世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性

  • 原書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784562073870

作品紹介・あらすじ

新しい食品トレンドと課題について現状を徹底分析し、具体的事例とともに、アイディアとヒントを提示。食品ロス、ハイブリッド市場、スーパーマーケットの変革など、グローバルな食品システムの未来と変革を知るための必読書。

感想・レビュー・書評

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  • ▪️食品ロスと食品廃棄
     貧しい国では、主に輸送や貯蔵施設があてにならないことから多くの食品が市場まで届かない。私たちが「食品ロス」とみなしているのはこの部分であり、収穫時点から小売段階に届くまでに失われるあらゆる食品が含まれる。世界的に、全食品の一三・八%がこの段階(農場、輸送中、加工・包装・保存時、卸売店)で失われる。このロスは年間四○○○億ドルに相当すると推定されている(FAO,2020)。欧州がこの面で(おそらく意外にも)成績が悪いことは注目に値する。中央・南アジアでは約二○%だが、欧州は一五・七%と、市場に至るまでのロスが二番目に多いのだ。これに対しオーストラリアではわずか五・八%だ。


    ▪️欧州委員会の上級副委員長フランス・ティーマーマンス
    「私たちは農業を集約化していくやり方と決別しなければなりません」とティーマーマンスは述べる。「欧州の農家を地球を守る存在となるよう再教育する必要があります。しかし見返りは必要です。農家のために別の収入源を見つけ「なければなりません。食卓に並べる食品の対価を彼らに支払うのであれば、自然を守る対価も支払うべきでしょう。これは農業にとっての新しいビジネスモデルとなっていくはずです。科学を地方や農村の役に立つよう活用することも必要です。精密農業、最新技術の活用、ブロードバンドネットワークの農村地域への拡張といったことも、農家の作業を効率化するのに役立ちます。さらに、こうした変化を取り入れる用意と意思を持つ若い世代の農家が存在します。彼らは肥料や農薬の使用量を大幅に減らしても健康に良い食品の生産率を高めることが実際に可能であることを理解しています。こうした点で、農業は他のどの産業とも異なります。農業部門には常に政府の支援と助言が必要なのです」。


    ▪️農業のハイテク化の例――――
    ●リモートセンシング――ドローンや人工衛星を活用することで農地や家畜を離れた場所からモニターする。
    ●センサーとスマートカメラのネットワークにより農地や施設の安全を確保する。
    ●ソフトウェアを使ってて農場のあらゆる作業の管理、編成、最適化を行う。
    ●ロボットに、肉体労働では困難、危険、あるいは費用がかかる作業を代替させる。
    ●自動化とロボット化により精密農業と精密灌漑をサポートする。
    ●家畜飼料用の新レシビの開発。例えば昆虫や海藻を利用したもの。
    ●肥料用の新レシピ の開発。やはり昆虫や海藻を利用したもの。
    ●生物農薬の開発――細菌、藻類、ウイルス、真菌などの生きた微生物、フェロモン、昆虫や植物の抽出物を利用する、環境にやさしい害虫防除法。
    ●都市農業と新世代農業(覆われ、厳密にモニターされている空間で行われることが多い)。
    ●遺伝子組み換え(生物科学者が生物のDNAを変更する)。これにより、例えば作物を害虫や病気に強くしたり、乾燥地域での栽培に適したものにしたり、貯蔵期間を伸ばしたりすることができる。
    ●種子から重機に至るまでのさまざまな商品を扱う農家向けの企業間とコマース市場。
    ほか


    ▪️成長の機会
     この新市場の規模はどれくらいなのだろうか?また今後どこまで成長するのだろうか?二〇一〇年から二〇二〇年にかけて、欧州での代替肉と代替乳製品の小売販売額は毎年約一○%の伸びを示し、一〇年間で市場規模は倍増している。事実、代替肉の販売額は二〇一〇年の六億二五〇〇万ユーロから二〇二〇年には一三億八〇〇〇万ユーロへと一二一%も成長している。同期間中、植物性乳製品の販売額は一五億ユーロから三〇億ユーロに成長している。
     肉や乳製品はやがてすべて代替食品に取って代わられるだろうとする評論家もいるが、オランダのING銀行のリサーチャーは本当にそうなるとは考えていない。現時点で、代替食品は欧州の肉市場のわずか○・七%、乳製品市場の二・五%を占めているにすぎない。現在の高い成長率(一○%前後)が続くと仮定しても、代替食品が肉や乳製品に完全に取って代わるのに二〇六〇年までかかる(Geijer,2020)。より現実的な見立てでは、代替肉と代替乳製品の市場は二○二五年に七五億ユーロまで成長する。代替肉が二五億ユーロ、代替乳製品が五○億ユーロである。欧州市場でのシェアもそれぞれ一・三%と四・一%まで増加する。


