- Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
- / ISBN・EAN: 9784560090015
作品紹介・あらすじ
『ダンダン』-俺はダンダンから薬をもらおうと、農場まで出かけた。しかしダンダンは、銃で知り合いを撃ってしまったという。ブレーキの効かない車で、死にかけた男を医者まで送り届けるドライブが始まった。『仕事』-俺はホテルでガールフレンドとヘロインを打ちまくっていた。喧嘩をした翌朝、バーで金儲けの話に乗ることにした。空き家に押し入り、銅線を集めて、スクラップとして売る仕事だった。『緊急』-俺は緊急治療室で働きはじめた。ぶらぶらするか、雑役夫と薬を盗むしかなかった。深夜、目にナイフが刺さった男が連れられてきた。手術の準備中、雑役夫がそのナイフを抜いてしまった。最果てでもがき、生きる、破滅的な人びと。幻覚のような語りが心を震わす、11の短篇。
感想・レビュー・書評
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1篇、1篇、短いけれども、驚きながら読んでいる。それぞれの作品は緩やかにつながっている。同じ店、同じ登場人物がときに登場する。彼ら彼女らは、よくわからないが少なくとも「尋常」ではない。
酒に溺れ、ドラッグに溺れ、何が何だかわからなくなっている。でも読み進めるにつれて、溺れることによって輝き出す(一瞬の)現実というものがあるのだと思えてくる。
同時に、こういう表現でしか言葉にできないのがもどかしいが、「因果関係というものがいかに悲しいか」が、痛いくらいに伝わってくる。。生と死の短絡も含めて。
本作の1篇が終わるたびに何かが死に、次の1篇が始まるたびに、なにかが「かろうじて」生き返る。
そう、ほんとに、そのリズム。息も絶え絶えな本なのだ。
⭐︎は5つしかないけれど、パーフェクト。
突然、満天の星空の下に放り出されたような気分だ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
チャールズ・ブコウスキーが一段ダークサイドに堕ちたようだ。ドラッグ&アルコールに目の上まで浸かっている。アメリカ、この手合いの人材が豊富すぎるだろう。翻訳の柴田さん曰く「1980年代のアメリカの作家は、どこまで惨めな主人公を書くか競争をしていた」といい、カーヴァーを引き合いに出している。
カサカサに乾いた口調で語れるのは暴力と死で、あまりの地獄ぶりに唖然とするほどだ。しかしその中で言葉とイメージがふと高みに飛躍する。
「弾は当たらなかった。彼女が求めていたのは俺の命じゃなかった。もっとそれ以上のものだった。俺の心臓を食らって自分の成した行いを抱えて砂漠に埋もれることを彼女は欲した。…子供が母親によってのみ傷つけられうるやり方で俺を傷つけることを彼女は欲した。」(ダーティ・ウェディング)
文学として力強い迫力を持つと同時に、ドラッグの酩酊の中にあるように、思いがけない方向へあくがれ出る不思議さがある。
ブコウスキーは1作読んで面白いと思ったが、2作、3作と読んでアルコール芸かと飽きてしまった。デニス・ジョンソンという人がドラッグ芸作家ではかどうか、確かめたい。 -
ジミヘンのギターに影響を受けて文章を書き始め、短編集のタイトルはルー・リードの歌詞から拝借ーこれだけで本作がクズ文学の系譜に存在しているのを察知できるだろう。それも徹頭徹尾投げやりで、とびきりダウナーなやつ。無為で無意味にすら届かない無効な日々を描きながら、最後の一文で命綱を断ち切るかの様な衝撃を投げつけてくる。誰もが上昇を求める世界で1人急降下への野心を滾らせるその世界観には、否が応でも震わさせられてしまうでしょう。そうそう、俺たち全員神の息子なんだって、知ってた?まぁ、1人残らず母子家庭なんだけどね。
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どうしてくれるんだ、憂鬱になったじゃないか。異常にざらざらした読みざわり。もう嫌だ、わけわかんない人たちだ、そう思いながら一気に読んでしまった。
柴田元幸訳。アマゾンの出版社コメント曰く、「20世紀末のアメリカ短篇集の最高峰として、誰もが名を挙げる一冊」らしいんだけど、正直、作家のことはよく知らない。
