外交 下

  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (608ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532161903

感想・レビュー・書評

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  • 下巻では第二次世界大戦後の冷戦の開始から、朝鮮、ベトナム戦争を経て、冷戦の終結までの時期について、米国の国際外交への姿勢がどう変遷したか、についてキッシンジャーの視点からの分析が与えられています。

    冒頭でソ連のクレムリンが世界に対してもつ不安感、不信感が、広大で境界のない平原で、平和的な農民が、攻撃的な遊牧民族と隣り合って生きてきた歴史に端を発すると説明されています。冷戦期に世界の二大超大国であった米国とソ連が、国のなりたち、政治制度、国民性、自由、文化といったあらゆる面で対極をなしていたことから、その対立度合が際立っていたこともありますが、冷戦当初米国は,ソ連の政治体制を変革することを目途とし、封じ込め政策(containment policy)をとっていました。マーシャルプランによる西欧の経済復興、NATO(北大西洋条約機構)設立がこの頃実現されます。スターリンのソ連は、ベルリン封鎖、チェコでのクーデターなどで強く反応します。

    朝鮮戦争において米国は、中国の共産主義に東アジアで対峙することとなります。アジアにおけるアメリカの地位とその重要なパートナーである日本、という地政学的な前提が生まれます。こうして、アメリカ、西欧、日本という自由主義経済諸国は、共産主義国家である、ソ連、中国、北朝鮮と、欧州とアジアで対峙するのですが、キッシンジャーのリアルポリティークス分析では、両陣営の工業力格差は既に大きく、また東側諸国とソ連の真の意味での統合はなく、むしろ衛星国とモスクワのクレムリンは一枚岩ではなく、将来的に露呈するであろう大きな問題をはらんでいた、と言います。また、東西冷戦の最前線となったドイツの位置づけについて、米国、英国、フランスそれぞれの立場からのせめぎ合いがあったことが、よく分かります。

    スエズ危機で米国は、第二次世界大戦を共に戦った英・仏領同盟国の対応を支持せず、結果としてアラブ諸国が、米ソ間で発言力を増大させ、アラブナショナリズムを増長すると同時に、アメリカに対立する方向に進み始めたことを指摘しています。ソ連のフルシチョフは中東、エジプトに武器を輸出、エジプトの青年将校ナセルはアラブナショナリズムに訴え、中東からの英仏の駆逐を決意します。当時の米国大統領アイゼンハワーは、国際法による平和の実現を強く信奉し、米国が国家間の利害関係を超えた公平な審判者である、という所謂アイゼンハワードクトリンの前提に立っていた、と言います。キッシンジャーはそれが米国の伝統的な考え方であることを認めつつも、ケースバイケースでのリアルポリティーク的外交政策、つまり局面によっては敵味方という関係での対処の仕方、の重要性を述べています。

    スエズ危機での英仏の退潮と、ハンガリー危機、そしてスプートニクス衛星打上で、フルシチョフは過剰な自信をもつにいたり、ベルリン封鎖、キューバ危機を引き起こし、米国に直接対峙するスタンスをとりますが、成果を得られず、以降はアンゴラ、エチオピア、アフガニスタン、ニカラグアの民族解放闘争の支援に向かっていきます。

    ベトナム戦争への介入に際しては、米国はドミノ理論を主張し、インドシナが共産主義に陥ることによる地域の他の国への波及効果を懸念します。キッシンジャーは、アメリカのベトナムへの介入について、リシュリューの言葉を引用して、こう評しています。“追及すべき目的と、それを追及させる力とは、互いに釣り合いがとれていなければ、ならない”。国益のあるなしに関わらず、米国は自由主義国家の平和のために尽力するという世界の警察官的役割を戦後果たしてきたのですが、その限界がベトナム戦争で露呈した、といいます。

    勝敗がはっきりしないゲリラとの局地戦で、米軍は泥沼に引き込まれ疲弊していきます。ケネディが暗殺されたことにより、人気の高かった大統領のあとを継いだジョンソンは、アメリカがこれまで投資をしている軍事的・政治的目的の達成可能性の評価をする機会を逸し、また“best & brightest”と呼ばれたマクナマラを中心とする有能な補佐官たちも、撤退を勧めることなく、この大きな課題はニクソン大統領とキッシンジャー自身へと引き継がれていきます。