    ▪️培養肉をめぐる4つの大きな課題
    ・生産コスト
    ・生産規模
    ・市販前に正式な公的承認を受ける必要がある
    ・消費者


    ▪️牛乳の培養
     培養肉との主な(そして重要な)違いのひとつは、乳タンパク質は「本物の」乳を使って培養するのではなく、酵母による発酵で生産するという点である。このためパーフェクト・デイは、含まれるタンパク質が乳タンパク質とまったく同じであるにもかかわらず、自社製品を完全なヴィーガン食とみなしている。つまり、こうした製品は、骨が折れ、費用のかかる承認手続きを経ずとも販売できるということである。実はこうした手法の多くは新しいものでもなんでもない。例えばチーズ製造に使う、乳を固める酵素であるレンネットを考えてみよう。この酵素はかつて仔ウシの胃から抽出されていたが、一九九〇年代以降は細菌を利用して生産されているのだ。ちょうどインスリンがかつてはブタから抽出されていたのが、現在では工場で作られるのと同じことである。


    ▪️ユニリーバは海藻で家庭をきれいにする
     原材料としての海藻の可能性は、人間用のヘルシーで持続可能な食品源としての役割をはるかに超えたものだ。動物飼料としても、化粧品としても、環境にやさしい包装としても、さらには燃料としても使われている。だが海藻で掃除はどうだろうか?これはユニリーバの新しいアイデアだ。同社は海藻を原料とする洗浄剤を開発中で、最終的には物体の表面に自浄作用を持たせることを狙っている。
     人間の細菌感染症の八〇%以上はバイオフィルムが形成されることで起こる。バイオフィルムとは、キッチンや浴室などにあるさまざまな物体の表面で微生物が増殖して集まったものだ。海藻はこうしたフィルムを形成しにくくするため、バイオフィルムが生じるのを避けることができる。海藻には保護的な作用があり、物体の表面はつねに「クリーン」な状態に保たれる。生物工学者は海藻を利用して汚れや微生物が物体の表面に付着するのを防ぐプロセスの開発に成功している。その結果、例えば浴室のタイルの目地でよく繁殖する黒カビもまもなく過去のものとなるだろう。
     しかしユニリーバの海藻に関する計画は消費者市場をはるかに超えたものだ。同社はこの技術をライセンス契約とし、はるかに利益率の高い企業間市場で収益を得ることを考えている。物体の表面をクリーンに保つ製品なら、無臭の靴から常に清潔な紙幣に至るまで、数千とはいわずとも、数百の応用範囲がある。歯科業界との協議も進行中だ。
     他にもユニリーバは将来的に持続可能性上のメリットが得られる多くの応用法に可能性を見ている。例えばこの製品により船体につく付着物を減らせれば、水に対する船体の抵抗が減り、燃料からの排出ガス量を一○%減らすことができる。