話としては、大体、ヤク中のロクでもない人たちが、何かとんでもないことになって、全体的に不幸だと思うんだけど、本人たちはそうでもない感じで、読者としては、居心地が悪いというか、言葉にできない違和感でこれまたとんでもない。
結局何だったんだ、といわれると、何の話なのか、どういうつもりなのかさっぱりわからないんだけど、妙にインパクトがあって、印象に残る一冊。 -
紹介文がうまい
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若島正も指摘していたようだが、柴田元幸の書いた文章は、読んだ後に何が書いてあったか思い出すのがとても困難だ。
人に教える立場にも関わらず(いや、だからこそ)、彼の言葉は簡単に要約されてしまうことを拒絶する。
ただ言葉が自分の中を通過していったという気配だけが残るほとんど現代詩に似たような感覚。
本質的なもの(とされるもの)を周到に避けることが、彼の文章の本質、というか倫理だとすれば、白水社『《エクス・リブリス》Ex Libris』の第一弾として出版されたデニス・ジョンソンの短編集はそんな倫理にのみ貫かれている。
酒やドラッグに溺れ、ほとんど破滅的といってもいい語り手の言葉は、使い古された偽悪的なイメージに簡単に回収されてしまうには、余りに「物語」というか「時間」というか、直線的に進む(とされている)なにものかから切り離されている。
別に難解なわけではない(ほとんど平易と言ってもいい)。物語らしきものもそれなりに語られはする。
だが、そこには決定的に何かが欠落している。
孤独の言葉。
言葉の孤独。
水上ボートが引っ張る凧にくくりつけられた全裸の女。
歩いて病院にやってきた、目にナイフがつかの部分まで刺さった男。
吹雪のドライブインシアターに降りてくる天使。
そんな突出したイメージは現実感をいちじるしく欠き、まるで夢のように、世界全体に薄い靄がかかっているかのようだ。とても映像的と言ってもいいかもしれない隣の世界の悪夢。
だが、普通のリアリズムとされている言葉よりもはるかにリアルだ。
これが「現実」ってやつなのだ。たぶん。
そして、ほとんど「書き違いではないかと思えるような」唐突な、衝撃的ともいえる飛躍。過剰(とされているけどなんも過剰じゃないよ、お前らがぬるいだけだ。バーカ)ななにかを抱える人間は突発的に手を伸ばす。届きそうな気がするんだよ。時々。
「なのにあんたらは、あんたら馬鹿らしい人間どもは、俺に助けてもらえると思ってるんだ」
死ぬほどここから出て行きたい。
でも死ぬまでここから出て行けない。
だから、ここから一歩も通さない。 -
村上春樹の翻訳アンソロジー『バースデイ・ストーリーズ 』の中で、この作家の短編が一番インパクトがあったので、気になっていた。
これは、『バースデイ・ストーリーズ 』収録の短編「ダンダン」も含まれた、ドラッグとアルコール(とたまにセックス)のことしか考えていない男達が過ごす出鱈目の日常が描かれた連作短編集。
短編はすべて男の一人称の語りで、時間・空間や人間が意識の中で錯綜したり、入れ替わったりして、アルコールとドラックで混濁した状態がリアルに再現されている。
登場人物はやたらと動物的で、犯罪に躊躇はないし、人は簡単に死ぬしで、グチャグチャなんだけど、乾いたユーモアもあって、そこはかとない可笑しみが立ち上がってくる時もある。
倫理とか道徳とは無縁の男に、奇妙な宗教的な啓示みたいな感情が湧き上がってくる描写なんかは、人間の不可思議さを感じさせて面白い。 -
なんだかこう…乱暴でダーティな感じが…ずっと前に読んだ海外小説っぽくて…
なんか懐かしかったな… -
柴田元幸氏が訳した本で、裏表紙の文句にそそられ手に取った。最近読んでいた本当は全然違うタイプの本。それゆえ一層衝撃的に感じた。特にヒッチハイク中の事故は驚いた。文章が時々思わぬ所に飛び、奔放なイメージがキラキラしている。物語の進み方は強引な所があるが、それが魅力となっている。
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まじでおこがましいけど柴田元幸の訳がどうしてもにがて…