- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784575519617
感想・レビュー・書評
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R4.5.19 読了。
読後、モヤッとしていたものが、解説を読んでスッキリしました。この小説のように、その時は分からなくとも時を経て分かるものもありますよね。
・「逃げてるように見えても、地球は丸いんだ。反対側から見たら追いかけてるのかもしれないねーし。」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
死んでしまうほど、壊れてしまうほどに辛いなら、そこから逃げてもいい。そして、もし死んでしまうほど、壊れてしまうほどに辛いのではないかと思うような人が近くにいれば、「どうしたの?」と声をかけてみる。悲痛な声を聞いてあげる。「たったそれだけ」のこと。あなたが聞くことで、もしかしたらその人は苦しみから逃げることができるかもしれない。もしあなたが声をかけることができず後悔してしまうことになれば、それは将来、自らの苦しみとなる可能性がある。もし声をかけたることができたら、それは将来、自らを苦しみから逃すことになる…そんなメッセージが本作から伝わってくる。
「逃げるということは、むしろ前へ進む方法かもしれない」この言葉に妙に納得して、ずっと頭から離れない。非難するのではなく、受け入れる気持ちを持ちたい。
賄賂の罪を不倫相手から告発され、失踪する望月。
14歳の夏休みに自殺をした同級生・加納くんに声がかけれなかったことを今もなお悔やむ夏目。不倫相手の望月正幸が賄賂で苦しんでいると思い、その苦しみから逃すための行動であったのだと思った。
一方で、好きな人を裏切った行為に夏目の複雑な気持ちもわかるような気もする。
失踪した望月正幸の妻・可南子。夫の不倫、夫の失踪…夫のいない家に可南子と残された子供ルイ。そこにもう一人の彼女が現れる。
悶々とする日々で彼女が出した結論は、もしも夫が変わらないことで可南子たちを守ろうとしたのであれば、「私も変わらずにあの人を待つ」。
「ただ、待っている。笑顔じゃなくていいから。あの人が無事に生きのびて、私とルイも無事に生きのびて、どこかでまた会えることを。」
それほど強い精神力を持っていない彼女が、この決断をしたことに、なぜか誤った方向に向いているような気がしてならなかった。
純粋無垢な望月の少年時代を5つ違いの姉・有希子の視点で回想する。
有希子の元に警察が来る。横領の罪で失踪していることを知った有希子。やさしい弟。まっすぐな目をした弟。涙を必死に堪えたいた弟。弱い弟。そんな弟が失踪、贈賄?ありえない。
少年だった正幸が姉に投げた言葉「辞めなければよかったの?辞めたら逃げたことになるの?あきらめちゃだめなの?」が、今の望月自身の行動にリンクしているように感じて、悲しくなった章であった。
小学三年生のルイが田舎の学校に転校してきた。担任の須藤は、前学校で訳ありの退職をしている。そのせいでどうしてもクラスに馴染めないルイに一歩踏み込んで話をすることができない。
ルイの差し出した手がたったそれだけで須藤の葛藤と克服の一歩の助けとなるところに、ちょっとした勇気とタイミングの大切さを改めて感じた。ちょっとしたきっかけ、ちょっとした言葉で、知らない間に人を助けているともあるのだと思えた。
高校生になったルイ。「クール」なルイに黒田トータが突然告白する。大きな身体、ごつい手、太い眉。見た目はいかつい、いかにも喧嘩の強そう高校生のトータ。が、見た目とは異なりルイに向ける言葉はとても誠実で、いつしか心ごトータにむいていくルイ。
きっと、寂しかったのであろう。幸せにならないことが、父への復讐だと思っていたところに、それを否定するトータ。その言葉をルイは待っていたのではないか。父を恨まなくてもいいよとそう言ってくれる人を待っていたのではないかと…
だからルイはトータと一緒にいるのだろう。
介護施設で働く大橋の同僚にベテランの益田という男性がいる。大橋の観察では「歳はとっているけれど、整った顔立ちをしている。朝から晩まで、ときに夜勤まで、決して楽ではない仕事を黙々とこなし、それでも一切不満を口にすることはないこの人の端正な顔が俺は少し怖い。」
