- Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
- / ISBN・EAN: 9784560090428
作品紹介・あらすじ
バスク文学の旗手による待望の最新作
スペイン内戦下、ゲルニカ爆撃の直後に、約二万人のバスクの子供たちが欧州各地へ疎開した。八歳の少女カルメンチュは、ベルギーの文学青年ロベール・ムシェとその一家に引き取られ、深い絆を結ぶ。ムシェは戦争特派員として前線を取材し、ヘミングウェイや芸術家たちと親交をもつ。やがて第二次世界大戦の勃発とともに、カルメンチュたち児童は荒廃したバスクへの帰還を余儀なくされる。
その後、ムシェは進歩的な女性ヴィックと出会い、結婚。バスクの少女にちなんでカルメンと名付けた娘とともに、幸福な日々を送る。しかしまもなく、反ナチ抵抗運動に加わったムシェは、悪名高いノイエンガンメ強制収容所に移送される……。
ヴィックは愛する夫の帰還を待つが、なかなか消息は得られず、戦後、カルメンと二人で生きていく決意をする。父の記憶を持たないカルメンは、ノイエンガンメ収容所の解放五〇周年式典をきっかけに、父の足跡をたどり始める。
ノンフィクション的な記述と小説的な語りとのあいだを行き来して、ムシェとその周辺の人々を鮮やかに蘇らせてみせる。好評の『ビルバオ‐ニューヨーク‐ビルバオ』の異才による傑作長篇!
感想・レビュー・書評
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以前「『その他の外国文学』の翻訳者」(白水社編集部 編)を読んだ時、そのうち読んでみたいと思う本を沢山チェックしておいた。
それらは古い作品であったり、『その他の外国文学』というだけあって地味目だったりするので、図書館に他の方の予約は全く入っていない(需要がない)ので、いつでもすぐに借りられる。
図書館がシステム変更に伴い長期休館期間に入る前に、ごっそりまとめて借りてきたうちの1冊。
バスク語による同じ作者、同じ翻訳者の『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』も借りてきてあり、先に読み始めたが、最初の20ページほどでギブアップ。
ブクログに登録もしない。
それに比べると本書の方が、ぐっと読みやすい…と思ったのも束の間。
文体は読みやすいのだが、たぶん構成が上手くないのだろう。
まず急に「時」「場所」があちこち飛ぶので混乱する。
また、同じ名前もしくは似た名前が多くて困る。
カルメンチュとカルメンの年齢が合わなかったのだが、主人公がカルメンチュの名前を取って自分の娘にカルメンと名付けたという説明が後から出てくるまでは悩ませられた。
他にも突然人名が出てきて、誰この人?となる。
いきなり地の部分に「僕」と書いてあって、誰?となる。
たぶん著者なのだろう。
小説に徹しきれておらず、ノンフィクションなのかフィクションなのか、どっちつかず。
1937年にバスク地方の数万人の子供達がヨーロッパ各地に疎開したとのこと。
バスク語話者(もしくはスペイン語話者だったとしても)の子供達がベルギー(当時はフランス語だったと書いてある)へ疎開して、何語でコミュニケーションを取ったのだろう?
(カルメンチュのホストファミリーのロベールはスペイン語を話せた)
疎開先で良い教育を受けさせてもらえた子もいれば、女中のように働かされた子もいる。
これは現代のホームステイ先のホストファミリーにも言えることなのだろうが、いつの時代どの場所でも運不運といったところだろうか。
それにしても「バスク地方」「ゲルニカ」「フランコ政権」「スペイン内戦」「1909年の悲劇の一週間」この辺のことを単語を知るのみで、実際にはまだ全然理解していないことが致命傷だった。
やはりバスク地方についての本を読まないといけないなと思う。
それ以前の問題として、本書は時系列がめちゃくちゃなので、3分の1でお手上げ。
翻訳者あとがきをザッと読んでやっと、どのような経緯で書かれたのかがわかったくらいで、本文を読んでいても私にはその経緯は全く伝わってこなかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
どこまでも淡々とした文章なのに、何度も涙が出てしまった。
最後に近づくにつれて、読んでいるのが辛くなる。
理由をつけて動かないでいる方がどれだけ安全か分からないのに、良心に従って立ち上がった人の物語。
ムシェのような人が、人生を奪われない世の中にしなければ。 -
『ビルバオ−ニューヨーク−ビルバオ』の作者キルメン・ウリベによる長編小説、今作も前作に劣らずにすばらしい小説でした。
まずはその美しさ、特にロベールとヘルマンの友情を表現する箇所などは特に。
『ロベールの呼吸が急に止まる。ヘルマンは愛撫の手を止め、指先を少し離す。彼を起こしてしまいたくない。そうして撫でていることに気づかれたら、なんと思われるだろう?ヘルマンは恥ずかしさに耐えられないだろう。ロベールの息遣いがふたたび穏やかになる。ヘルマンは目を閉じる。そうして数分のあいだ、ロベールの柔らかな匂いを嗅ぎ、潮騒に耳を澄ませていると、思い出もまた波のように。砕けてはひとつまたひとつと押し寄せてきた。あるイメージが別のイメージを運んできては、川の水面に映った自分の顔を見るときのように、さまざまなかたちをつくり出し、姿を変えていく』
これはバベルの塔で作り出された72の言語のなかに含まれるというバスク語で書かれているのが美しさの要因であるのかもしれない。
そして読んでいると作者のつくり出した創作か史実にあるエピソードなのかがあやふやな、じつきに奇妙な感覚に陥っていきます。
たとえば、
・ロベール・ヴァン・エーメーナという名の痩せ過ぎで耳の突き出た自転車選手
・バスクの苦難という本に載っているラウアシュタという詩人の詩
鳩は怯えて飛び去り
山は静まりかえる
精悍な十人の若者が
命を失って地面に!