    欧州のパワーバランスの考え方に基づくマキャベリズム、リアルポリティークスといった外交政策や植民地主義と一線を画し、第二次世界大戦の勝利後は、世界の平和と正義を達成する、といった全地球的使命を負ってきたアメリカが、ベトナム戦争の苦渋を通じて、その国是と自信が大きく揺らぎ、米国内では反戦運動が猖獗を極めます。名誉ある撤退を目指して、補佐官であったキッシンジャーは、フランスでの北ベトナムとの長い交渉に臨むこととなります。ニクソンもキッシンジャーも、こうした米国の挫折に政府首脳として対応することなるのですが、二人ともバランス・オブ・パワーの均衡を土台とする世界平和が、最も安定したものである、との考え方で一致していたようです。

    ニクソン外交の成果としては、米中対話と1972年の国交の回復がありますが、キッシンジャーが中国の当時の首脳たち、毛沢東、周恩来、鄧小平を高く評価していたことが、本書から伺えます。ソ連を共通の敵とする米中が、国益のために国交を正常化することにより、ベトナム戦争で自信を喪失していた米国の状況を変えた成功として位置付けられています。もう一つの成果として、ソビエトとの緊張緩和、デタントが挙げられています。こうした外交努力により、アメリカは冷戦期での世界の中心的役割を再認識することとなります。

    ソビエトは拡張主義の行き過ぎから、1980年代を通じて瓦解に向かうこととなります。キューバ革命軍とソビエトの連携はアンゴラ、エチオピアへ、南ベトナムの陥落はカンボジアとラオスの共産化へ、アフガニスタンへはソビエトが侵攻、と帝国主義は拡大していく過程で、こうした周辺や東欧の衛星国の統治を維持するためのシステムの脆弱さが露呈していきます。

    強いアメリカを標榜する共和党のレーガンが大統領に就任するのが1981年ですが、レーガンドクトリンによる反共主義者動乱に対する米国の支援が、ソ連が触手を伸ばした国々に差し伸べられていきます。一方、核戦争回避への努力にも並々ならぬ意欲をもち、ゴルバチョフとのレイキャビク会談(結局は破局に終わる)に臨みます。この間にも、米国のIT(半導体)技術の進展による技術力の格差は大きく広がることとなり、ソビエトの国力衰退は加速化し、グラスノチ(政治的自由)やペレストロイカ(再建)といった取り組みも、国民の支持を得ることはなく、ゴルバチョフは政権を追われることになります。結果として、米国は超大国としての地位をゆるぎないものにすることになります。そのライバルとしての中国の台頭は21世紀を待つことになります。

    外交の上下巻は、アメリカの視点からみた外交哲学の歴史書ともいえるかと思います。リシュリューの国家理性、国益はそれを追及する手段を正当化する、という考え方に対して、アメリカは伝統的に国益のためでなく、原則のために戦う、という立場を貫いてきました。一方、ニクソンやキッシンジャーは、より現実的な立場から、国益を中心として行動原則、リアルポリティークスの重要性を認識しており、今後の米国の外交政治もそうあるべきだ、と主張しています。

    地政学の大家、マッキンダーのいうユーラシア大陸のハートランドにまたがるロシアが、ヨーロッパとアジア両方を支配下におさめるような状況は、アメリカを国力で上回る可能性があることから、大変な脅威と位置付けています。民主主義の経験の少ないロシアの今後の政治状況に関して、キッシンジャーは本書が執筆された1990年代終わりの時点で、良い展望を持っていなかったことが分かります。2022年から始まったウクライナ侵攻をみるに、彼の懸念が実際の地政学リスクとして顕在化したこととなります。

    アジア情勢についてもキッシンジャーは的確に予測しています。アジアには共通の価値観や集団安全保障の考え方がなく、均衡と国益に基づいた行動様式の中で、中国の大国化とその軍事・経済力の影響が、日本、東南アジアの国々、そして米国へと及んでいく、と。こうした変化の中で、日本の指導者がスピード感をもって変革を進められる力量があるかについては、キッシンジャーはだいぶ懐疑的なようです。戦後、外交・政策でワシントンに従い、アメリカの軍事力のもとで経済成長に全力をあげていた日本は、高まる中国の脅威に対して自信の軍事力の強化をもって対抗することを求められつつも、東アジアの均衡には日米安保の安定が要であり、アメリカのアジアにおける恒久的コミットメントがなければ、日中がより国益に基づいた行動を採択することにより、地域情勢は不安定化する、予測しています。

