カフカ小説全集 4

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  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (373ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560047040

作品紹介・あらすじ

カフカの作品の中でも、ひときわ異彩を放つ『変身』をはじめ、生前発表の全作品を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 「判決」:
    ゲオルクと父との会話のすれ違いに、なんだか胸がザワザワする。
    ある日、ゲオルクは、自分の結婚のことをペテルブルクにいる友人に伝えることにしたと父に報告する。
    すると、父はそもそもお前にはペテルブルクに友人などいないだろうと彼を難詰し、はたまた自分がとっくに知らせておいたからすでに知っているなどと言う。/

    【あわれみの表情を浮かべて、こともなげに父が言った。(略)
    つづいて声を張り上げた。
    「自分のほかにも世界があることを思い知ったか。(略)ーーだからこそ知るがいい、わしはいま、おまえに死を命じる、溺れ死ね!」】/

    ふと、『変身』で父親がグレゴールに投げたリンゴのことが脳裏に浮かんだ。/


    「火夫」:
    長篇『アメリカ』(失踪者)の第一章を独立させたもの。
    カフカの作品で冒頭からこんなに明るい作品を他に知らない。
    まるで、誰か別の作家が書いた冒険物語のようだ。
    帯に【カフカの作品の中でも、ひときわ異彩を放つ『変身』をはじめ】とあるが、僕にはこの物語こそが「ひときわ異彩を放っているように思われる。/

    【女中に誘惑され、その女中に子供ができてしまった。そこで十六歳のカール・ロスマンは貧しい両親の手でアメリカへやられた。速度を落としてニューヨーク港に入っていく船の甲板に立ち、おりから急に輝きはじめた陽光をあびながら、彼はじっと自由の女神像を見つめていた。

    ー中略ー

    「もっと乗っていたいのか」
    航海中に顔なじみになった青年が、通りすがりに声をかけてきた。
    「支度はできていますとも」
    カールは笑いながら半ばおどけて、それに力がありあまっているせいもあって、トランクを肩にかついでみせた。】/

    「変身」:

    【ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた。】

    「途方もない虫」か、僕にはもう少し否定的なニュアンスがほしいところだ。
    その意味で、川島隆訳の「虫けら」の方が好きだ。/


    「流刑地にて」:
    この作品については、既に『雑種』の感想で書いたので、ここでは割愛する。/


    「断食芸人」:
    なぜか、断食芸人の悲哀が胸に沁みた。
    断食とは、なんという退屈で不毛な芸だろうか。
    ふと、断食芸人の哀れで滑稽な姿が、体型こそ違えど、どこか僕に似ているような気がしてきた。
    掟から逃げ惑う不条理な生。
    「砂」を掘ろうとしないものは、「砂」に埋もれるしかないのだ。
    若い頃は映画館のスクリーンの中にマドンナの影を探したものだが、最近は小説の中に自らの似姿を探しているのかも知れない。/

    【小さな邪魔もの、それも日を追ってますます縮んでいく邪魔ものだった。いまどき断食芸人を見世物にしようなどという奇抜さはともかく、そんな奇抜さそのものが、ほんのいっときしかつづかない。とすれば最後の判決が下されたというものである。断食芸人は全力をつくして断食をつづけ、この上なく見事にやってのけた。しかし、それが何になったというのだろう、誰もが前を通りすぎていくだけ。

    ー中略ー

    断食芸人はかつて夢想したとおりの断食をつづけていた。それはみずから予告したとおり、この上なくたやすいことだった。しかし、もはや誰も日数を数えていなかった。断食芸人自身が、もうどれくらい断食をつづけてきたのか覚えていなかった。】/


    「解説」:
    極めて興味深く読んだ。/

    【カフカは当初、『判決』『火夫』『変身』を一つにまとめ、「息子たち」のタイトルを考えていた。その後、『判決』『変身』『流刑地にて』を合わせ、「罪」の標題を思案した。】/

    【カフカは『判決』を一九一二年九月二十二日の夜から翌日の朝にかけて書き上げた。(略)はじめは漠然と「ある戦いのこと」を書こうと思っていたという。
    (略)「ところがペンをとったとたんに、すべてがちがったものになってしまった」という。
    何を、どのように語るか、予定していたのではない。書きながら、しだいに物語をつくっていった。(略)短篇『判決』によってカフカは自分の方法を見つけた。それは彼が受けた「判決」でもあって、まさにこのように書かなくてはならない。作中人物がどのように発展するか、前もって知ることなしに「暗いトンネルを行く」ように書く。カフカにとって、小説はまさにそのように書かれるべきものだった。】/