    ▪️個別のグラデーション
     食品の個別化トレンドが予想どおりに発展し続けるなら、従来の食品産業は重大な課題を突きつけられることになるだろう。この産業は現在もっぱら大量生産向けに順応している。つまり、誰にでも同じレシピを提供しているのだ。こうした大手多国籍企業はどうすれば個別的生産に切り替えることができるのだろうか。つまり、すべての人に違うレシピを提供できるのだろうか?そしてどうすれば個別化された製品を無数の個人消費者に効率的に届けることができるのだろうか?旧来のビジネスモデルは刷新される必要があるが、そのモデルは決して自明ではない。オークランド・イノベーション(Oakland Innovation)が提案する興味深い考え方は、個別化をさまざまな濃淡を持つスペクトラムと捉える。
     第一段階では、固有のニーズを持つ明確に定義されたさまざまな標的集団向けの製品を開発する。ゲームプレーヤーの目の焦点調節と反応速度を高めることをうたうエナジードリンク、GFUELが採用したモデルにならい、食品メーカーは、例えば若い母親、乳児、高齢者などのターゲット層の腸の健康を改善する製品を製造することができる。これは「マスカスタマイゼーション」のひとつの形であり、まさに多国籍企業のマース(Marz)が、スタートアップ企業のフードスプリング(Foodspring)との協働で実現を目指しているものである。この企業はユーザーが最適な製品を選ぶのを支援するデジタルコーチを開発しているスポーツフードメーカーだ。
     優れた個別化の可能性を持つ二番目のビジネスモデルはハローフレッシュモデルだ。今後、同社はさらに個別化したミールキットを提供することを狙っている。いまでも同社のミールボックスは個別包装食材をいくつも詰める必要があるため、選択の柔軟性を高めて顧客の個別の健康ニーズに適したさまざまな食材を個々の顧客に提供することは比較的容易だ。同じように、アマゾンフレッシュは個別化食品ブラットフォームであるハビットと協働している。ユーザーは質問票に記入し、糖分、コレステロールなどの血液検査結果を提出する。それをもとにハビットは顧客に食事プログラムと個別化したレシピを提案し、アマゾンはその食材を自宅に届ける。
     三番目のビジネスモデルは、ファイブ・ガイズ(Five Guys)のようなクイックサービスレストランのアブローチに基づくものかもしれない。このアプローチでは、自社の強みの中核となるコア・コンピタンス(例えばハンバーガーやタコスなど)ひとつに対象を絞り、標準食材をさまざまに組み合わせて追加することで素早く容易に個別化することができる。ハンバーガーをサラダ抜き、ケチャップ多めで食べたい?お安いご用です!もちろん、問題はこのモデルを、あらかじめ包装した商品の生産、流通モデルにいかに効率的に落とし込むことができるかだ。
     最後の四番目のモデルは前述のビタ・モジョモデルで、栄養プロファイルをもとに個別化した食品アドバイスを提供するものである。


     大事なことをひとつ言い残したが、消費者の側にも自分の食事バターンの個別化に向き合う用意がなければならない。この点はどんどん準備が整いつつあるように見える。消費者は食品が健康に及ぼす影響について気を配るようになってきている。この点で、興味深いことにデロイトとアホールド・デレーズが欧州で行った研究の結論では、多くの消費者は自身のデータのかなりの部分を小売業者に提供してもよいと考えているのだ。そうなれば、そのデータに基づいて食品産業がサービスやビジネスモデルを開発する機会が得られる可能性がある。
     しかしこの研究は、消費者が食品小売部門にかなりの信頼を置いている一方で、個別化となるとなおも多少のためらいがあることも示している。健康増進に役立つ個別化サービスに関心があるかとの質問で、彼らが最も関心を示したのはよりヘルシーな代替食品の推奨(四六%)であり、次が過去の購買行動に基づく推奨(四五%)だった。自分の栄養の取り方について理解を深めるサービス(三七%)、健康目標に関する進捗レポートの提供サービス(三七%)、健康に関わる推奨サービス(三二%)、自分の健康目標と他人の目標を比較するサービス(三三%)に対する関心はそれより低かった。


    ▪️どうすれば包装を循環的なものにできるのか
     世界はなおもプラスチックに依存している。ショッキングな数字がある。世界中で海洋に流れ着くブラスチックの量は毎年約八〇〇万トンに及び、その六○%以上は包装材なのだ。欧州のブラスチック包装の九八%はいまも化石燃料(石油)が原料である。リサイクルされているのは一四%に過ぎない。四〇%はゴミ集積場にたどり着き、三○%以上は自然の中に放たれる。こんな状況が続けられるはずがないのは誰の目にも明らかだ。
     欧州はようやく対策を取りつつある。二〇一八年、欧州委員会は、まずブラスチック製のナイフ、フォーク、スブーン、皿、ストローなどの小さな実用品、またブラスチック製の風船スティック、綿棒といったものの販売に制限を課すことで、使い捨てブラスチックに対する戦争を宣言した。いまではブラスチックメーカーは啓発キャンペーンに共同で取り組み、ブラスチック廃棄物の管理コストの一部も負担しなければならなくなった。将来的には、自社製品の廃棄ブラスチックを回収し、リサイクルすることが義務づけられるだろう。すでにEU加盟国はブラスチックボトルをすべて(あるいは少なくとも九〇%)回収することを推奨されている。ブラスチックボトル代を上乗せして販売し、回収時にその代金を返却するデポジット制度が義務化される可能性もある。
     小売業者、ファストフードチェーン、食品メーカーは、食品の包装やプラスチックカップの使用量を減らすことが期待される。また欧州では、プラスティック包装の使用量、生態系に対する影響、使用後の処理法を消費者がはっきり理解できる新しい表示義務が導入される予定だ。