    キッシンジャーは、日本の政権の意志決定が、コンセンサスに基くシステムのため、アメリカの大統領や国務長官といった政策決定者の地位による意志決定システムを大きくことなることによる文化的摩擦を指摘しています。

    アメリカの価値観では、構造や歴史より動機を重視する、とキッシンジャーは、言います。過去や地理や環境とは無関係の、普遍的な原則に基づいて生きる普遍的な人間のイメージを称揚するため、歴史に縛られることを拒否し、新しい出発の可能性を主張する、立場です。一方、キッシンジャーは、アメリカが正統性に基いたウイルソン主義ではなく、国益に基づいたリアルポリティークス、特にビスマルク型のアプローチを採用すべきだ、と最後に主張しています。すなわち、できるだけ多くの国と緊密な関係を結び、重複する同盟関係を締結し、その中で持った影響力で関係国の利害を調整することにより、問題を未然に防ぐシステムを構築する、と。

    本書では、キッシンジャーの戦後における大国の立場やその指導者への人物評がちりばめられていますが、とても興味深く読みました。

    英国を評して、ホッブス主義者、つまり人間について最悪のものを常に期待しているので、失望するということがほとんどない、といいます。また、パーマーストンの箴言、“英国は友人を持たず、ただ利害のみをもつ”、という言葉からも、英国人の世界観が垣間見えるような気がします。

    第二次世界大戦後のフランスについては、挫折感と弱体間に苦しんでいる国家に、ドゴールが、いかにアイデンティティーを取り戻させるかに苦心していたといいます。第一次世界大戦で多くの若者を失い、第二次世界大戦でドイツに占領され、米英の助けにより戦勝国となるものの、戦後はインドシナ、アルジェリアでの植民地戦争に20年を費やしたことから、ドゴールの政策は、ドイツのアデナウアーとの関係強化による超国家的欧州中心主義とフランスの自尊心の復活を重視した、と言います。NATO脱退など、反米的立場が強調されて語られることの多いドゴールですが、キューバ危機に際しては、無条件で米国を支持するなど、仏米の国益が一致する際にはいつでも協力したといいます。

  • 物凄い大著で読み切るのにだいぶ時間かかった。
    下巻は第二次世界大戦が終わって、ケナンのX論文をはじめとする論争、封じ込め政策、朝鮮戦争、中東を巡る問題、ハンガリー動乱、ベルリン危機、西側の同盟関係、ベトナム戦争、米中接近、デタント、冷戦終結とソ連の崩壊、そして今後の米国のとるべき外交政策。
    前巻に引き続いて近現代の外交史を実務者の視点から学ぶことができて大変勉強になった。特にリアリズムとかパワーポリティークというものを実例を通してよく理解できた。

  • やっと下巻を読み終わる。今回のギリシアの破綻の問題に対するヨーロッパ諸国の対応と、ロシアのウクライナ問題でのツッパリ方は、ここに書かれていることが元になっているよう思えてならない。

  • 今回感想を書くのは、キッシンジャー『外交』(上・下)の2冊です。今年の正月に読む予定で、既に感想を書いているはずなのですが、予定外の授業が入ったために感想を書くのが大幅に遅れました。

    これらの本を読んで思ったのは、大学院在学中(修士課程に相当)に読むべき本であるが、なぜ読まなかったのかと後悔する。理由については特にないが、読まなかったことに対する後悔だけが残る。今後、キッシンジャーの文献を通して、冷戦期の米ソ関係の歴史のサーベイをしたいと思う。今後の研究の方針については日を改めて書きたい。

  • 外交というものが、どんな枠組みで為されているかを、フランス革命以後の欧州を出発点に冷戦終結までを論じている。大部の著作で、翻訳に二年かかったとの訳者あとがきにもあるとおり、難解である。

