシュニッツの全15作、日本オリジナル傑作選。
カシュニッツ、初読。日常の地続きの不可思議さというか、あちら側とこちら側の境界のような、そんな世界。
乗る予定ではない船に乗った妹から届いた手紙「船の旅」、旅行から帰ったら、自分が死んだとアパートの住人に触れ回った女がいたという奇妙な話を聞かされる「六月半ばの真昼どき」がとくに印象的。「白熊」「精霊トゥンシュ」「幽霊」も。なかには、ちょっと苦手な作品もあったが、総じておもしろかった。 -
【収録作品】白熊/ジェニファーの夢/精霊トゥンシュ/船の話/ロック鳥/幽霊/六月半ばの真昼どき/ルピナス/長い影/長距離電話/その昔、N市では/四月/見知らぬ土地/いいですよ、わたしの天使/人間という謎
Web東京創元社マガジン「深緑野分のにちにち読書」第九回 http://www.webmysteries.jp/archives/31047905.html#chapter2
奇妙な味の短編集。わかるようなわからないような…… -
15編の短編集。
「長距離電話」は電話の会話だけが延々と続く。
家族の会話が予期せぬ方向へ進む。
表題作「その昔、N市では」が秀逸。
遺稿で70年代以前の作品だがAIが活躍する近未来のような感覚になる。
驚く。 -
なんとも不穏で恐ろしい短編集。
表題作が一番好きだった。N市では、市民が選り好みして辛い労働をしなくなり、新しい労働力として、パラケルススの処方箋に則り死者をゾンビ化したような者たちを働かせることになるが…。労働力としてのゾンビというのが、ロボットものなどのSFを彷彿とさせられるし、ゾンビものとしては「それはかつて愛する人だった」というテーマも踏襲されている。
他にはパン生地で捏ねて作った人形に呪文で魂を宿らせる「精霊トゥンシュ」はゴーレム的な怖さだし、間違えて正体不明の船に乗せられてしまった妹からの手紙「船の話」は、まるで「さまよえるオランダ人」のような怖さ、ごく地味なOLが同僚にからかわれて上司に好かれていると勘違いして妄想しているあいだに浦島太郎のようなことになってしまう「四月」も、妄想か現実かどちらにしても怖かった。
「幽霊」のような、ごくふつうの幽霊譚もあれば、「白熊」や「ロック鳥」は悪夢系。「いいですよ、わたしの天使」は、夫を亡くした未亡人の老婆が若い娘を間借りさせ実の娘のように可愛がるも、したたかな娘にどんどん家を乗っ取られ…というものすご~く嫌な感じのサスペンス。「長距離電話」は書簡体小説ならぬ電話体小説とでも呼びたい構成。
ユダヤ人の少女が強制送還の列車から飛び降り、姉の夫のもとへ逃げ込むも、姉はそのまま列車に乗って行ってしまったため、義兄との関係がどんどん歪になってゆく「ルピナス」も印象に残った。
※収録
白熊/ジェニファーの夢/精霊トゥンシュ/船の話/ロック鳥/幽霊/六月半ばの真昼どき/ルピナス/長い影/長距離電話/その昔、N市では/四月/見知らぬ土地/いいですよ、わたしの天使/人間という謎 -
カシュニッツは1901年に生まれて1974年に亡くなった作家で、これまでも何冊か翻訳が出ていたらしいが、全く知らなかった。
読んでみると、暗くて不安に満ちていて、うっすらとした恐怖を感じるという全体のトーンは共通しているが、内容はバラエティーに富んでいて、こんな面白い作家、どうして今まで話題にならなかったのだろうかと思った。
「いいですよ、わたしの天使」「船の話」なんかは岸本佐知子の「居心地の悪い部屋」に入っていてもおかしくない。
「白熊」「幽霊」「精霊トゥンシュ」は、古典的な幽霊小説の風格があるし、「長距離電話」「ルピナス」は構成の巧みさが際立つ。
「ジェニファーの夢」「ロック鳥」「人間という謎」の人間心理の恐ろしさを描いたものもいい。
「その昔、N市では」は本のタイトルになるだけあって、読みやすく面白い。外国人労働者や奴隷制、AIなどの寓意も読み取れて、現代の問題として考えることもできる。40年くらい前に書かれたとは思えない。ゴーレムやフランケンシュタインも思い出した。
酒寄さん選りすぐりのせいか、どれもいい作品でハズレがない。
私が特に好きなのは「船の話」「ルピナス」「四月」「見知らぬ土地」。特に戦後すぐ、フランス空軍の兵士との束の間の交流を描いた「見知らぬ土地」がいい。あそこにあんな風にサン=テグジュペリが出てくるとは。すごい。
カシュニッツはドイツ生まれでドイツ国内、ローマを転々として暮らしたとあるが、主人公もドイツ人とは限らず、舞台もスイス、イタリア、イギリスなどで、ちょっと前に読んだグァダルーペ・ネッテルみたいだなとも思った。
是非とも第二弾を出して欲しい。 -
これは面白かった!というか、実に好み。ホラー寄りの奇妙な味、というのかな。柔らかいのだけれど。
読んでいて、なんか読んだことあるなーと思い、カシュニッツはいくつか読んでるんだと思うんだけど、もっと読みたくなった。でも家を探したが河出の『ドイツ怪談集』しか見当たらなかった。特に『いいですよ、わたしの天使』は絶対読んだことあるーと思うんだが、なんのアンソロジーに収められいるのか。訳者あとがきでは既役について素っ気なく、なんのアンソロジーに入っているのかわからない。
特によかったのは『白熊』『ジェニファーの夢』『船の話』『幽霊』『ルピナス』『長距離電話』『四月』『いいですよ、わたしの天使』…あれ?ほとんどではないか。
他のももっと読みたい。 -
「光と闇が織りなすはてしない天地創造、夜が体現する冷たく透きとおった純粋さへのゆるやかな移行」
すこし時間をおいてから手にとるたびに、新しい章ををめくりはじめるたびに胸がきゅんとなる、そんな短編集。なんだか、大きな雲にのってぽつねんと、だけどもふんわりと包まれてゆられ、夢と現を旅する、そんなここちだから。そうして漂っているうちに、彼女は 記憶(と思われるような物語) を語りはじめる。もっと知りたい、あなたのことを。あなたの世界を。
そこでは深い愛についてまわってしまうさびしさや孤独、曖昧模糊としたことどもをさらりとかわす美徳が仄かに薫ってすこしづつ満たされ、諧謔のなかに潜む寂寞が漏れ出ててゆく。そして Life goes on。溺れゆくわたしをふいに引っ張り上げてくれる笛の調べを奏でてくれる娘は、わたしにはいない。だからこのまま流されてゆく。サン=テグジュペリの銀翼まで。