    ▪️食品ロス・廃棄との闘い
     食品業界が気候変動の解決に貢献しようと望むなら、食品廃棄と食品ロスの削減を重要課題の中心に据える必要がある。現状の廃棄とロスの量に関する数字はショッキングである。廃棄される食品から排出される温室効果ガスは、排出量全体の八~一○%分を占めているのだ。食品廃棄をひとつの国にたとえるなら、中国と米国に次いで世界第三の排出国になってしまう。世界の淡水使用量の四分の一は決して食べられることのない作物の栽培に使用されている。国連環境計画(UNEP)の食品廃棄指標報告には、五四ヵ国のデータに基づき、食品廃棄量の規模についてこれまでにまとめられた中で最も完全な詳細が記載されている。報告は店舗、レストラン、家庭での食品廃棄を調べ、約九億三一〇〇万トン、つまり全食糧生産の一七%に相当する量が毎年失われていると推定している。この「廃棄量」の約六○%は一般の家庭で捨てられているのだ。
     なお悪いことに、この数字はサプライチェーンの初期段階で失われる食品を考慮に入れていない。国連食糧農業機関によれば、毎年三六三〇億ユーロ分の食品が小売店にたどり着くことすらなく失われている。これは一日当たり一○億ユーロに(ほぼ)匹敵する額なのだ!この種のロスが最も多いのは南アジア、北米、欧州である。中央アジアと南アジアでは、生産された全食糧のうち約五分の一は決して小売店までたどり着かない。世界全体の数字は一四%である。食品ロスは、環境と、本来は食糧を生産するために使用される資源に不要な負荷をかける。貴重な原材料を浪費し、最終成果物もなく汚染を生み出し、温室効果ガスを不必要に排出させているからだ。


    ▪️見切り売りからサービスタイムまで
     本質的には、このアプリはおなじみのスーパーマーケットの見切り売りの一種である。消費期限が近付きつつある商品は、しばしば売り切るために三〇~三五%値下げして販売される。だがこのやり方は決して絶対確実ではない。売れた商品の多くがなおも家庭のゴミ箱に入ってしまうからだ。ベルギー、オランダ、ルクセンブルクでは、リドルが肉、魚、ケーキなどの生鮮食品を、消費期限当日の午前中に○・五ユーロという捨て値で提供している。このやり方で、リドルは食品廃棄量を二○二五年までに半減させたいと考えている。またその販売で同社が得る収入の半分は地元のフードバンクに寄付される。
     アルバート・ハインも食品廃棄を減らす方法として生鮮食品の臨機応変な値引きを試している。同社はザントフォルトにあるスーパーの鶏肉と魚の売場で試験を行っている。アルゴリズムが、商品の状態、場所、他の特別割引、天気、販売履歴、店内の在庫状況を考慮に入れて「最適値引き額」を計算する。商品にはふたつの価格を表示する電子值札が付けられている。正価と消費期限に応じた割引価格だ。これは価格シールより効率的かつスマートだ。
     フィンランドのスーパーチェーン、Sマーケット(S-market)もこれに似た手法を採用している。消費期限が近づきつつある食品について「サービスタイム」を設定しているのだ。閉店一時間前の夜九時に、午前零時に「消費期限」を迎える数百品目の価格を四○%下げる。多くの場合、対象となる商品の価格はすでにまず三○%下げられている。この手法は食品廃棄をなくす組織的取り組みの一環だ。この取り組みは余剰食品を減らすことに加え、新たな顧客を呼び入れ、予算の限られた顧客には割引価格の品ぞろえを増やすことで食事の質を高めてもらうのに役立つ。


    ▪️「フードイノベーション」からの5つのレシピ
    ①拡張性のある多様性
    私たちは微生物の働きについてますます理解を深めつつある。その成果として科学的イノベーションが起こり、近い将来、微生物が私たちの食事内容や食事法の重要部分を占めるようになるだろう。クレスビによれば、微生物はもはや私たちの敵ではない。それどころか仲間なのだ。こうした顕微鏡でしか見えないような小さな生物について知識を深めれば、食品の安全性を高め、食品にさらなる味わいを加えるのに役立つ。また微生物の働きについての新たな知識から、特定の食品に対する反応が一人ひとり異なることがわかってきた。こうした知識を踏まえ、やがて個人向けの高度に個別化した食事が開発できるようになるだろう。同時に微生物は生物多様性を高めるのにも役立つ。近年の研究は、生産工程で微生物を利用するさまざまな植物性食品がヘルシーなライフスタイルにとって欠かせないことを疑いの余地なく示している。