     大雑把に言えば、外交は3つのゲームのルールの選択になる。
    ・バランス・オブ・パワー
     欧州の地政学的に入り組んだ構造が一国の台頭を許さないように、シーソーのバランスをとるように合従連衡、遠交近攻の交渉をしながら政治的安定を維持しようとする。中国の春秋戦国時代にも似た状況といえばわかりやすい。
    ・リアルポリティークス
     一つの政治理念に縛られること無く、マキャベリズムあるいはプラグマティックに政治駆け引きをしていくやり方である。特に政治均衡が崩れやすくなり、そのなかで地政学的に苦しい立場にあるオーストリアやプロイセンなどがその代表。実際にはこれは政体と言うよりも、個人的な政治的力量に負う所が多く、その代表はリシュリューやビスマルク、スターリンなどだが、この外交スタイルはそのリーダーが失脚すると途端に苦しくなる弱点を持つ。
    ・イデオロギー(大義名分)
     上記の2つが主に国益を第一目的に置くのに比べ、イデオロギーは直接的な国益は無視して、大義のため、いわば十字軍的使命感で各国にコミットしていく立場である。これはほとんどアメリカ一国が代表である。

     全体に言及するととてつもなく長くなるので、アメリカに限っていうと、
    もともとはモンロー主義に基づく孤立主義がその国是だった。それが19世紀になり、ドイツ、ロシア、日本などが台頭してくるにおよび、それを放置しておくとやがてアメリカにとっての脅威になる懸念が増した。

     そのために第一次世界大戦を機にウィルソンが初めて、民主主義を軸とする植民地主義の阻止、国際紛争における集団安全保障の概念を提唱する。これはこの時点ではその構想は尻切れトンボに終わった感があるが、その後のアメリカの外交姿勢の中核をなすといっていい。

     もともとがプロテスタント移民による建国であるアメリカは多分にファンダメンタリズムであり、キリスト教ではなく、民主主義という思想を十字軍的使命感で持って世界にもたらそうとする。ただ、その時点でその直接的なコミットはあまり成果をもたらさなかった。なおかつ第二次大戦後の冷戦構造に至ってますます直接的なイデオロギー外交は難しくなる。
     
     そこでアメリカは一方でイデオロギーを中心に据えつつ、実際の政治場面では朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻などにプラグマティックに介入していく。アメリカにとっては、ファンダメンタリズムとプラグマティズムはアンビバレントな対立ではなく、あくまでもアンチノミーとして捉えられるものであった。それがアイゼンハワー、トルーマン、ケネディ、ニクソンなどを経てレーガンによって頂点に至る。ただその止揚は、単純なことにはデタントと軍備増強を同時に強力に推し進めるという、まさにコロンブスの卵的な政策であった。

     ソ連初で最後の大統領であるゴルバチョフが、党、KGB、軍部のうち党しか掌握し得なかったことはゴルバチョフ政権が崩壊する間接的な原因であったといえ無くもないが、逆に言えば、党しかバックに持たなくても書記長ポストに就くことが可能になったソ連の政治情勢の弱体化を象徴していたとも言えた。

     冷戦の終結によってひとまずアメリカ外交の勝利と言えたが、それは皮肉にもアメリカの世界外交に対する大きな目標、国益を定義することが困難になるという事態をも産んだ。そしてそれは世界規模でのパワーポリティクスとリアルポリティークスのルールの共存という新しい局面をもまさにいま迎えているところである。 

  • ノーベル平和賞受賞のキッシンジャーによる外交史。
    WW2以降の下巻。

  • ヘンリー・キッシンジャーによる外交史。
    第二次大戦後を描いた下巻は、いよいよ現代史となり、欧州だけでなくアジアも含まれてきます。
    冷戦とベトナム戦争、そして冷戦の終結と、米ソ超大国の駆け引きが述べられています。
    特にアメリカの理想主義と、それ故の苦悩、パワー・ポリティクスやパランス・オブ・パワーの現実との葛藤が描かれています。
    冷戦期の米ソ両国の駆け引きは、それぞれの国内事情、特にソ連側の権力闘争も描かれていて面白いですw
    また著者自信が関わった事柄も述べられています。
    キッシンジャーによる当時の重要人物たちへの評価も面白いですね(*^m^)
    「英雄や革命家は、付き合いづらい人物が多い」良く言えば強力なリーダー、悪く言えば俺様野郎ですかwww

    平和を享受している我々は、二度の世界大戦を反省してナチスを徹底的に否定している現在のドイツが、再び軍事大国となって周辺に脅威を与えるとは思わないでしょうが、その可能性は絶無ではなく、今なお周辺諸国が懸念しているものなんですね!
    アジア諸国から反感や歴史問題をぶつけられる日本にとって、鏡を見るようでした(;^_^A

    ニン、トン♪

  • 久々に読んだ。日本頑張れよ。

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