    「変身」について:
    【さらにもう一つ、さりげなくべつの変身が描かれていないだろうか。家族であって、ザムザ一家が変身する。これは「家族の変身」物語でもある。(略)
    一家の働き手が虫に変わってのち、母親は内職を請けおう。妹は店員になった。老いた父親は用務員として銀行に勤めはじめ、金ボタンつきの制服を着て出かけていく。】/

    川島隆訳『変身』の感想に、読友さんから「ハッピーエンドですね」とのコメントをいただいた。「虫」の視点からしか読んでいなかった僕は、思わず熱くなって反論したが、確かに家族の側に立てば、そうとも言い得るのかも知れない。

  • 「ある青春小説」いいね

  • 原田義人訳で「断食芸人」読んだので池内紀訳で再読。池内訳は色々言われてるようですが、文章の軽快さというか軽薄で「理科室でピンセットで作ったよ!」みたいな感じが好きです。

  • 借り物

  • ホラー版『変身』はお休み。


    『変身』は、カフカ作品の中でもとりわけ人口に膾炙している中篇。朝起きたらいきなり虫になっていたサラリーマンのおはなしだよ……なんて説明不要ですよね、有名すぎて★

     ですけど、有名な古典作品の足もとには落とし穴が開いています。ちゃんと読みこまないうちにイメージが先行して、知った気になってしまうのです。知っているつもりなのと、本当に読んだのとでは大違い。「つもり」だった『変身』を開いてみたら新たな魅力がゆらゆらたちのぼってきて、驚きながらもどこかで待っていた気がします、こういうフランツ・カフカ!

     従来版には「なんか気難しそう」「不安の塊でできた小説」というイメージがありました。主人公のからだが虫にかわってしまうという話から想像したのは、ほとんどホラー小説の世界だったしね★ ただ、読んでいる最中は作品の印象がある程度まで翻訳の調子に縛られてしまうので、違う訳で読んだらどうだろう……とふと思ったのでした。

     そこで今回手をつけた池内訳の全集はというと、芯は太いけれど柔らかく訳されています。余分な装飾はとりはらわれていて明瞭簡潔、軽妙さが気持ちいい文章なのですよ。
     なんといっても、怖くないというところが大きいです。これまでのおどろおどろしいカフカ、どよーんとした『変身』が好きなかたは、一抹の物足りなさを感じるのかもしれないけれども……。
     訳者の池内紀氏はエッセイを書いていてもそうなんですよね。一見凝ったところのない調子で、味は薄づき。しかし、かみしめるたびにおいしさが増す。ただ口当たりの良いだけの文章ではないのです。

     あらましはもう説明しなくてもいいと思いますので、印象だけ書き記しておきます★
     主人公の突然変異という緊急事態が、ひたすらに冷静に、わざとのように淡々とした筆致で綴られていきます。高度な冗談、って感じ。
     ぴりりときいた皮肉のスパイス、奥の深いユーモア!

  • 変身のみ 短編。
    主人公のグレーゴルは目覚めてから突如虫へと変化していることに気づく。序盤は人としての悩み(仕事に遅れてしまう・仕事が辛い等)を思考し、後半は虫としての悩み(部屋にある家具が邪魔で思うように這い回れない等)を思考する。
    刻々と"虫"へと変化する様子もなかなかだが、こんな不条理な悲劇に見舞われてもなお、動揺しパニックに陥る様子も全く無く、淡々と哀れな虫としての生活が繰り広げられているところが、全体を通して面白い。

    最後には家族から、アレ(虫)はもう兄・息子では無いと切り捨てられ、虫でいる間に受けた傷が致命的だったのか何なのか、ころっと呆気なく死んでしまう彼に対して、家族は思っていたよりも十分な貯蓄があるし、新しい家でも買って出直そう!と、明るい未来を想像させる雰囲気の中、物語は完結する。

    ただただグレーゴルが哀れだ。
    今まで仕事一筋に生き、家族に家と平穏な生活を与えていた彼がいなくなったことをきっかけに、父・母・妹は仕事を始め、理想的な家族(像)を形成し、人としての幸せを実感し始める。
    彼が今まで身を捧げて築いたもの、彼の人生は一体何だったのだろう?
    可哀相だが滑稽な、面白い話だった。