    ②実験的バイオデザイン
    生物学分野の進歩のおかげで、いまではさまざまな食品の組成や特性を調節することができる。培養肉から分子調理にに至るまで、生物学とデザインは、革新的食品を生み出すという情熱を軸に互いに補い合っている。新たな可能性が――多くの場合、美食、科学、技術の交差点で――生まれることで、新たな味わい、新たな料理体験、さらには新たなフードシステムの発展が加速していくだろう。持続可能な食品であれ、新たな多次元の味覚や食感であれ、パイオデザイン(デザインと生物学の統合)と合成生物学(生物の遺伝暗号の書き換え)により、今後まったく新しいタイプの食品が確実に登場してくるだろう。

    ③書き換えることのできるストーリー
    クレスビは、食品に関するストーリーは、現在私たちの食事内容について政府と食品産業が広めている閉じたものから、絶えず変化し、個々のコミュニティや個人が関わるもっとオーブンなものへと変化する必要があるという。こうしたストーリーは、あなたが食品提供者であれば他社との差別化を図れる唯一の方法となることもあるため、その重要性を高めていくだろう。体験とストーリーは食品の本質的価値となるが、そのストーリーは誰にも独占されることはない。ストーリーは消費者――いまやセンサー、インターネット、ネットワークの経験を手にしている人たち――により絶えず現実に照らして検証され、必要であれば書き換えられ、シェアされるだろう。この流れは、消費者が力をつけた世界に新たに登場してきたボトムアップカルチャーや求められている透明性と一致するものである。こうしたオーブンなストーリーに関わり、広めることは、消費者とブランド間の関係をさらに確かなものにするのに役立つ。

    ④クラウドのインテリジェンス
    現在、フードシステムのマネジメントは分散化した効率的システムへと進歩しつつある。農業部門だけでなく、食品バリューチェーンの他の部分も、スマート技術を活用することで相当程度まで自動化されるだろう。ロボットやネットにつながった機器は、学習し続けることで高い精度で測定し、動けるようになる。レシピの味わいの調整から作物の成長のモニタリングに至るまで、基本的に直観で行っていたことが科学的に行われるようになるだろう。つまり測定でき、制御できるものになるのだ。
     技術を活用した自動化は食品のマーケティングでも重要な役割を担うようになる。ニューエコノミーが登場し、販売交渉から指し値の調整まで、商取引が人間の介在なしに行われるようになるだろう。データを活用することで――移り変わる消費者の期待から気候の変化に至るまで――食品市場の対応力はかつてなく高まる。自動化は消費者との関係でも一定の役割を担うようになる。家庭用品や携帯機器がネットでつながることで食品メーカーや流通業者と直接やり取りできるようになるからだ。クラウドシステムで知識が共有され、データが収集されるようになり、世界的ネットワークの中で食品、人々、ツール、データが絶えず互いを見つけ合い、高め合うようになるだろう。未来研究所によれば、この新技術は敷居が低く、比較的安価なため、小企業も利用できるようになるだろうとのことだ。

    ⑤当事者化する食品消費者
     フードシステムは消費者の手で、おそらくは食品部門との協働で(そうではない可能性もあるが)作り替えられるだろう。消費者は食品産業とのつながり、また同産業に対する信頼を失ったという思いを抱いている。彼らは失われた食品とのつながりを取り戻したいと思っており、自身が生産者になったり、既存の生産者と協働することでそれを実現するだろう。二○二五年には、消費者は単なるフードチェーンのデマンドサイドの末端を大きく超えた存在になると未来研究所は予測する。持続可能性、健康、社会志向、楽しみという価値を大切にする新しい食品エコシステムへと向かう進化を導くうえで、消費者は一定の役割を果たすだろう。今後数十年で、新しく力を得た――やはりスマート技術の力を借りて―――自分の考えを持つ人たちが、情報を手にしていっそう適切に消費上の選択を行うようになり、生産者と協力して新しい食品を生み出すことでまさに文字どおりに手助けをするだろう。遠く離れた工場は、自分たちの固手助けをするだろう。有性に沿った食事をしたいと思い、それを実現すべく積極的役割を果たそうとする地元のメーカーに置き換わっていくだろう。従来の食品産業の資本構造も変化するだろう。生産者は、クラウドファンディングやキックスタートイニシアチブを通じ、ユーザーからボトムアップ式で資金調達を図り、手に入れるようになる。いまでは食品企業が消費者を支援してもらう相手、さらには協働者とみなし、自社が製造販売する食品に関わる意思決定に参加してもらおうとしていることから、消費者も食品の内容に対し大きな影響力を持つようになるだろう。