この益田が、実はルカの父親、失踪している望月ではないかと思うのだが…ただ、名前も違うし、町の運営する介護施設であれば身元をだますなんてこともできないだろう。でも、やっぱり望月のような気がする。
ここでも、黒田トータの言葉と行動が大橋の人生を変えたことを知る。
ちょっとした言葉、思いやりで人の人生は、大きく変わるのだと感じた作品であった。自分の発した言葉によって時に背中を押されたり、引き戻されたりと、もしかしたら知らず知らずに人の人生に大きく関わっていることがあるかもしれないと感じる一冊であった。
私が今まで感じていた宮下奈都さんとは違ったイメージの作品であった。 -
読み終わった瞬間に頭に浮かぶもの、時間をかけて振り返ると色々見えてくる場合もありますが、読み終えた直後の第一印象、これはその本の印象としてずっと残り続けるように思います。私がこの本を読み終えて最初に頭に浮かんだのは『?』でした。猿蟹合戦の話を読んでいたのが、桃太郎だったというような感じ。例えが最悪ですが、要は最初と最後で全く別のお話を読んでいたような不思議な感覚に襲われました。例えで言えば猿が共通だという点だけ、そんな不思議な印象を受けました。
6つの話から構成されている連作短編集です。連作短編というと一つの出来事を人を変え、色んな視点から描くことで、真実に迫ったり、それぞれの人物像を浮かび上らせたりします。この作品は『うちの会社、大がかりな贈賄の容疑がかかってるのよ。その実行者が望月さんってことになってる』というところから始まります。贈賄容疑をかけられた望月。『人がよくて、やさしくて、だけど気が弱くて流されてしまう。プレッシャーに耐えられず、かといって逃げもせず、妻子があるのに同じ職場の複数の女性と親しくなる』、浮気現場の描写。宮下さんの作品では珍しいこともあって、妙に緊張してしまいました。
贈賄容疑が発覚後、望月は姿を眩ませます。そして、ストーリーは、愛人の夏目視点から、望月の妻、望月の姉…と視点が移っていきます。前半の視点移動は分かるのですが、後半になって、愛人から始まった視点のリレーがどうしてそんな人にバトンが渡るのか?これは青春学園ものだったのか?という全く予想外の展開を見せていきます。第一話と第六話だけを読んだ人がいたら、恐らく同じ作品とは思えないだろう、全く印象の異なる世界がそこにあります。
その異なる印象を繋ぐのが、いつもどおりの宮下さんの言葉の数々。作品冒頭の『誰だって一度は人を傷つけてる。たぶん、自分で思ってるよりも深く。でも、普通は致命傷までは負わさない』の鋭角な始まりにはドキッとしましたが、やがて『変わらないものをずっと好きでいるのは簡単なことだ…変わっていくものを好きでい続けるほうがむずかしい。私たちは生きている日々、新しいものに出会って変わっていく』と、後半に行くに従って、前向きに穏やかに安心の宮下さんの世界が広がり始めます。一番惹かれたのは、『逃げてるように見えても、地球は丸いんだ。反対側から見たら追いかけてるのかもしれない』という言葉でした。こんな風に発想を転換できると随分と生き方も楽になるように思います。この言葉が含まれる第六話はそういう意味でも雰囲気が一変しています。動から静へ、嵐から凪へ、世俗を捨てて無我の境地へ。
思いもよらぬ人物視点で描かれる第六話。核心がぼかされていながら、現実だけはリアルな描写が続きます。さらっと読めてしまう分、核心を見逃してしまいそうです。それは実は私のこと。唐突に本が終わってしまった、これは落丁か?と感じて、第六話だけ読み返してしまいました。
そして、読み返すと気づく真実。一度目には唐突だった『?』な結末が、二度目に『えっ!』と変わる瞬間がありました。
「たった、それだけ」人によって、大切なものはそれぞれです。他人から見たらたわいのないことでも、その人にとっては譲れない一線である場合もあります。また、『たった、それだけ』と言われてしまって、その人が初めて気づくこともあります。でも、それが人なんじゃないか、『たった、それだけ』、他人から見ればそう思えることでも、それだけで生きていける人もいる。幸せになっていける人がいる。『たった、それだけ』のことにかける人それぞれの想い。
