宮大工棟梁・西岡常一「口伝」の重み

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  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532194642

感想・レビュー・書評

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  • 途中で飽きた。というか、専門用語が多すぎで、読むのに疲れてやめた。「木を見るのではなく、山を見る」「製材ばかり使うと、職人の腕(物を見る目も)がおちる」「性質の違う物だからこそ、その組み合わせで強靭な建築になる」この辺りの言葉は心惹かれた。

  • 前半が西岡氏の自伝的な内容。後半は氏をよく知る人が氏について語る座談会を収録した形式。

  • 20150110途中返却

  • 内側から出るものが、外に出る。
    常に外に気を使って、内側を鍛えなさい。
    教育は、教えて育むことだよ。
    背中で語る男の生き様の行間を読め!

  • 法隆寺、薬師寺などの補修を行った宮大工・人間国宝として有名だった棟梁と呼ばれた方なので、テレビなどでも紹介されることが多かったですが、改めてこの人の人生に触れて、職人というよりも宗教家ともいうべき深みを感じました。祖父・常吉が自分の後継者として直接口伝によって伝え、常吉の養子だった父・猶光とは兄弟弟子のような存在だったとのこと。そして常吉と猶光が常一が高校進学にあたり、農学校か工業学校に進学させるかで意見が対立し、結局常吉が宮大工はまず土のことを学んで、そこから育った木が分かるのだとしてどうしても農学校へ進ませたという。それが常一が「木と対話する」宮大工になっていったということに凄みを感じました。

  • 『堂塔の木組は木の癖組。』『木の癖組は工人たちの心組。』

    古代の建築は、ひとつひとつの材の癖を許容して、全体としてバランスをとっていく。現在の木造建築でよく議論される「リダンタンシー」を、飛鳥時代の建築から読み取り実践している。大量生産が可能になり、規格文化が進んだ室町以降の建築は、外面的には整っているが同時に痛みがはやいという指摘は、現代建築がもつ危うさとも重なるように思う。
    やはり、頭だけでなく、手を使うことで学んだ人の言葉は重みが違う。「口伝」の重み、というタイトルがすばらしい。

  • 前回インドネシア出張の際に機内で読むために購入し、今回韓国出張時に再読。当時からは担当が替わり、別な視点、感想を持ってで読むことができた。筆者の世界観、時間スケールの大きさ、仕事に対するプロ意識、人材育成論・・・、前回とは違った部分、違った感銘を受けた。再読の面白さを認識させられた書ともなった

  • 宮大工と言えば、西岡常一というくらい、今でもTVにでてきます(1995年に86歳でお亡くなりになられていますが、先日も、唐招提寺の千手観音修復の番組で釘・金物を造る白鷹幸伯氏が偲んでいました)。

    本書の座談会で、

      石川 また棟梁は、「古代建築の復元というが完全な復元はできない。江戸時代には江戸時代の、昭和には昭和の技術がある」と。
      山本 「古ければ何でもいいわけではない。ただ古いだけなら、そこら辺の土や石が一番古い」とも言っていました。では、何が文化財として残っているか。それは技術のあるものだけだと言うんです。だから技術を持った職人を残さなければならない、ということになるんです。 ところが、今回は何とかできた、というのが国の姿勢だと怒っていました。「麦の種を食べてしまったら、もう来年はならんよ」と。つまり職人を育てなければ、いずれモノが造れなくなるということです。

    というやり取りがあったのですが、なるほどなと思いました。

    私がちょうど、高校の修学旅行で薬師寺を訪れた時、西塔が新しくなっていたのですが、その仕事をしたのが西岡常一だそうです。 当時の私は、色あせて渋い東塔と比較して、目が痛くなるような青と丹の色をした三重塔は「趣味じゃないなぁ」なんて思ったものですが、その考えは間違っていたのかもしれません。

    1200年前に造ったその姿を再現すべく昭和の技術を集める、それを通じて技術が伝承していく。そのことが大切なのかもしれないなとこの本を読んで思いました。

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著者プロフィール

西岡 常一(にしおか・つねかず)
1908年奈良県に生まれる。1995年没。西岡家は、鎌倉時代にはじまる法隆寺四大工の一人、多聞棟梁家につながる宮大工の家柄。明治のはじめ祖父常吉氏の代に法隆寺大工棟梁を預かる。常一氏は幼少より祖父常吉氏から宮大工の伝統技術を教え込まれ、1934年に法隆寺棟梁となる。20年間にわたった法隆寺昭和大修理で、古代の工人の技量の深さ、工法の巧みさに驚嘆したという。法隆寺金堂、法隆寺三重塔、薬師寺金堂、薬師寺西塔などの復興の棟梁として手腕をふるった。文化財保存技術者、文化功労者、斑鳩町名誉町民。著書に『木のいのち木のこころ(天)』(草思社)『蘇る薬師寺西塔』(共著、草思社)『木に学べ』(小学館)『法隆寺を支えた木』(共著、日本放送出版協会)『斑鳩の匠・宮大工三代』(共著、徳間書店)ほか。

「2010年 『新装版 法隆寺 世界最古の木造建築』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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