    ▪️まとめ新しいフードシステムを生み出す五つの材料
    1 農業革命
    すべては田畑から始まる。農業部門はふたつの課題に直面している。一方では生産性を高める必要があり、もう一方では生態系に優しいものとなることが求められているのだ。未来の農業はこれ以上土壌を疲弊させたり、有害な化学物質を使ったりするものであってはならない。むしろ生物多様性を回復させ、循環的なものとなる必要がある。農家は同じ面積で持続可能性を高めながら生産高を増やすよう取り組まなければならない。技術がきつい肉体労働の一部を肩代わりするようになるだろう。人工知能により栽培が最適化されるだろう。都市農業や屋内の垂直農法の導入により生産の場は市場に近づくだろう。だが貧しい(そして暖かい)南半球での課題は、豊かで人口密度の高い西欧と同じではないことを忘れてはならない。

    2 植物性食品への移行
    西欧社会は肉に対する執着心を手放す必要がある。だからといって今後は完全菜食主義を標準にすべきだというわけでもない。だが毎日肉を食べること―――一日何度も食べることも多い――は長期的には持続可能性のない例外的状況なのだ。この流れはすでに始まっている。緩やかな菜食主義者を自任して食事のメニューに植物性食品を増やす消費者が増えつつあるのだ。食品産業が新しい成分や技術をもとにおいしくヘルシーな代替食品の開発を進めていることもこの流れを後押ししている。バイオリアクターによる「培養肉」生産のブレークスルーが近づきつつあるが、なおも克服すべき課題は多い。

    3 データ革命
    透明性は真に公正かつ効率的なフードシステムの実現に欠かせない前提条件である。データの流れがサブライチェーンの中の問題のあるリンクを浮き彫りにし、また需要と供給のバランスを維持するのに役立つ。未来の工場はデータを活用して運営される。またデータにより小売業者と供給業者間の面倒な取引を客観化できる。食品廃棄物や食品ロスを減らすのにも役立つ。また非常に個人的な健康上のニーズに合うよう食品を個別化することもできる。

    4 小売業のリセット
    農場から食卓までの最短ルートは、もはや必ずしも従来のスーパーマーケットを経由したものではなくなる。断片化と多様化が進んだ社会のさまざまなニーズを満たすような流通モデルが新たに登場するだろう。未来のオムニチャネル化した小売世界では、ハイブリッド店舗がさまざまな機能を担う一方で、オンラインとオフラインはシームレスに統合されるだろう。広範囲にわたってデジタル化が進むことで世界的な統合が生じ、そこでは少数の巨大ブラットフォーム企業が大きすぎる市場支配力を手にするだろう。だが新しい提携関係や革新的な形態のコーペティションを行うことで反撃の機会が得られるだろう。

    5世界的パラダイムシフト
    必要とされるこうした変化はいずれも新たなストーリー、つまり未来へと向かう求心的なプロジェクトを前提としている。コロナの世界的流行は実はこのプロセスを加速するのに役立ったのかもしれない。コロナ危機を経て、商品を購入する際の判断が社会と環境にどんな影響を与えるかについて、消費者の意識が高まりつつあるからだ。ブランドと企業にエコロジカル・フットプリントを減らし、国連の持続可能な開発目標を達成し、自らの行動の社会的責任を果たすよう求める声は高まる一方である。各国政府は自国内でも欧州全体でも対策を取っているが、バワーバランスが絶えず変化している世界市場にあってはそれは決して一筋縄ではいかない。それでも、あらゆるレベルであらゆる当事者が協働しようとすれば、指針となる新しいモデルが必要となる。社会が流動化している中、従来のトップダウン式の意思決定、硬直化した階層的組織、厳格な秩序に居場所はない。組織は自らを改革し、新たな関係を築き、新たなつながりを持つ必要がある。そのためには自社の従業員のさまざまなスキルも必要となる未来はオーブンなネットワーク、分散化、透明性の時代である。このような材料を活用することで初めて、私たちはともに未来の世界のための新たなレシピを作ることができるのだ。

  • 東2法経図・6F開架:611.3A/Sm9s//K

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