- Amazon.co.jp ・本 (370ページ)
- / ISBN・EAN: 9784575658156
感想・レビュー・書評
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ブクログサイトで知った作家さん。
昭和37年に雑誌連載された作品なので時代を感じるが、それもまた楽しい。
事件はデパートのエレベーター内、満員状態の密室で中年男性が毒物を注射されて殺されたもの。
犯人は事件発覚時には他の客と共に消えていない。
しかし被害者が死の直前に残した『あの女がいた…』という言葉と被害者が持っていた少女と女性の写真、そして現場に残された名刺から被害者の過去と犯人へ迫っていく。
メインのトリックはアリバイ。これもまた時代を感じさせる。今なら簡単に崩せるだろう。というか、これを確認する術はこの当時なかったのだろうか。
しかしこういう制約があるからこそのトリックは読んでいて楽しい。今の何でも出来るが何でも明かされてしまう時代に生きている私はこんなこと思い付きもしない。
アリバイ崩しに翻弄されるところは松本清張氏や鮎川哲也氏っぽい。被害者の過去を探るうちに秘密が明かされる過程などは松本先生チック。でも冒頭のエレベーター内殺人は森村誠一さんの「人間の証明」を思い出す。
各章の冒頭に綴られる非現実的な物語がなんなのかと想像しながら読んだが意外なものだった。
被害者はともかく、利用された人々が可哀想でならない。その意味では犯人には同情の余地はない。
本編とは関係ないが、鮎川哲也さんもしかり、この時代の作品は女性に対する扱いや見方がぞんざいでビックリする。
主人公の千草検事もそうで、捜査で行き合う女性が美人だとすぐに見惚れたりスナックのママさんに手を握られて鼻の下を伸ばしたりするのに、家に帰れば妻にどなり散らし命令ばかりだし暮らしに関して妻の希望は一切聞き入れない。
妻の方も心得たもので怒鳴られた翌日には笑顔で電話を取り次いでいる。いちいち気にしてしょげていたらやっていられなかったのだろう。
他の警部や刑事たちとの会話からもこれが当たり前の感覚だったのだなと分かるし、作家さんも特に女性蔑視の感覚などなかったとは思う。
しかしこんなに女性をぞんざいに扱ったり見たりする一方で、利用される女性に同情する感覚が分からない。だったらあなた達ももっと身近な女性を大事にしろよと言いたくなる。
それから捜査である化粧品会社に行った時に入り口を入ると上から香水がスプレー状になって浴びせられるというシーンがあって驚く。その後、香水まみれになった刑事は待たされた会議室でタバコをガンガン吸っているのだが、読んでいるだけで気持ち悪くなった。
化粧品会社が香水シャワーを浴びせるのは来客へのサービスで当たり前だったのか。
今のように『香害』なんて言葉すらない時代、敢えて無香料を選ぶ人間が出てくるなんて考えられなかったのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本推理作家協会賞(1963/16回)
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とあるアンソロジーで、同氏の「肌の告白」を読み興味を持った過程から、この本を読むに至った。
本格、変格などと、色分けをなすのであれば、これは社会派にあたるのであろうか。私の曖昧な定義概念からなので、断定しようもないが。
とあるデパートのエレベーター内で男が毒殺された。
現場の遺留品から、五人の容疑者が絞られるが、様々な要因により五人全員がシロ、という結論に至らざるを得なくなった。
ただ、この事件の担当をする検事だけは違った。彼は、五人の中でもクロに近いシロの人物を執拗に調べていく。だが、調べるも調べるも、その人物に有利な物証が出るだけ。果たして検事は事件の犯人に辿りつけるか。
・・・・・・というのが大体の筋。
要のトリックは、当時は通用しえただろうな、という感じは否めない。
ただ、発想自体は柔軟なものであるように思える。
個人的に残念なのは、犯人の心理があまりうまく書けていないのではないか、ということ。少々薄っぺらい気がした。 -
社会派ミステリの傑作。