  • 2012年1月7日読了

  • 『下の通りを小さな娘が歩きながら振り返ると、その顔にいまや夕陽が射しかけていて、そこへ急ぎ足でやってきた男の影がかかる。でも、男はもう通りすぎていて、娘の顔は明るい』-『ぼんやりと外をながめる』

    「カフカは、」と言いかけて、その言葉に続く様々な思いが一気に出てこようとしていることに気づく。余りにたくさんの言葉が生まれてこようとするので、たった一つしかない出口に順序よく並ばせて吐き出させてやらなければならないという思いに駆られる。

    それなのに、そうやって順序立てて外へ出してやろうとすると、生まれかかっていた言葉たちはどれもこれも途端に引っ込み思案になって、一向に出てこようとしない。そもそも「カフカは、」などと簡単に言ってしまうことなど無理なことなのだけれど、と思い直しつつも、相変わらず何かをその後に続けてみたいという気持ちの高揚感だけはある。それで何とか引っ張り出そうとしてみると、それは恐ろしくトンチンカンな言葉であることを発見して、二度驚く。

    例えば、カフカは二次元的だ。何故かそう思う。一つの場面から立ち上がってゆく奥行や高さというようなものがない(訳ではないのだけれども)。場面の転換が、まるで紙芝居の絵が繰られるように、さらりと何の未練もなく変わる。次にあらわれるのは全く見覚えのない場所に思える。主人公だけは連続した存在としてますます色濃くなる。その不連続と連続の違和感が解消されることはなく、さらりさらりと先へすすむ。全体としては立体になっている筈なのだが残る印象は二次元的なのだ。それは主人公の視点を借りたカフカの身体的俊敏さに、読み手である自分が付いていくことができない、ということの裏返し。だから、こんな告白は実はとても恥ずかしいことなのだけれど。

    例えば、カフカは自動筆記的だ。一見脈絡もなく言葉が連なって流れてくる。ちょっとレリスを思い出す。しかし実際は自分の周辺でせわしなく起こる小さな変化を何一つ見逃すまいとする視線の動きのめまぐるしさを、少々ぶっきらぼうに(但し正直に)言葉になおしているということなのかも知れない。その言葉を追いかけているだけで、ドキドキとしてくる。何かがそこにあるという予感が恐ろしくする。何かが比喩されているのではないか、と常に考えずにはいられなくなる。でもそうやって読んでいるとカフカは苦しくなる。脳を寝かしつけて読んだ方がカフカは面白い。そういえばカフカを比喩的に読んではいけない、と保坂和志が言っていた。

    『いったい全体、音楽がどんなかかわりにあるのか、何度も考えたものである。われわれはからきし音楽がだめときている。とすると、どうしてヨゼフィーネの歌がわかったりするのか』-『歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族』

    カフカは解るようなものではないのだけれど、どこかで解るのだ。そこが不思議。とても刺激的だと思う。言葉の解らない外国語の歌を聞いている時のような、時代も文化的背景も遠く隔たった古典音楽を聴いている時のような、そんな感覚に似ていなくもない。

    『わたしがそう言ったとき、彼はとても幸せそうだった。服の着こなしがいい、首のリボンが気に入ったと言った。さらに、わたしの肌がきれいだと言い、告白は取り消されるとき、もっともはっきりすると言った』-『祈る人との対話』

    ああ、それはいったいどういう意味? と頭の方は訴える。でも身体の芯の方は、そうだそうだ、と言ってくる。ほら、あの初恋の思いのような、と。ああ、解ったような解らないような。

  • カフカ。
    ところで毒虫ってどんなだろう。
    害虫のイメージでいいのかしらん。
    「掟の門」「流刑地にて」が大好き。
    この本に載ってたかな?

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著者プロフィール

ツイッターやインスタグラムで恋に悩む女性にむけて優しく背中を押す言葉を投稿している。著書に『だから、そばにいて』(ワニブックス)、『好きでいて』(セブン&アイ出版)、『何度も諦めようと思ったけど、やっぱり好きなんだ』(KADOKAWA)などがある。ツイッター @kafuka_monchi インスタグラム @kafuka022

「2020年 『だから、そばにいて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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