全く予想外の展開と、結末のあまりの唐突さに少し戸惑いましたが、そこに未来が見える、結末の先に未来が続いていくと強く感じさせるそんな作品でした。 -
短編かと思いきや、
1話、二話と続いていく
たったそれだけ」というのではなく
重くて、暗くて辛かった(なんせ根性なしなもんで)
物語の時間軸は長い。
どこまでこの苦しさが続く?と
自分には耐えられない〜
最後に望月ルイが笑ったところでホッとした。
今までの(自分が読んだ)宮下奈都作品とは
ちょっと違うかな。 -
私にとっての、「たった、それだけ」を考えてみた(思い返してみた)。たった、それだけ、言われてどんなに心救われたかの言葉(どれだけ幸せな気分になったとか)。
たった、それだけの勇気。行い。後悔。
今さらながらだが、人の一生は、無数の「たった、それだけ」で繋がっていることに気づかせてもらった。
「たった」とは、ほんの僅かなという空虚さをともなう言葉と捉えがちでしたが、希少だからこそ貴重なもの。そうおもえば、これから些細な出来事、時間も有り難く感じとれるのかもしれない。
贈賄罪が発覚する前に失踪した望月正幸。逃亡を企てたのは社内の浮気相手。正幸に関わる人達がそれぞれの視点で「逃げる」をキーワードに、正幸への思いを回想する。
描かれているのは、主に愛人の後悔、妻の迷い、姉の罪悪感、娘ルイの未来。物語は、うす暗く闇の中にいるようで、装丁の青い絵のような掴みどころがなくい寂しげにかんじた。解説にある、「最後は満ち足りた気持ちになる」は一度でのみこめず、各所(特に第6話)もう一度読んだ。
益田さんは最後自分を顧み、次は前向きに二度目の人生を送るが、だったらなぜ、最初から妻を泣かせ苦労させたのか、と妻の目線で見てしまった。
両親に嫌悪(違和感)を覚え生きてきた、娘、ルイ。逃亡する父のことを待ち続け、働いて働いて・・そして体まで壊してしまう母。そんな母を、しあわせにならずに父の帰りを待つことは父への復讐だと捉える。
母は、そして父はずっとルイの幸せを願っているのに、若いからそう捉えてしまうのは仕方がない。
父は言う。「短い時間だったけど、一緒に暮らした。たった、それだけ。その記憶だけで、生きて行ける。もう決して触れてはいけない、幸福な記憶です」
たった、それだけ、の記憶。あります、思い返せば一日一日生きる張りがでてきそうです。
所々に名言がちりばめられていて、深く心に響きました。帯に、著者は「ずっと読みたかった物語を自分で書きました」とあります。書きたかったというのでなく「読みたかった物語・・」、という所に著者の究極の思いが込められていると感じました。読んで良かったです。 -
ちょっとしたきっかけで人は誰かを傷つける。
そして、ちょっとしたきっかけで人は誰かを助けられる。
正直に生きる。
これがなによりも大切。 -
宮下さんの本はいつも凄い。
この小説も、構成の斬新さだけでなく、根底にある、人は変われるんだ、ひとっていいな、と思わせる温かいものがみなぎっている。凄い。(ちょっとわからないところもあったけど。またいつか読み返そう!)
解説にある、「ツンと甘えた声」、あぁ、なるほどな、と。きちんと読むとまた新しい発見がありそうな、そんなお話です。 -
こんな、温かい気持ちになった本は、久しぶり!
読了後の、爽やかさ、そして、たったそれだけ、の意味、引っ張られますねえ。
まだ、まだ、余韻に浸っています^_^
付箋紙だらけになって、何度も読み返しました。この本には、素敵な言葉が、沢山!
大好きな、1冊デス! -
収賄容疑の男を巡り、様々な視点から語られる連作短編集。
淡々としているけれど、綺麗な文章を書くという印象。
後半、繊細で温かな空気感に変わる。
たった一言をかけられなかったという後悔。
好きな人と過ごせた、交わした言葉。
たったそれだけの幸せ。
何気ない一言。
それがずっと心に残り、支えにもなり、深く傷つけてしまう事もある。
私達は、ほんのささいな出来事に思いの外、左右されたり一喜一憂したりする。
人生を変えてしまうくらいに。
明日からの日々が変わってしまうくらいに。
不器用でもいい。
逃げてもいい。
思うように生きていい。
道に迷いながら、もがきながら、本当に必要な「たったそれだけ」を守っていければいい。