・ロバート・グレーヴスの回想録にあるシーグフリード・サスーンについての記述
・ベートーベンが大声で歌いながら散歩をしていた話
・ロベールとヘミングウェイの親交
・ロベールとヴィックが落ち合う宿の名前「ナポレオンの寝台」
これらはキルメン・ウリベの創作に違いないと思います、その美しさと想像力に感動してしてしまいます。
前作に続いて船の名前も印象的です。
バスクから世界各地へ子供たちを避難させた船の名は『ハバナ号』もともとはアルフォンソ十三世号という豪華客船でした。
リューベック湾でノイエンガンメの囚人を満載したまま沈没する船の名は『カープ・アルコナ号』こちらも2万8千トンの豪華客船でした。
同じ用途で建造されたのにもかかわらず、方や生を運び、方や死を運ぶ。運命に翻弄されるのは人間だけではない、悲しい現実を見てしまいました。
ロベールはその英雄とされる気質を頑なに変えませんでした。それはヘルマンとの友情が失われ、元に戻ることが困難だとわかってしまったのが原因ではないかと思います。二度と家族のもとにもどらない。そんな気持ちが心の奥底にあって、まっすぐな心を持ち続けることができたのではないでしょうか。 -
第二回日本翻訳大賞受賞作というのに興味があり読了。
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スペイン内戦でバスクから疎開児童を受け入れ、第二次大戦でレジスタンスに身を投じ、強制収容所に囚われることになった一人の小さな英雄の人生は、フィクションとノンフィクションが混ざり合いながら語られる。
凄惨な過去を理解し、そこになんらかの決着をつけるべく、私たちは過去の足跡をたどるのかもしれない。 -
実在したナチスへのレジスタンスの末命を落としたロベール・ムシェという人物をもとにした小説でありノンフィクションであるという構成が、不思議な読後感を残す。スペイン内戦の際に疎開したバスク人の子供を受け入れ、大切にしていたことは、必ずしも物語の主軸にはなっていないように思うが、ノンフィクションとしての本書を形作る大きな要素にはなっていると思う。
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文学
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内戦時代にバスクから疎開した少女を引き取ったことで人生が思わぬ方向へ変わっていく、と帯にはあるけど、そうだっけか? むしろかつての親友であり、一度は深刻な絶交を経てふたたびつきあうようになるヘルマンのほうがムシェの人生に多大な影響を及ぼしている。若き日の、ほとんどボーイズラブのような輝かしいふたり。絶交にいたる苦々しい思い。そしてふたたび交流を初めて、ヘルマンがムシェをレジスタンス運動に誘ったことが、結果的に見れば新婚だったムシェの幸せをうばってしまったんじゃないのか。
ヘルマンに誘われなくてもムシェはレジスタンスに身を投じていたのかもしれないけれど。
などとぶつぶつ思ったが、ぐっと引き込まれてつぎつぎとページをめくり、あっという間に読み終えてしまったのもたしか。何かを成し遂げたとか成し遂げないとかではなく、自分に誇りを持って、いつも人のことを考えながら真摯に生き抜いたムシェ。そしてその人生の証を大切に守り抜いた妻と娘。丹念に掘り起こした作者。人間が生きるっていうのはどういうことなのかとあらためてしみじみ感じるものがあった。 -
涙が止まらねぇよ。